戦闘
腕を振る。
剣を使うまでもない――などと過信するつもりはない。勿論左の手に持った剣は抜き身だ。
雑魚に全力で相手をするのかと笑うなら笑え。遊ぶつもりもない。
俺が求めるのは静寂。
彼女の声が、ささやかな笑い声が、聞き逃すことなくこの耳に届く、平穏。
それだけでいいんだというのに。
飛び掛かるように上段から振り下ろされた刃を受け止め、弾くのではなく剣の表面で滑らせるようにして根元を固定し、一瞬動きが止まった相手に蹴りを入れた。
内臓がイっただろうが、どうせ一族の者だ、暫くすればすぐに治る。
計画性がないのか破れかぶれなのか一斉に向かってきた者共を、力を纏った腕を水平にひと振りして、壁に叩きつけた。
ぶつかった部分がへこむまでの衝撃を与えた力に、しまった、と胸中で呟く。
ああ、ヤバイ、壁に傷が。
ロルにイヤミを言われるだろうか。
余所事を考えつつも身体は勝手に動き、少しずつ確実に侵入者たちを行動不能にしていった。
ムルデンを奪還に来たという目的があるわりには統制が取れておらず、そのせいで、俺にかすり傷ひとつ負わせることも出来ないでいる奴等に、不審なものを感じる。
人間の隷族者はほぼ全て拘束し終わり、ムルデンの協力者でもある一族の者共は俺様直々に撫でてやった。
俺の側に近寄ることも出来ず、力の片鱗を見せるだけで身体を強張らせる――忌々しいが、王の力を持つ者に対する一族の反応など、こんなものだ。
畏縮して睨み付けることさえできずに、力も奮えない。
ならば何故牙を剥いた?
まだ、ただの人間である隷族者たちの方が気概があったぞ。
それでも真月の一員か。
少しでも同じ血が流れているのかと思うと、腹立たしさについ暴走しそうになる。
まったく――ムルデンの腐れ伝説主義者め。どうせ手駒にするなら、もっと使える奴等を集めろと言うんだ。
羽虫にたかられるこちらの身にもなってみろ。
この程度ならベルンハルトやエルンストに協力を頼むまでもなかったか。
何しろ地下へ行く扉にすら近付くことが出来ないでいるのだから。
ぽつぽつ、消えていく敵の気配を探り――俺は頭上を振り仰いだ。
一歩下がった瞬間、紙一重髪をかすって落とされた剣が反転して再び向かってくる。
速く鋭く甲高い音をさせて打ち合わせた刃の向こうに、無表情にこちらを見つめる瞳があった。