日常


「ミッキさん」

アレイストのいない日があと一日、というその日のこと。
図書館に向かっていた私は知った声に呼び止められて振り向いた。
ニコニコと可愛らしい笑顔で駆け寄ってくるのは、クラスメイトのリーリィ嬢。比較的私と仲良くしてくれる、無邪気なお嬢様の一人だ。

「図書館に行かれるの? わたくしも御一緒して良いかしら」

小柄な彼女は肩で切り揃えたプラチナブロンドを揺らして、小首を傾げて訊ねてくる。

「いいですよ〜」

彼女を見るたびこみ上げてくる、ムギュッと抱きしめて撫でくりまわしたいいい! という衝動と戦いつつ、私は答える。

 可愛いねん! めっちゃ子リスみたいやねん、この子!

 いやいや、アレイストみたいな変態行為は慎まなアカン。セクハラで訴えられとうないからな。

「アレイスト様、御不在で寂しくないですか? もう十日にもなりますね」

 せやな、うっとうしいくらいにくらいにまとわりついとったヤツが居らへんのはちょっと調子狂うけどな。

 って、何あたし慣らされとんねん。
 解放されて清々しとるわー! なんて言いたいところだけれど、私とアレイストの婚約者芝居は現在も継続中なので、ヘラリと薄笑いを返す。

「そんな事無いですよ。電話、毎日してます」 

コレはホント。
ストーカー並みのしつこさで毎日決まった時間に電話を掛けてきて、何か無かったか、何してたとか、お前は過保護の親父かとツッコミたくなる程の細かい尋問に加え、更にうすら寒い砂糖言葉を言ってくるのだ。

 電話でまでイチャこく芝居せんでもええと思うんやけどな?

 は! まさか盗聴されとるとか?
 そうか、そんでか。それやったらそう言やいいのに、知らんかったし、キモイんじゃとかアホかとかネジゆるんでんのとか吐くとか、さんざん言うてしもたやんか。
 ……ま、ええか。慣れとるやろし。

自問自答の結果そう結論付けて、うむ、と頷く不審な私に気付くことなく、リーリィは似合わない憂鬱そうな溜め息を吐く。
俯きがちに、視線を落として、ポツリと呟き。

「……いいなぁ、ミッキさんは愛されてて……」

ぞわわ。
寒い単語に背筋を震わせつつ、私はしょんぼりしている彼女を見た。

「どうかしましたか? 悩んでる」

いつも可愛らしく微笑んでいた彼女の愁い顔を不思議に思いそう訊ねると、唇を噛んだリーリィは、キラキラした瞳を潤ませて私を見つめた。

「……ミッキさん……」

 吸い込まれそうな青い瞳は涙を湛えて。何かに耐えるように胸元で手を握り締めている。

 ……!
 こ、これは、愛の告白―――!?

違うだろ、とアレイストの幻に頭をはたかれたタイミングで、もう一度リーリィが「ミッキさん!」と私の名前を呼んだ。

決意を秘めた強さで。

ぎゅっと手を握って、金の睫毛にけぶる瞳が上目遣いに見上げてくるから私の理性は崩壊寸前。

 な、ナデナデしたいーーー!

 待って、ダメよ、そりゃ私はおじ様の次に美味しいモノと可愛いモノが大好きだけど……!
 お嬢さんの気持ちには応えられないわっ。

アホウな妄想に浸っているとは露知らず、意を決してリーリィは私に願った。
最も、その手のことに向かない相手に。

「お願い……、私に男の人の誘惑の仕方を教えて下さらないっ!?」

 ………へぃ?


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