03
「え、ですが……」
一度頭を下げた結さんに答えると、困惑顔をして常世さんを振り返る。第一声で思ったのは、アニメ声をしているなということだ。かわいらしい声。
肩を少し越した真っ直ぐの蒼色――黒ではなく蒼色で合っているよね? の髪もアニメっぽいんですが、深い青は黒色に引けを取らないようだ。目はやはり宝石のようにきらきらしている。ターコイズブルーと表すべきだろうか。髪も目も綺麗で羨ましいな。なんといっても、全体的にかわいらしい。
常世さんと結さんが話し合った結果を見るに、どうやら雪子さんを勝ち取れたらしい。いやー、よかったよかった。
「では改めまして、よろしくお願いします」
続けざまに「こちらこそ」と答えると、結さんは目尻を下げた。「――はい、姉様」という優しげな声とともに。
おや、どうやら妹が出来ましたよ。かわいい妹が。まさかの地獄でね!
一人っ子だからか下の子に憧れていた部分もあり、妹、妹とはしゃいでいる姿を常世さんは笑顔で見ていた。――気がする。
引き攣るような笑顔ではなく、なにか微笑ましいものを見るような笑顔だったことが救いでしたが、年甲斐もなくはしゃいですみません。本当に。
◆◆◆
地獄というからには有名なアレ――八大地獄で構成されているのかと思えば、そうではないらしい。そもそも、私が知る地獄とこの地獄は大違いなのだから、細かい違いがあっても気にする必要はないのかもしれない。
長く着ていると汚れるかもという考えから、着ていたものやトートバッグはお風呂に案内されたときに結さんに預けたので、私は皆さんと同じく道衣に身を包んでいる。色は淡いピンク。おしゃれ道衣というのかな? 結さんは常世さんに届けたと言っていたので、保管されていることだろう。ついでに、髪も結ってもらいました。高い位置でまとめたポニーテールです。私の髪は胸を隠すほどの長さはあるので。
夕食も大皿料理でありましたが、朝食も大皿料理でした。おばちゃ……ううんっ、違った失礼! お姉さんが立つ注文口で主食と一汁を注文して、好きなテーブルへ。人は疎らのようだが、おいしそうな料理の前には人がいる。自然の摂理のように。より詳しく言えば、主食はパンかご飯かパスタかを選べるし、一汁にもいろいろな種類がありましたよ。
広い食堂の長テーブルに並べられた大皿の数々にも圧巻されるしかない。作るのが大変だろうが、豪華絢爛だ。食べ放題に似てはいるのだが、取り分けて各自のテーブルに運ぶわけではないので、少しばかり違う。トングやレンゲやお玉などで小皿に取り分けて食べるスタイルは、どうやら地獄でも確立されているようなのが驚きだろうか。しかし、これ見よがしのお世話するする取り分け係はおらず、好き勝手に取っていけいけなのは目に楽だよね。ちなみに、結さんは食事時は私と同じような身長と体重になる。いや、私より結さんの方がスタイルがいいのだから、一緒にしたら失礼か。う〜ん、失礼なことばっかりしているな、私は。気をつけないとなあ。
話を戻して、聞いたところによれば、やっぱり精霊だということなので、姿は自由自在に変えられるらしい。ならいつも大きな姿でいいんだけどという言葉には、「あくまで私は常世様と雪子さんを繋ぐためにいますので」という謙虚な言をいただいてしまった。これはおそらく、アレだ。神視点でふたりの世界を見守り隊の亜種のようなものだろう。壁になりたい的な。私には解るよ。私も好きな俳優さんやアイドルたちを見ているときには壁になりたい系だから。私のことなどお気になさらずというね。
「結さんは嫌いなものとかあるの?」
「そうですね、苦手なものはタッケーですね。少々固いので」
「おいしいけどなあ」
野菜炒めが盛られた大皿の端に選り分けられているタッケーならぬタケノコを取り、もりもり食べる私に結さんは苦笑を漏らした。確かに少々固いが、食べられないこともない固さだからかもりもりいけますよ。ときどきあるえぐみが抜けきっていないものにあたることもないしね。
好き嫌いせずに食べなさいなんて言いませんよ、私は。私にだって嫌いなものはあるし。アレとかソレとかコレとかね。
「雪子さんはよく食べますね」
「あ、常世さん。おはようございます」
お椀らしきものが乗る四角いトレーを手にした常世さんが隣に座るが、空いている席はいっぱいありますぜ、旦那と言いたい欲に駆られる。ほんの一瞬だけだが。わざわざ隣に座らなくてもいいのですよ、旦那。いやまあ、朝から美しい尊顔を拝められたことには感謝しますけれども。小皿に残るタケノコを咀嚼しながらのイケメン観察。味つけがいいから進む進む。あんかけなのがまたいいよね。
「今日からよろしくお願いしますね」
「はい。出来る限りのお手伝いをさせていただきますよ」
はいきたと答えると、常世さんはお椀――お茶漬けに口をつけ始めた。鯛茶漬けっぽい見た目だが、匂いは鮭茶漬け。ちょっと混乱するが、おいしそうに食べる常世さんを見るに味は確かなようだ。
「おいしいですか?」
「ええ、おいしいですよ。出汁がたまりませんね」
「よし、次はお茶漬けにいこう」
どんな味がするんだろうか。やっぱり鮭茶漬けなんだろうか。そう思いを馳せていれば、あっという間に終わりを告げた。おいしかったです。
朝食後はいよいよ《宝》探しである。まずは王宮を出るところからだ。お付きの人はおらずふたりきり。その上、なぜか手を繋いでいるという超絶謎仕様です。これ、繋ぐ必要はあるのですかね? と考えて、いや、あったわ! という結論に達する。迷えば終わりですよねと。
「案外手が冷たいんですね」
「よく言われます」
「……そうですか」
それはそれはおモテになっているんでしょうね。ほうほう。私も彼氏がほしいんですよねとちょっとイラっとしましたが、本当にちょっとだけですよ。そうですね、小指の爪の半分ぐらいですかね。まあ、すぐに消えましたが。いやだって、力を込めてぎゅっとされたのでね。ときめきの方が急上昇しましたよ。