クロウド
「……クロウド、だったか?」
頭の隅から一族の名簿を引っ張り出し、目の前の人物と照合する。
そうして俺が名前を呟くと、その赤い瞳が僅かに揺れた。
「王が我が名をご存知とは――恐悦至極に存じます」
本気で思っているとは思えない淡々とした表情で、剣を押してくる。
はっ、ようやくやり甲斐のあるヤツが現れたな!
手首を返して剣を払う。
間を置かず切りつける、打つ、跳ね返す、腕を振る。剣を打ち合う金音が遅れて耳に届く。
俺の速さについてくることが出来、かつ反撃できる腕があるこの男は一族の中でも屈指の能力を持つことは間違いない――ムルデンにも匹敵するだろう。
「何故ヤツに付いた?」
どうも二人が結びあわず、ふと訊ねていた。
クロウドの面に一瞬過る自嘲。
「……ムルデンに付いた訳ではありませんよ」
迷いのある言葉とは裏腹に剣筋はぶれない。他の目的があるということか。
……ミツキか?
ならば、懐柔などせず退けるのみ。
互いの隙を狙って繰り出した剣合は何度目になるのか。
クロウドに掛かりきりになったため、屋敷内まで侵入者を増やしてしまったが、皆よく防いでいるようなので、そちらに気をやるのはやめた。
少しずつ相対する男の傷が増える。
上位者に付けられた傷はたとえ一族の治癒力が優れていても、容易く消えるものではない。
血を流させてチカラを奪う、それが同族―拮抗する力を持つ相手と戦うときの基本―――だが、
面倒だ。
ひとつ、抑制を外す。
意識の網でクロウドを絡め取ろうとしたが、一瞬ふらついたあと、自分の気を纏い、俺の力を跳ね返してきやがった。
やっぱりあの阿呆に付かせるのは勿体ないな。
「――お前がその気になれば、ムルデンと並ぶことも出来ように――」
肩を切り裂く。
僅かに散った血を気にする様子もなく、突きを叩き込んでくる。
「――並ぶ必要はない」
苦々しげに、呟いて。
今までの言動を見ると何事か奴との間に鬱屈したものがある様だが。
―――まあ俺には関係ないか。
階上の気配が騒がしい。
アストリッドとロルフに任せたから心配はないと思うが、やはり俺自身が彼女を守りたいんだ。
一番近くで。
その傍で。
「一度だけ訊こう。退くつもりはないか」
自分の頭で思考できる、若い力のある一族を失うのは勿体無い。今まで考えもしなかったこれからのことを思い、俺らしくもなく尋ねる。
返ってきたのは諦めたような笑み。
「――それが出来るなら、最初から貴方に歯向かったりはしない――」
「そうだったな」
言い終わるかの内に足を踏み込み腕を一閃。剣にこめた魔力で、手加減なしの剣速に対応できずにいたクロウドの剣を半ばから断ち折った。