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07


 ああ、そうか、私は――。

「――私も、あなたが見た景色を見たい、です」
「そ、れは――」

 常世さんは一度目を見張ると、これ以上ないといったような甘い顔をする。おそらくは理解したのだろう。私が記憶を取り戻したことを。「封印が弱くなっていたことは解っていました」とこぼされる言葉には、頷きを返す。そうなんですかと言いたげに。

 ――私はこの世界に生まれた精霊。無から生み出された有である。気づいたら砂丘に立っており、同じように生まれた精霊たち――仲間とともに風に乗ってあっちこっちに旅をした。旅といっても、空の上から町並みを眺めることが主であり、興味深いものがあれば町に降りては皆で散策をするという気ままなものだ。精霊だと訝しげな空気にならないのは、そういう世界だからとしか言えない。精霊だろうがなんだろうが、そこに在ればきちんと在るのだから。

 どうやら結さんも仲間のひとりだったようで、姉様となついてくれていたらしい。なるほど、このときから私は姉様と呼ばれていたのですね。仲間たちや旅する精霊から自然と知識を手に入れることが出来たが、もちろん、元から備わっていたものもある。要は赤ちゃんと同じだろう。

 ふらふら旅をするなかで、私は出逢ったのだ。綺麗な顔をした男に。――そう、常世さんに。

 彼はひとり、王宮の屋上で町並みを眺めていた。夕日に染められる町並みを。佇まいがもう美しく、ああ、綺麗だなあと自然と心引かれたのだ。私は仲間たちより先に、一歩を踏み出した。驚かせないように慎重に。そう心に決めて、彼の左横に立つ。

『こんにちは』

 一瞬沈黙が走るがしかし、『はい。こんにちは』と返ってきた笑みに胸が温かくなった。返事が遅れたのは驚いたからだと言われ、驚かせないようにと行動した私など無意味だった。けれども、彼はすぐに精霊だと理解したようだ。それもそのはずで、彼の張った結界を脅かさない存在は、無害なものだけに限るのだから。

 精霊は純粋なので、無害にあたるらしい。私はそうであるのかは解らないけれども。だって私は、瞬間的に落ちてしまった。心引かれてしまった。閻魔羅闍という存在に。この世界を統べる者に。美しいその人に。

 ――その日から、私たちはたくさんの話をした。小さな姿でも大きな姿でも。お互い名乗りあった屋上で。常世さんの仕事の合間という短い時間だったけれども、私には睡眠も食事も必要ないことだからか、ずっと待つことが出来ましたね。恋する乙女は強いのですよ。いやね、正確にいえば、寝られるしおいしい食事の味も解るのだが、そういう時間も惜しかったんですよねえ。こればっかりは、自身が精霊でよかったと心から思わざるを得ない。もう少しだけつけ加えると、あの日も休憩のために屋上にいたようだ。誰もいない世界で、ひとりぼんやりしたいらしい。

 仕事が休みのときは、散歩にも行きました。迷わないようにと手を繋いで、いろんなところへと。小動物と戯れたり、魚を釣ったり、山登りをしたり、森林浴をしたりと楽しかったです。仕事の愚痴のひとつもこぼしていいはずなのに、全くこぼさないのはすごいですよね。聖人かと感心したのは私だけではないはずだ。

 どうやら常世さんは現世も眺めることが出来るようで、この世界ではない世界を語る姿にもっともっと惹かれていってしまいましたよ。楽しそうに瞳を輝かせる姿は大変かわいらしかったからね。

 だから私は――行きたいと思った。その瞳に映る世界を、この目で見たいと思った。強く強く。

『――私もあなたが見た景色を見たいです!』
『ゆ……、雪子さん?』

 大きな姿のまま詰め寄ると、常世さんはなにがなんだか解らないといった顔になる。屋上にはふたりきり。誰の邪魔もなく話せるので、包み隠さずに全てを話した。同じ世界を共有したいのだということを。

 詰め寄ったらばすぐさま口元を隠すように手を添えていた常世さんだが、『そういう顔をされるのは』だとか『女の子ひとりでは危ないでしょうし』だとかの言葉は聞こえてくる。あと一押しかもしれないと、私は私の出来る精一杯のことをした。

『私はあなたが大好きなんです。あなたの見る世界を、私にも見せてくれませんか?』
『……弱いものですね。私も』

 苦笑する常世さんは私の背中に腕を回して強く抱きしめてきた。『ふぇあっ!?』と、今度は私が慌ててしまう。右の耳に顔を寄せられると、さらに心臓が忙しなくなる。

『輝く瞳で言われると、嫌だとしても断れませんよ。――残念ながら、

しばしのお別れですね』



 雪子さん。いつでもあなたを見守っていますよ。

 私が最後に見たのは、言葉とは裏腹なとても心配そうな顔。ふわりと躯が浮いたかと思えば――私は【乙女雪子】となっていた。大学生の女の子に。この世界での一切を封じた代わりに、戸籍や家族、そして長い人生の記憶、そういったものを作り上げられて。

 恋心とともに封じられていた記憶を取り戻したいまこそ解るが、大事な大事な記憶ものだ。だからか、なぜ封じたのかという疑問が渦巻く。



「――どうして記憶を封じたんですか?」
「簡単な話ですよ。あなたが混乱しないようにですね。喚び戻す際に緩んだようですが。断片的な記憶を見て、よく解らないといった反応をする姿はとてもかわいらしかったです」
「なにを言っているんですか! かわいくないですよ! 私はっ! あなた以外に惹かれてしまったんですよ!? 最低な女なんですよおおおおっ!」

 大好きな人がいたのに、別な人に惹かれたなんて、嫌われてもしかたがないではないか。

 嫌われたくない。けれども、嫌われてもしかたがないことをした。呆れられたかも解らない。いろいろな思いがぐるぐる巡ると、じわりと涙が浮かぶ。滲む視界の先にいる常世さんがなんの反応も示さないのが怖かった。怖すぎた。やっぱり嫌われてしまったんだろう。二股野郎と罵っても、私自身も二股をしていたのだから。しかもその上、解りやすい好意を無下にしていたとあれば、好感度はだだ下がりになるしかない。結さんは『あー、いえ、姉様はにぶ……、いえ、姉様のままだなあと思いまして』とやんわりと濁していたが、おそらくは鈍い人だと言いたかったんだろう。端から見れば、なぜ解らない!? と叫びたくなるほどだから。ああ、私はなんてダメなんだろう。なんて愚かなんだろう。

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