長編 | ナノ

 第069夜 遮断



「フィーナ・アルノルト。キミをエクソシストから外し、この支部に隔離する」
『………』


エクソシストから外されることは当然の措置であり、納得もいく。
だが隔離という言葉を素直に受け入れるわけにはいかない。教団への思いを消し去るためにここを出て行かなければならないのに、それがかなわなくなる道を踏むわけにはいかないのだ。


「キミをここから出すわけにはいかないんだ。分かってくれ」
『分かるって何を?聖戦の道具にされることを?』
「……っ」


バクが言葉に詰まるのを見、私は口元を釣り上げる。


『あんたらはおかし過ぎる。望まない奴まで使徒にして、結果的にはそいつを死へと追いやる。スーマンが咎落ちになったのも、アレンの左腕がああなったのも、全部あんたらのせい。みんな、教団のせい』
「…くっ」
「バク、今はこいつの話を聞く時じゃねェだろ」


私達のやり取りを見ていた神田の姿をした奴が口を挟んでくる。
私はバクから視線を外し、そいつを凍てた目で見る。


『悪いけど神田の姿やめてくれない?気分悪い』
「…そういえば、こいつには全部話してたみたいだな」
『別に全部ってわけじゃない。ただ私のことを見抜かれたから少し話しただけ』
「見逃した…とも言ってたな」
『言ったね。だけど神田は興味がないっていう感じだった。私にはそれが出来ないことを確信していたから放置してただけ。決して私に加担したわけじゃない。そのことは覚えといて』


神田に変な誤解が生じないように私は言うが、私がどう弁解しようとも、神田も後に教団の者から尋問を食らうであろう。“何故裏切りを認識していたにも拘らず、放置していたのだ”と。余計な面倒を賭けることが申し訳ない。
今はそれどころではなかったりもするのだが。


『…さて、話を戻そうか。私はここを出て行く。隔離される気はさらさらない』
「もちろんそのことは承知しているが、教団を危険にさらすわけにはいかないんだ。悪いが、キミをしばらく幽閉する」


バクは刃物で自身の手を切り付け、それを私に向けてくる。
何かしようとしているのを感じ取り、私は足を開いて身構えた。


「“封神”召喚…我、血ノモトニ許可スル=v


ドッ!


急に柱に刻まれた印のようなものから光が発せられ、私へと向かってくる。何かの攻撃手段か。


『当たるか』


かなり速い攻撃だったが、私は身を捻って全てかわす。
体勢を整え、ふーっと息を吐きながら鋭い視線をバクに向ける。
――まさか攻撃してくるとは…。
仲間思いであるが故に切羽詰っている、ということか。
それにしてもあの攻撃手段は少々珍しい。
私は好奇心を露わにした笑みを浮かべる。


『すごい力だね。ひょっとして、バクって何かの血筋?』
「…チャン家にはここの守り神の力を操作できる。僕はその血を受け継いでいるんだ」
『ふぅん。だったら血に縛られる辛さ、あんたになら分かるよね』
「何…?」


私は自分の全てを他者に決められ、決まった道を歩かされた。何も私の自由に出来ない、そんな生活だった。
血族ほど私を縛ってきたものはない。
私はぐっと双燐を握り、振り上げた。


『確かに辛い…だけど、血族ほど私を守ってくれたものはなかったッッ!!』


束縛の中でも、私を一番に思ってくれた。
誰一人として欠けることなど許されなかった。
仲間として皆、私を守ってくれた。


『それをお前達は奪った!私は皆の死に報いるだけだ!邪魔するなら本気で殺す』


私は深呼吸し、攻撃態勢を整えた。


『己の業を戒めよ。裁け、轟け…懺悔の嵐!!』
「「「!!」」」


私は懺悔の嵐を生み出し、それはうねりを上げてどんどん大きくなる。
あいつらはただの人間だ。こんな攻撃を食らったら、確実に死ぬ。
殺したくない。もう人は、殺したくはない。
だから、警告だ。


『お願い。私をここから出して。私は一人で生きなきゃいけないの』
「だからそれは出来ないんだ!キミに仲間を傷つけさせるわけにはいかない!」
『…私があんた達を殺しても?』


私は双燐を取り巻く竜巻を3人に向ける。
シンクロ率が戻った今、これくらいのことは造作もない。
――お願いだから、もう開放して。


「お前は殺せねェよ」
『!!』


神田の姿をした奴は、一瞬にしてその擬態を解き、元の姿に戻った。
それは、フォーだった。
フォーはここの守り神であり、人間ではない。擬態はお手の物ということか。
恐らくバクが神田に変装させて探りを入れたのだろう。
だが、もう偽の神田が誰であろうとどうでもいい。結果的にバク達には私の目的を知られてしまったのだから。


『最後の警告。私をここから出せ。自由にして。さもないと…あんたら全員殺す』
「…そういえばさっき言ったこと、まだ答えてもらってねェな」
『何のこと?』


フォーがバクとウォンの前に出てきた。


「もし、それがウォーカーでも容赦しねェのか?」
『何でアレンが出てくるの?今、アレンは関係ない。私はあんたらを殺すって言ってるの』
「ところが、関係大ありなんだな」
『何?』


フォーはスッと真横を指差した。
私は技を保ったまま、その先を視線で辿る。


『……ア…レン……?』


私の口からそこにいた人物の名が漏れる。
アレンは腹を押さえながら壁にもたれかかるようにして立っていた。


「フィーナ…何、してるんですか……?」


私が3人に技を向けているところを見、アレンは言う。
その声は困惑や動揺。その他にも淀みきった感情を含んでいるような気がした。


「ここで攻撃したらウォーカーまで巻き添えだぞ。お前は相手がウォーカーでも容赦しねェのか?」
『……っ』


――…アレンは、殺せない。
私の大切な居場所なのだから。
私は歯を食いしばる。
そして双燐を斜めに軽く振り、懺悔の嵐を消し去った。


「…それが答えか」
『………アレンを殺す理由はない。私は、自由になれさえすればそれでいい』


私はそういい、一気に後ろへと駆け出した。
出られないならそれでいい。力づくで出て行くから。


「待って!フィーナ!!」


アレンが後ろから叫んでくるが、待つわけにはいかない。
私は振り返ることなくその部屋の出口へと向かう。


「バクッ」
「……っ!!」


フォーがバクに何かを促す叫び声と共に、部屋にある柱の印から再び光が発せられる。
そしてそれは一点に、私の身へと攻撃した。
一瞬にして全ての光が私の身を包みこむ。


『あぁあッ』


苦痛が身体中を巡る。痛い。
全身を貫かれるような激痛に、私は悲鳴を上げ続けた。


「フィーナ…!フィーナ!!」
「寄るな、ウォーカー!!」
「ウォーカー殿、お下がりください!」


目をやるとアレンがこちらに駆け寄ろうとするのを止められている。
それでもアレンは制止を振り切ろうと暴れまくる。必死にやめろと叫んでいる。
これは、当然の罰なのに。
バクの攻撃が一層強くなり、光の量もそれに倣い、増した。


『うあぁああああぁあッ』


一層部屋中に響く苦痛の声を私は上げ、ふっとその悲鳴は途切れた。
それと同時に攻撃がやむ。私がもう動けないと分かったのだろう。
私はドサッと地に倒れた。


「フィーナ!」


アレンが2人の制止を振り切り、こちらに駆け寄ってきた。


「フィーナ、しっかり…!」
『アレ…ン…』


私は痺れる唇を懸命に動かす。
身体が麻痺しているらしい。当分は動かせないことだろう。


「ダメだ、ウォーカー。この攻撃を受ければ全ての運動神経が麻痺する。体は動かせない」
「バクさん!!」


アレンは立ち上がってバクの胸倉を掴む。


「なんでフィーナにこんなこと…!」
「………」


バクは私に視線を配る。
私は言葉を発しない代わりに、首を左右に振った。
話すな、ということだ。


『アレン…止めて』
「フィーナ…!」


アレンはバクから手を放し、私の元へしゃがみこむ。
私は感覚のない手を無理やり動かし、アレンの手に触れる。


『バクは…悪くない。私が、全部…』
「フィーナ…?教えてください、フィーナは一体何をして…」
『……言え…ない』


私は身体を横たえたまま、フッと笑う。


『ごめん』
「フィーナ…」


アレンには悪いが、何も知らずにいてほしい。このまま私のことを忘れて、リナリー達の元へ戻ってほしい。多分私は、もう外へは出られないだろうから。
私はバクへと視線を送り、バクはそれに軽く頷いて見せた。


「ウォン、彼女を連れていけ」
「…分かりました」
「え…ちょっと!」


私の身体が抱えられるのが分かった。


「バクさん!フィーナを何処へ…!」
「彼女はしばらく隔離する。場所は言えない」
「隔離…!?何を…っ」
「彼女が望んだことだ」


望むものか。こんなこと、微塵も望んでなどない。
だがこれ以上アレンにこんな自分は見せたくない。早く忘れてもらうためにも、もう一緒にはいられないのだ。
ウォンは私を抱いたまま歩き出す。


「そんな…っ待ってください!フィーナ!フィーナぁ!!」


私は歯を食いしばり、込み上げてくるものを堪える。
私の名を呼ぶアレンの声がどんどん遠くなる。
きっと暴れるアレンがバクやフォーに取り押さえられていることだろう。
だが、それでいい。私は十分守られた。もう守ろうとしてくれなくていい。
こんな辛い思い、もう二度としたくはない。
――……辛…い。
私は腕を抱き、顔を伏せる。


『全部、お前らのせいだ…』


私は低く、全ての恨みを込めた声で呟いた。


「………申し訳ありません」


ウォンはその一言を言い、歩き続けた。
恐らく私はしばらくの間拘束されることだろう。
もうアレンにも、リナリーにも、ここでの仲間にはもう会えない。それが一番いいと分かってはいても、抵抗したくなる自分がいた。その思いが空しく終わることなど、分かり切っているというのに。
私は黙って目を閉じ、ウォンに抱えられ、支部の奥へと連れて行かれた。





第69夜end…



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