変化をもたらす
ザワザワと意識の網に引っ掛かる、気配。
屋敷周辺に巡らせた不可視の糸を抜けてやって来る者共はまるで自ら蜘蛛の巣にかかりに来たかのよう。
目を閉じて、辺りの様子を探っていた俺は、側に二人が来るのを感じて顔を上げた。
「予定通りかな?」
したり顔のベルハルトに視線を投げたあと、腰の剣帯を閉め直しているエルンストを見た。
彼もまた、長老に送り込まれたミツキの――イミューンの夫候補。
とはいえ、本当の意味で彼が自分の敵でないことは分かっている。
だから、監視つきとはいえ彼が自発的に行っていたミツキへのお后教育を止めなかった。
エルンストが俺に王として起つことを望んでいるのは、昔から感じていた。
しかし“アレイスト”であることが煩わしいだけの自分は取り合わず、時には怒らせてまで避けてきたのだ。
彼が初対面からミツキに喧嘩腰だったのは、思うようにならない俺への苛立ちを、彼女に代わりにぶつけていたから。
そのことがバレたらまた文句を言われるな、とブレスなしに関西弁で捲し立てるミツキの顔を思い浮かべて笑みが浮かびそうになった。
生き生きと、鮮やかに変わる表情。
柔らかくしなやかなこころ。
闇夜を照らす月を明るくする太陽のような、あの生命にどうしたって惹き付けられた。
どんな状況も、彼女を得るためなら、立ち向かうことが出来るから。
王など知らない。
王になど生まれたくなかった。
俺は俺だ。
だが、俺が王であることは抗いようのないことで――ならばいつまでも逃げ続けるつもりだった。
彼女と――ミツキと出逢わなければ、意地でもそうするつもりだったのだ。
今は。
―アレイストはアレイストやろ?―
なんの含みもなく、そう言ってくれる彼女がいるから、俺はありのまま生きる決心をしたんだ。
ベルンハルトと共に、ムルデンの下僕たちの掃討に協力を申し出たエルンストに念を押す。
「いいのか、エル? この騒ぎに手を貸したことがわかると、お前もジジイ共に目を付けられるぞ」
「いまさら。ここに送られる人員に選ばれたこと自体、何か企みがあるに決まってる。それに、長老たちのやり方が気に食わないのは俺も一緒だ」
いつも通りのふてくされた物言いは、彼特有の照れ隠しだ。
―エルぼんはツンデレやしなー。
勝手なあだ名で彼を呼び、そう評していたミツキの声が蘇って、やっぱり笑ってしまった。
俺の笑みを見て、驚いたように目を見張られ、そんなに意外か? と首をかしげる。
意外なのか。
そういえば、いつも向けていたのは慇懃な笑みに冷めた瞳だったな。
――自然に笑むことなどなかった俺に、作り笑顔じゃないそれを与えたのも、彼女だから。
誰にも、渡したくない。