無意識下の、影
「あんなオッサンのどこがいいんだい、趣味を疑うよ」
「経験に比例した素敵さはアレイストにはわからないです」
「無駄に歳をくってるだけだろう」
「だからわかってない、言います。こう、醸し出る、懐の深さとか、包容力、とかですね〜、」
おじ様の姿をウットリ思い返しているとデコピンをくらった。
なにすんねん。
「ミツキのオヤジ趣味はよおおおくわかったよ。くそ、俺だってあと、あと……歳をとるのに何年かかるんだ……?」
素敵なおじ様方が帰られて、何故かふてくされているお坊っちゃまと二人。
アレイストが途中で仕入れてくれたという有名店のプリンを頂きながら、誰もいないし、いい機会かな、と思って私は口を開く。
「あのね、アレイスト。私の血って特別、なのですって。内緒の秘密」
何故か壁に向かって項垂れていたアレイストが振り返る。
「内緒の秘密……そういえば、そんなこと言ってたね」
怪訝そうにそう言って。
「ええと……、誰にも聞かれてません? 大丈夫?」
スプーンをくわえて首を巡らす。個室で、アレイストの息がかかった病院だっていうことは分かってる。だけど念を入れて私は訊ねた。
―――の言う通り、これは他に漏れると更にヤバイことになると自覚があったから。
アレイストは頷いて、視線を上から下まで走らせる。よくわからなかったが、彼が何かをしたらしい、ということだけ理解する。
「大丈夫。――それで?」
「“――イミューンの精血は一族の者にとって万能に近い特効薬だ。真月の血を活性化する、アンブロシアでもある。”」
詰め込まれたままの言葉を音にして吐き出し、そこで首を傾げた。
アンブロシアってなんやろ?
そうのんきに思う私とは裏腹に、アレイストの顔色が白くなった。
「アンブロシア……? 道理で――クソ、そんなことは伝承には書いてなかったぞ……!」
え、なになに、
『なんやマズイこと?』
アレイストの動揺の仕方に、こっちまで焦ってくる。
眉をしかめたアレイストは、髪を掻き上げてため息を吐いた。
「マズイというか……たしかに、内緒の秘密だよ、ミツキ。誰にそれを聞いたんだ?」
誰に……?
私はキョトンとする。
『誰……誰やろ、え〜と、アレ? ……誰や?』
思い出そうとすると、するりとトコロテンのように逃げていく。私は額をピシピシ叩いた。
ええ、誰ぇ〜?
『……お前の対にしか話すんじゃないって、そう言われたん……誰?』
アレイストの眉間のシワが深くなる。
「対……、アンブロシア、ミツキが知るはずのない一族の呼称を知ることといい……。ミツキ、あのとき、俺に血を与えたのは何故だ? アストリッドは止めただろう、無理だって」
思い出せない自分の記憶に混乱してるところへ、また戸惑うことを訊かれて私は狼狽える。
『え、え、なんや、そうせなあかんって思たん……、そうしたら助かるって――― ア ル ジ ェ ン が、』
アルジェン。
銀の髪、銀の瞳、闇を切り裂くまなざしの―――
『 あ 』
思い出した――と、思った端からまた、その記憶は奥へと追いやられる。
目眩を起こすように身体の均衡を崩した私をアレイストが抱き止めて支えた。
「わかった。ミツキ、もういい、思い出すな」
厳しい声音に途切れそうな意識を抑えて、顔を上げた。
ヒヤリとしたアレイストの手のひらが、額に当てられて、私は目を閉じる。
……アレイスト、体温低いん。一族はみんなそうらしいけど、冬場はちょっと寒いなぁ。今みたいに、熱出してるときは気持ちええけど。
水の中に滑り込むように眠りに落ちる。
唇に、やわらかいものが触れて。
――姉上に、お会いするべきか……
アレイストがそう呟いたのを、ボンヤリ耳にした。