アストリッドの独白(3)

ミツキはこれを聞いたら驚くかもしれないけれど。
アレイストの笑顔なんて、あたしたちは見たことがなかった。

冷笑、嘲笑、作り笑い。仮面を被ったままの笑み。

そう、『うさんくさい』とミツキが評した今までの彼の表情は、全て演技。
あたしやロルフ、あのひとという、数少ないアレイストが身内だと認めている相手の前でだけ、僅かに緩むけれど。

通常、目にするアレイストの姿は、いつも無表情だったのだ。

そうしようと、そうなっているわけではなく。
ただ、ただ、無。

なにも、なかった。

――そのアレイストが、ミツキと出逢ったことで、変わり始めたんだ。

見かけは平凡極まりない、彼女。
他の留学生たちと並べてみても、埋没するだろう容姿の。

だけど違った。
それに気付いたのは、いつだったろう。

餌を寄せるために、遺伝的に均等な――要は、美しいと脳が判断する比率で造られたあたしたち一族は、美醜に敏感で鈍感だ。
人間を美しいか醜いか、そんなもので判断しない。

役に立つか立たないか、美味いか不味いか、それだけ。

だいたい、人間なんてどうでもいいからさ。
阿呆なオトコ共は、脇に侍らすのは美しい方がよいと、外見ばかり優れた者を相手にしていたけれどね。

そりゃあたしだって、血を頂くにあたって生理的嫌悪をもたらすような子は嫌だけど。
同じ女だからかな、奴等が連れ歩く女の内面の醜さに、あたしは辟易していた。
あんなのから精血をいただいたら、どす黒い心根が移りそうだと思ってた。

権力者の一族であるあたしに向けられる、媚を含んだ親しさを演じる彼女たち。

ミツキは知らないけれど、立場的に一番アレイストの近くにいる女として、あたしも様々な感情を向けられたことがある。バックグラウンドがあったお陰で、それはオコボレを期待したものがほとんどだったけれど。

だから、あたしに対して何も考えていない瞳を向けられたのは初めてだったんだ。
いっそ清々しささえ感じた。

何度も言うけど、特筆するところもない平凡なミツキ。
だけど側で接していると、ふとした瞬間、とても魅力的に見えるときがある。

それは光が弾けるような笑顔だったり。
毒のない、清い感情からくる怒りだったり。
ほんの少しの憂いだったり。
何故か惹き付けられるのだ。

まるでこちらが魅了の力を使われているような気がした。

多かれ少なかれ、ミツキの周りにいた一族の者は、それが好嫌どちらの感情であっても、彼女から気を逸らせなかった。

その原因となったのは、やはりあのまなざし。

捕食対象である人間は、無意識にあたしたち一族から目を逸らしている。
見たいのに見ることができない、そんな矛盾を本能的に抱えている。
だから、こちらを向いていても、真実は見ていない。

――当たり前だな、瞳が合えば支配してしまうもの。
そうしようとしなくても。

なのに、ミツキは見るんだ。
真っ直ぐに。
魂の色さえ、見えているんじゃないかと思う、透明な瞳で。

イミューンだからなのか、それとも元々の性質か。

――あの瞳に捕まれば、負け。

それに気付いたのは、アレイストの様子をつぶさに感じ取れる位置にいた、あたしだからだろう。


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