王子の正体
彼に抱きつこうとした彼女の首を、アレイストが片手で掴む。ひっ、と息を飲む彼女の声が聞こえた。
私はひたすら危険信号を送る自分の本能に従って、両手で口を押さえ気配を殺す。
ヤバい。
なんやわからんけど、今のアレイストはめちゃくちゃヤバい。
どす黒いオーラが出とる!
「……賑やかしに丁度良いから多少は我が物顔に振る舞うことを赦してやっていたが、餌の分際で俺を自由に扱おうなどと思い上がったものだな?」
低い低い、畏怖すら感じさせるアレイストの声が部屋に響いて。
二重人格やーーー!!
ハイドやーーー!!
ヤバいヤバいそれって品行方正みんなのスター学園の代表アレイスト君の弱味になるかもしれへんけど、知ったこっちの命の危険まで感じるやん!
どれほどの力で押さえられているのか、彼女はもがくことすらしない。
ひい、殺人現場! 目撃者あたし! 口封じーー!!
月夜の晩、山中に埋められている死体な私が脳裏に浮かんだ。
そしてこの世に別れを告げていた私の耳に、「あっ、」という今の状況に相応しくない甘い声が入ってきて。
彼女に覆い被さっている、アレイストの姿を発見する。
………はあ〜?
おいおいおい何やねん、結局そうなんのかい。
彼女の首筋に顔を埋めているアレイストの野郎に、ドアを挟んだこっち側で手を振り突っ込む動作をしていた私は、次の瞬間目を瞬いた。
―――赤。
アレイストの眼が、赤く、輝いているのを視界に捉える。
赤ってなんでやねん、ヤツの眼は紫やろ、
頭の一部が冷静にそう言って、あとの部分は麻痺したように何も考えられず。
自分の野生の獣並みの視力が憎い。
女の白い首筋に深々と埋まるその血に染まった牙、
アレイストの喉が流れ出る血液を嚥下する度に、
ビクリビクリと彼女の体が痙攣するように小さく跳ねる。
その光景はしっかりと私の眼に捉えられて、わからないフリすら出来なくなるほど、バッチリ脳に刻まれてしまった。
――そうして私は、彼が彼女を抱きすくめていたのは、愛し合おうとしていたからではなく“補食”していたからなのだと、気付いた。
フィクションの中でしかお目にかかることのない存在。
それが、今、ここにいる。
吸 血 鬼 。
―――アレイストは、そう呼ばれるモノ、なのだ―――。