覚悟と決意
そんなことをコッソリ考え、一方で私はあのアホンダラが言ってたことを思い出しつつ答える。
「えと、得意げに言ってました。以前から、リーリィを一般人にして紛れ込ませてた、アレイストも知らないって」
ロルフが頷いて、アレイストに書類を渡す。
「調べました。リリエラ・ヒルトンの実家はもぬけのカラ、父親は会社には出勤しておらず、おそらく昨日の作戦が失敗した時点で逃げたものと」
ロルフ、調べたていつの間にっ。
怪我してんのに働き者過ぎるでっ。
「一家ごと偽装していたということか。うまく接点を隠していたものだ」
アレイストがペラペラと書類をめくる横から覗き込む。
チラ見で分かる範囲では、リーリィ一家の経歴とか、書いてあるみたいだった。
「一家ぐるみ、って、ずっとお芝居していたですか。何のために……」
言いながら、ふと、憎悪と言っていいクリストフェルのアレイストに対する感情を思い出す。
私に手を出そうとしたのも、全てアレイストに対する意趣返しだと言っていた。
あの、冷ややかな憎悪。
吸血鬼といっても、生きている年数は私と変わらない十数年、なのに、あそこまで、誰かを――アレイストを憎む、理由があるんだろうか。
当のアレイストを窺うと、見えない何かを探るように書面を見ている。
――私は知っている。
アレイストが初めて一族の性(しょう)を見せたとき感じた、彼の非情な面。
人を人と思わない、世界には“自分”と“一握りの役に立つ者”、あとは“それ以外”しかいないという、傲慢な、私から見たら寂しい生き方をしていた彼を。
それを知っているから、他者に憎まれるような何かが、アレイストにあるのかもしれない、と思うことは否定できない。
だけど。
私の知らない以前に、アレイストがクリストフェルに憎まれるようなことを、していたのだとしても。
そのことで、自分がアレイストに否定的な気持ちを持つことは、もうないだろうな、と何となく思う。
例えば故郷にいる、家族の誰かが世間に非難されるようなことをしたとしても、味方でいるように。
私はもう、アレイストを身内だと認めてしまっているのだ。
――まあそれに、前はともかく今はそんなことないてわかっとるし。
あたしがこの城に来た当時、なんや主人であるアレイストにビクビクしとった使用人の皆さんも、今は結構楽しそうに働いとるから、理由はわからんけど、改心したんやろうな。
オンナを餌扱いして無駄に侍らすんもやめたみたいやし、スカした作り笑いもなくなった。
その分あたしに対するセクハラは酷なったようなような気がしないでもないけど、大型犬にジャレつかれとるんやと思えば、そんな大したもんやないし。
こういう揉め事さえなきゃ、結構楽しい毎日なんや。
自分でもこの順応ぶりと能天気ぶりにビックリするわ。
留学が終わるまでのあと半年を過ごしやすいようにするには、今が踏ん張り時だと、改めて気合いを入れ直した。