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08


 やるせなさにふたたび涙が浮かんだ先、「すみません。あまりにかわいくて見とれていました。泣かなくとも大丈夫ですよ」と背中を撫でられる。温もりに安心して、さらに涙があふれ出した。

「記憶を封じた上の行動に、悪いもなにもありません。強いて言うのならば――、悪いのは私の方ですよ」

 あなたの幸せを願えなかったのですから――。

 そっと涙を拭われたあと、そんな言葉とともにそのまま胸のなかへと収まってしまう。「あ、う、えっ……、と、常世さんっ!?」と慌てると、魔法が使われたようで、熱かった目元がすっきりする。

「申し訳ないのですが、あなたを送り出してから気がつきました。私は存外嫉妬深いのだとね。早く送らなければ離れ難くなると思い早急に送りましたが、あなたがあの男に笑いかける度に苦い思いをしましたよ」
「は、はい。すみません……」
「いいえ、謝る必要はないのですから、気にしないでください。そうですね。これからは私に笑いかけてほしい。あの男以上に」
「常世さんが許してくれるのならば」

 嫉妬をしてくれていたのかと嬉しい気持ちになると同時に、思わず謝罪を口にすると、頭を撫でられた。そうしてふふふと楽しそうに笑う声が耳をくすぐる。くすぐったさに身を捩るが、言わなければならないことはちゃんと言えた。許してくれるのなら、許されるのならば、私はもう一度あなたに恋をしたいのだと――。

「おかしなことを言いますね。許すも許さないもありません。あなたを送り出したのは私です。全ての責は私にある。私がどんな感情を抱こうが、あなたが罪悪感を覚える必要はないのですよ」
「そうは言いましても、二股は消えない事実ですから」
「……解りました。あなたの気持ちもありますからね。無理に流せとは言いませんよ、もう。ですからここで区切り、話を変えましょう」

 言うとおりに、なんだかんだで納得はしてくれたらしい。二股事件は私の最大の問題だが、いますぐにどうこう出来るはずもない。譲ってくれた優しさに嬉しさがあふれた瞬間、「――あなたを喚び戻した理由が解りますか?」と問われ、「うえっ!?」と変な声が出てしまう。いやだって、理由は聞きましたからね、ちゃんと。

「暇そうだから、ですよね? そう言っていましたし」
「いいえ、違います。あなたをほかの男に取られたくなかったからです。浅ましいぐらいに、私はあなたに溺れている。とても癒されると同時に、愛しいとも思っているんです。あなたが帰りたいと言い出さないために、とっさに《宝》探しを提案したほどに」
「え、まさか出任せだったんですか!?」
「そうですよ、出任せです。あなたとともにいたいがために作り上げた虚構ですよ。話に合わせるために、《宝》探しと称して、あなたと出かけた場所を巡りました。冷められるのは、あなたを騙していた私の方だと思いませんか?」
「騙していたなんてそんなことっ」

 そんなことはない。それは胸を張って言える。端から見れば、確かに騙されていたと感じるかも解らないけれども、楽しかったからか騙されていたとは思わない。思えない。そもそも、それだけで私が常世さんに冷めるわけもないのに。

 そんな言葉を伝えると、なんと額に唇を落としてくる。優しい手つきで前髪を掻き分けて。「ふぉおぉおっ!?」と驚くと、口端を緩めた。ふにゃりとした笑顔は格別のようだ。う、美しかわいいですね!

「――同じですよ。私も冷めません。私はあなたがどんなことをしようとも受け入れます。傍にいたいし、傍にいてほしい。この先もずっと」
「わ、私も傍にいたいです! ――あ、ですが、その……」

 そうだと大事なことを思い出して言葉に詰まる。貞操はいただかれなかったが、ファーストキスとはおさらばをしている。あちこちに視線を遣っていても、伝えなければそれこそ冷められてしまうと覚悟を決め、恐る恐る視線を上げて口を開いた。「キ、キスは初めて、ではないです」と。

「ああ、はい。言われなくとも知っていますよ」
「すみません」
「あー、いえ、あの男とキスをしたことを知っているということではなくてですね……。なんと言えばよいのか……」
「はい……?」

 頬を染める姿に対し、なにも思い当たることがないんですがと首を傾げると、常世さんは手で口元を押さえながら小さな声でモゴモゴ紡いだ。

 あなたの唇を一番に奪ったのは私です。

 わけが解らず目を瞬きながら、「それはどういう意味でしょうか?」と問う私に、常世さんは続けていく。

「日向でうとうとしているときが多かったですよね?」
「はい。気持ちよいなあと、つい」
「そういうことです」
「え、っと……、つまり、寝込みを襲った、ということですか?」
「その言い方はやめてください。ああ、いえ、やはり正しいのかもしれません。同意はなかったですからね」
「私は気がつきませんでしたが、何回ぐらいしましたか?」
「そうですね。三回ほどはして――……」

 いましたと答える前に、はたと止まった常世さんは顔を真っ赤にさせる。「尋問めいたことはやめてください!」と声を上げながら。

「アイツとは二回です。常世さんの勝ちですよ!」
「勝負はしていませんが、誇らしいですね。もっと回数を増やしていきましょうか」
「お、お手柔らかにお願いします!」

 喜ばしげにすっと目を細めつつの提案に、私は「ほわぁ!?」と声を荒らげる。いやだって、すぐさま唇が奪われましたよ! 言ったそばからするなんて、強引な人だ! いや、嫌ではないんですがね。ただ、そう、恥ずかしいだけであって!

 熱くなった顔を胸板に押しつけ、恨めしそうに言葉に乗せる。「常世さんは案外激しい人なんですね」と。

「誤解を招くような言い方はやめてください。ですがそうですね、あなたを離す気がないからと添えておきます」
「私も、離す気はないと言っておきますよ。――大好きですから」

 ね? と合わせた視線の先には、耳まで真っ赤に染まった顔があった。完全に蕩けきっている尊顔が。

 あ、これは私の勝ちですかな? ――いやいや、やっぱり引き分けですよね。引き分け!

 顔があっついです。ああ、それと、改めてよろしくお願いしますね?

 大きな背中に腕を回して言うと、「こちらこそ末長くお願いします」と返される。私たちはこうして、ようやく想いを伝えることが出来たようだ。

 草津よいとこならぬ地獄よいとこ一度はおいで。ただし、長たる常世さんは私の想い人なので、おいでになるのなら、覚悟を持ってお願いします。




(おわり)

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