長編 | ナノ

 第065夜 苛立ち



「昨日の騒動は結局、フィーナが原因でした」


私はアレンに首根っこを掴まれ、バクの前に突き出される。我ながら屈辱的な格好だ。いつもなら腕を振り払い反撃しているところだが、立場が立場なためそうもいかない。
横には蝋花、李佳、シィフの3人が疲れ切った表情で佇んでいる。


「少しは反省してくださいよ、フィーナ」
『チッ…』
「もう…」


アレンは大きくため息をつく。
作夜、やっと私の笑いが止まった頃を見計らったように、アレンが色々と問い詰めてきたのだ。受け流したり逃げようとしたのだが、迂闊なことに双燐を奪われてしまい、引き換えに全てを吐かされてしまった。アレンのくせに、変に狡賢い手を使ってきたものだ。


「で、でも…フィーナは悪くないんです!私達が勝負で負けちゃったから…」
「条件でも何でもやっていいことと悪いことがあるでしょ」
「そ、それは…」
『イカサマで人を裸にしてる手練れに言われたくないっつーの』
「何か言いましたか?」
『なーんにも』


私はそっぽを向き、その様子にアレンは再びため息をつく。


「本当にすいませんでした、バクさん。蝋花さん達も」


私はアレンに押さえられ、無理やり頭を下げさせられる。何だ、この親子みたいな謝り方は。
目の前のしかめ面のバクは数秒間私たちを睨み、大きく息を吐いた。


「まぁ今回に関してはこの3人も悪かったわけだからな。気にしなくていい」
『だってさ、アレン。よかったね』
「…すいません。本当に怒っていいですか」
『申し訳ありませんでした。以後、こんなことはいたしません』


私はバクに深く頭を下げる。一気にアレンの声のトーンが落ちたため、これはまずいと思ったのだ。


「もういい。フォーにも言っておくから。それよりウォーカー、そろそろ時間だろう?お前達も仕事!」
「「「はーい」」」


3人は腑抜けた返事を返し、仕事場に向かう。


『あ、3人共。ホントごめんね』
「ううん。気にしないでいいよ!」
「そうだよ。負けたの僕らなんだし」
「それに結構面白かったしな」
「貴様ら…!」
「ヤベ…逃げろ!」


3人はバクの表情を見るなり、急いで部屋を出て行った。何気に優しい奴らで助かった。


「それじゃ、僕も行きます」
『そっか。頑張ってね。また後で向かうから』
「はい。今日こそ絶対発動してみせます」


アレンはトットッと駆けてフォーのいる封印の扉に向かう。


「あ、そうだ」


アレンはふと振り返り、ニコッと笑う。


「いつかポーカー、勝負しましょうね」
『!』


先程のちょっとした怒りは欠片も見られないその表情に、私は少し驚いた。
それでも私はアレンと同じように笑みを返す。


『望むところ。イカサマ絶対見抜いてやるから』


アレンは少しおかしそうに笑い、部屋を出て行った。


「イカサマ…?」
『あぁ…うん。アレンってトランプのイカサマ得意なの。ああ見えて黒いから、気を付けた方がいいよ』


バクは信じられないような顔をする。一見純粋そうに見える紳士だから無理もないか。


『それじゃあ私、ズゥの所行ってくる。武器の改良の方どうなってるか見たいから』
「ちょっと待て。その…話さなきゃならないことがある」


バクが変に神妙な顔になった。
それくらい話す事柄が深刻だということを私は感じ取り、ノブに掛ける手を放す。


『…アレンの前では、言いづらいことなんだ』
「そういうことだ。コソコソさせてしまってすまない」
『いい。私も聞きたいことがあった。クロス部隊の安否、それから現段階の状況』
「そうだな」


バクは椅子に腰かける。
そこでウォンが入ってきた。バクに呼ばれたのだろうか。


「キミ達は中国の港でアクマの襲撃に遭ったな。現地に確認してみたら相当な人為的被害が出たらしい」
『だったらリナリーは…?ラビたちは?』
「心配しなくていい。キミ達2人以外、全員無事に日本に発ったとコムイから連絡があった」
『…そう』


とりあえず安心した。向こうで別れて以来、皆には会えていないからどうなっているのか分からなかった。ずっと確認したかったことだが、バタバタしていたし、アレンに聞かれると余計に焦らせてしまうから聞きたくても聞けなかった。
無事ならいい。ノアに遭遇することがなかっただけでも本当に良かった。


『でも、日本に着くまでは連絡できないんだよね?』
「そうだ」
『もし海上で襲われたりなんかしたら…』


海の上はこれ以上にないほど危険な場所だ。逃げ場も足場もないため、うまく戦うことが出来ない。現にクロス元帥だってそこで襲撃に遭い、船は沈められた。航海中に襲われたりなどしたら、絶対に乗っている者達の身が危なくなる。


「そのことに関しては心配いりません」
『どうして?』
「クロス部隊に新しいエクソシストが付きました。どんな攻撃を受けてもたちまち回復させてしまうエクソシストです」
『新入りか…誰なの、そいつ』
「ミランダ・ロットーです」
『ミランダ!?』


ミランダ・ロットー。巻き戻しの街で奇怪の元凶となっていた人物だ。私達はその機会を止め、ミランダを10月9日のスパイラルから抜け出させた。私は怪我で気を失ってしまっていて、あれから会えてはいなかった。
エクソシストになるということは耳にしたが、まさかここで登場してくるとは。


『…だったら、大丈夫かな』
「信頼できるのか?」
『いや…そうでもない。けどミランダはエクソシストとしてならうまくやっていけると思う。リナリーには借りがあるから、絶対に守ってくれるよ』


イノセンスを発動させたミランダは少なくとも自分の弱さを嘆き、何かにすがり続けていたあの時の弱々しい女ではない。使徒としての力に目覚めたミランダなら、戦い抜いてくれるだろう。


「ですが…心配なのはリナリー様です」
『リナリー?リナリーがどうかしたの?』
「いえ…。実は、リナリー様たちにはあなた方の生存を伝えていません」
『は!?』


私達が生きていることを知らない?私達はノアに殺されたことになっているということか。
私はウォンの肩を叩く。


『何故…何故知らせてくれないの?まさか私達を返さないわけじゃ…』
「いえ、違います!」
「落ち着け、フィーナ」


バクは私の腕をウォンから放し、座りなおす。


「教えなかったのはキミ達が戻らない可能性があったからだ」
『戻らない?どういうこと…?』
「キミ達は一度的に殺されたんだ。死の恐怖を知ったキミ達が戦場へ戻りたがらない可能性だってあったはずだ。新たな咎落ちを防ぐためにも必要なことだったんだ」
『………』
「だがキミが目覚める前、ウォーカーは再び戦い抜くことを僕の前で誓ってくれた。そしてキミは…少々乱暴ではあっても、戦場へ戻ることを望んだ。キミ達は覚悟を示してくれた」
『けど…それはもうリナリー達が旅立った後だった、と』
「そうだ。もちろんコムイにはキミ達のことは知らせてあるが、これは仕方がなかったんだ」


確かに、仕方なかったのかもしれない。意思を伴わずに戦場の道を歩めば、バクの言うとおり新たな咎落ちを生む。スーマンのように、犠牲になる使徒が増えてしまう。私達のことを考えたことだったのだ。


『だったら、リナリーは…』
「はい、とても悲しんでおられました。私が見届ける最後の時まで涙を流しておられました」


私は唇を噛み、強く拳を握る。
リナリーは誰よりも仲間思いだ。私達が死ねば悲しむに決まっている。そんな状態で危険な戦場へ行かせるなど…


「…戻りたいか?」
『え…?』
「クロス部隊の乗る船がもうすぐ、海上から最も近い港を通りかかる。多少遠いが、ラビの力も借りてキミを船まで送り届けることは可能だ」


バクは真剣な表情をして私を見つめたが、私はギッとその目を鋭く見返す。


『要するに、アレンを置いて行けって?』


怪我を負い、発動の出来ていないアレンを置いて行けというのか。
私は椅子に座るバクを睨み続けるが、バクは珍しく臆するそぶりはない。コムイと同じ系統のようで、本気の時はとことん本気なのだ。


「僕はそれが一番いいと思う。改良しているだけでイノセンスには何の異常もなければ、キミ自身の身体の具合もいい。キミが先に戻ってリナリーさん達と共に日本に向かう、という選択肢もあるんだ」
『………』
「勘違いしてはダメだぞ。キミはエクソシストだ。本来なら戦場で戦わなければならない存在なん…があぁあ!!?」
「バク様――っ!!」


私はバクの足を思い切り踏みつける。
バクは足を抱えて座り込み、ウォンは半泣きでバクの元へ駆け寄る。
2人共ある意味で必死のようだが、私はそれを冷たく見下ろす。


『分かったようなこと言わないで。エクソシストでもないお前に何が分かるの。アレンを置いていけ?あんたは私から仲間まで取り上げるの?』
「そ、そんなつもりでは…」
『どんなつもりだろうと関係ない。アレンは私を助けてくれた。アレンがいなきゃ死んでたんだよ、私は。それなのにアレンを置いて戦場で戦え?冗談言わないで』


私はバクの胸ぐらを掴む。ここにきて今ほどムカついたことは無い。
私は鼻を鳴らし、歪んだ笑みを浮かべる。


『あぁこんなこと言っても仕方なかったね。これはエクソシストしか分からない。こんなところでただ命令してるだけのあんたに、分かるはずない。命がけで戦ってる私達のことなんか』
「……っ」


――…何を言っているんだろう、私は。
バクたちは何かしたくても出来ない立場だというのに。歯がゆくてたまらないのを、私は分かっているというのに。


『私はアレンが発動するまで出ていかない。そんなに戦場へ追い返したいのなら早くアレンを発動させることだね。サポートだけが、あんた達に唯一出来ることなんだからさ』


私はバクに吐き捨て、その部屋を出た。
早足で歩き続けたが、少し息が切れてきたところで止まる。
しばらく無言で立ちつくし、横の壁にもたれる。


『……最低』


私は手で両目を覆う。
最低だ、私は。全てをバクのせいにしている。
もしかしたら発動できないアレンにイライラしているのかもしれない。アレンには何も言えないから、奴当たってしまったのかもしれない。
――無力を思い知らされる辛さ、一番知ってるくせに。
私はもたれかかる壁をゴッと殴る。それから何度も何度も殴り続けた。


『…アレ…ン……アレン…っ』


何故名前を呼ぶのか分からない。呼べば、安心できるような気がしたのだ。
だが私を取り囲む淀みは晴れない。無くならない。
私はその場にくずおれ、しゃがみこんだ。
どれくらいの間そこにいたのか、私は立ち上がり、アレンのいる場所に向けていた行き先を変更させ、自室へと戻った。





第065夜end…



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