アストリッドの独白(5)

『イキナリ旅行の準備せえて何なん? 冬期休暇に入ったからってあたし遊ぶ暇ないんやけどっ』

 休んでた間の課題とかめっちゃあんのにー!

ぷりぷり文句を言いつつ、ミツキがスーツケースに入れる衣服を吟味しているのを眺めた。
ふと、こちらを振り返って、ベッドに寝そべるあたしを見て、ひそめられる眉。

『てゆか、どこに行くんかも聞いてへんで。アスタ、知っとんの?』
『ふふ。ナイショ。アレイストに口止めされてるからね』

 ムカつくなぁ〜、イトコ同士で結託しよって〜。

クルクル変わる表情を楽しみながら、まだうまく動かないらしいミツキの左腕を見た。


――銀傷に冒されたアレイストを。
誰もが諦め、その喪失を覚悟した、あの時。
ミツキだけが、諦めず、駆けた。

無駄だと、これ以上彼女が傷付くことはないと、引き止めることはできたはずの、あの瞬間。

ミツキが振り上げたアルジェンに、あるいは、トドメを刺すのかと思って目を逸らした。
苦しむアレイストを直視できなかった。

銀に対しての畏れは、一族の血が濃くても薄くても、この身に染み付いている。
あそこで倒れ伏すアレイストの姿は、自分自身の姿でもあったから。
その禍が自分の身にも降りかかることを恐れて、目を逸らしたんだ。

――なのに。
ミツキは逃げなかった。
あたしたち一族と関わるまで、荒事など縁もなかった普通の少女のどこに、あんな強さがあるのか。

普通でも目を逸らすような、アレイストの肉が腐り落ちる様子をまっすぐ見つめて、自身が危うくなるのも厭わずその命の基を与えた。

あんとき何も考えてなかってん、とコッソリあたしに漏らしたミツキだったけど、それこそ彼女の真価だと思う。

自分の損も得も、どうでもよいところでミツキは行動する。
その心の、魂の命ずるままに。
切羽詰まったときほどそれは鮮やかだ。
そんなことはない、と本人は強く否定するだろうけれど。

ミツキがアレイストを救った瞬間――あの場にいた彼の眷属は全て、真実彼女を認めた。

王に付属する花嫁ではなく、ミツキという、一個人として。アレイストの隣に、並び立てる強さを持つ存在だと、やっと認めたんだ。

眷属としては下位だとされている使用人たちは、ミツキと触れ合う機会が多いため、とっくにそのことをわかっていたけれど。
アレイストの直の部下たちの中にはただ彼がミツキを大切にするのは“イミューンの花嫁”であるがゆえだと考えていた者もいたからね。

やっと退院を許されて、城に帰ってきたミツキを皆、跪かんばかりに迎えた。
ミツキに対する態度が客としての丁重なものから、主としてのものに変わったのを本人はどう感じているんだろう。
件の部下たちとすれ違ったとき、たまに首を傾げていたりする。

ミツキの腰にはアレイストの血を吸って、彼女の命さえ奪いかねなかった刃が今もある。
忌避するかと思いきや、清められ戻されたそれを安堵して受け取ったミツキがいた。
そういえば最初からミツキは、あたしたちには眩しいほど危険なその武器に、容易く慣れて自分のものだと言っていた。
アルジェイン自身も、真の主のもとへ戻ったことが満足そうな輝きを持って、おさまっている。

ミツキは、狩人どころか、自らの身を守る術すら持っていないけれど。

彼の伝説のひとのように。
銀と呼んでもいい存在だと、あたしは思っている。


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