闇の中

「いッ……!」

抵抗する間もなく、容赦ない力で腕を背後にひねり上げられる。
私を捕らえた男は冷静な声音で命じた。

「リリエラ、剣を」

 ――剣?
 剣、アレイストの……、あたしのアルジェイン!

先ほどまでの無邪気な少女の仮面を剥ぎ取り、表情を無くしたリーリィはセーターの下に隠していたそれを無造作に私のベルトから奪う。アルジェインに触れることが出来るなら、彼女は人間だということ。――そして。

『リーリィ、あんた……』

私の声に、リーリィはチラリと目を上げる。その、冷たい色。

私だって馬鹿じゃない。騙されてこの場所に誘導されたのだと、男――クリストフェルに捕まった瞬間にすぐ分かった。

でも。
だけど。

リーリィのこの目――憎悪が深すぎるあまり何の感情も窺えないような、こんな瞳で彼女に見つめられる覚えは、私にはない。

剣を奪った彼女は一歩下がり、恭しく――私の背後の人物に礼を取った。

「終わるまで気取られるな」
「――は」

クリストフェルの命に従い、身を翻して隠された暗闇から陽の当たる場所へ出て行く。呆然としている私の耳に、小さく笑う男の声が忍び込んだ。

するりと冷たい男の指先が私の喉元をすべって。

細く見えていた外の世界は、私の目前で閉ざされた。

「――リリエラは私の下僕です。何年も前から一般人として、気取られぬよう細心の注意を払い忍ばせていた、私の手足――アレイストがその存在を知るはずもない」

 柔らかな声で囁きながら、愛しむ様に首筋を撫で上げられる感触に、肌が粟立つ。

「この隠し部屋も、彼は知らないし――今は何キロも離れた地にいる」

頤を掴まれる。
動けない私のうなじに押し当てられた知らない唇に、馴染まない男の気配に、ゾッとした。

 ――――イヤ。

「こんなところで初床なんて不粋ですが……我慢していただくしかありませんね」
「――――!」

乱暴ではなく、だけど抗う事も許されず、身体の自由を奪われる。

まとめて掴まれた腕は何かで縛られて、掬うように足を払われた私は当然ながらバランスを崩す。

見えなくて分からないけれど、多分テーブルか何かにぶつかった。
肩に痛みが走って。
光源がまるでない暗闇、だけど一族の者である彼には、私が苦痛に顔を歪めたのが見えたはずだ。

しかしそんなことは一切意に介さず、クリストフェルは私をその場に押さえつけた。

あれだけ注意しろと言われたのに。
お守りも取り上げられて。

抵抗する事も出来ない、自分の無力さに目の奥が熱くなる。


―――助けはこない。




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