長編 | ナノ

 第???夜 長寿の助言



私はピタッと歩き続けていた足を止め、周りを見渡す。人がいるのは変わりないが、一度も通ったことのない場所だ。
――迷った!!
何処だ、ここは。
数時間の眠りから覚めて地下の通路を放浪してはたまた数時間。複雑に広がったこの支部の中でいつの間にか迷子になってしまったようだ。周りの誰かに聞こうと思っても見知らぬ者ばかりだと、少し気が引ける。


『どうするかなぁ…うん?』


ふといいにおいが鼻を突く。同時に物凄い空腹感に気づき、腹を押さえる。
何かおいしいものを作っているのかと状況も忘れ、匂いの元を辿っていった。



☆★☆



ジュワジュワジュワと油に揚げられる衣の音が耳を付く。同時に香ばしい香りも漂い、空腹感をさらに増幅させる。
覗いてみると、立派なカツ…だろうか、そんな物が揚げられていた。どうやらここは厨房のようだ。
私がじぃっとそれを見つめていると、ふとそれを揚げている老人と目が合った。


「ほぉ、お客さんか。そういえばエクソシストが運ばれたって聞いてたっけ」
『どうも…』


私は思わず警戒し、覗き込んでいた顔を引っ込める。
老人は、ははっと笑って見せ、揚げたものの一つを野菜の乗った皿に乗せて差し出してきた。


「食べるか?」
『…いいの?』
「腹が減ってるんだろう。見れば分かるよ」
『ありがと』


私はヒョコッと笑顔で顔を出し、老人の前でそれをもらう。
椅子に腰掛け、老人が見守る中恐る恐るそれを口に運ぶ。


『おいしい!』
「ほぅ。よかった、よかった」


私は目を見開き、皿の上のカツを見る。


『ウソでしょ…ジェリーよりもおいしい。あんた何者?』
「ここの料理長だ。ちなみにジェリーは私の弟子な」
『ウソッ!!』
「本当だ。まだ負けとらんようでよかったわ」


老人は楽しそうに笑っている。
まさかジェリーの師匠だったとは。どうりでうまいわけだ。
だが教団本部より支部がいい料理人を所有しているのは少しもったいない気がする。ジェリーには悪いが、本気で本部にも来てもらいたいものだ。


『ふぅ…ごちそうさま。本当においしかった』


私は皿の上のものを全て平らげ、老人に礼を言う。
年をくっているとはいえ、目の前の老人は実に優秀なサポート役なようだ。


『あんたここの料理長?』
「そうそう。対アクマ武器も作ってたりするがな」
『それはすごいね。名前は?』
「ズゥだ。ズゥ・メイ・チャン。バクの祖父の兄弟だよ。お前さんは?」
『私はフィーナ。フィーナ・アルノルト』


ズゥという名の老人と同じように私も名を二度言って答える。


「ところで…何でこんなところにいるんだ?バクのとこへ戻らんくていいのか?」
『いいんだよ』


私は顔を伏せて仏頂面を作る。


『アレンが…私の連れがいろいろ無茶し出すもんだから』
「連れ…?あぁ、寄生型の子か。聞いているよ」
『そう…。まぁそんなこんなでちょっと喧嘩したの。私はアレンのために言ってるのに』


ひと眠りしたにも拘わらず、思い出したら何だか腹が立ってきた。やはり悪いのはこちらの気持ちを考えず無茶ばかりするアレンの方だ。何故私がこんなことで気持ちを乱さなければならないのか。全く、腹立たしい。


「いいなぁ。恋は」


ボソッとズゥが言った。


『…は!?』
「恋しとる子は可愛いな。いつ見ても飽きん」
『いやいや、恋じゃないから。色々突っ込みたいけどそこだけは否定させて』
「お?じゃあ別にいい人でもいるんかい?」


ズゥの言葉に私は言葉に詰まる。
年寄りは好奇心旺盛だからストレートすぎて困る。


『うーん…そう…だなぁ、まぁ初恋なら…ちょっと』


答える私もどうかしているが。


「年頃だからな。今も好きなの?」
『さぁ…どうだろ』


私は椅子の背もたれに思い切りもたれかかる。


『3、4年くらい前の話だからなー。もう分かんない。でも…』


私は目を瞑り、一人の青年を思い出す。
何年経っても、彼が一度だけ垣間見せた笑みが頭から離れない。


『もう一度、会いたいなぁ…』


会いたい。ただ会いたい。
ずっとそれは思ってきたことだった。今も、その思いは消えていない。
――いつか、また…
私はハッと目をあけ、ズゥの方を見る。
ズゥはうんうんと頷きながら微笑んでいた。


「やっぱり恋はいいなぁ…ただ二股はいかんぞ」
『いやだからそう言うんじゃないんだってば!』


私は叫んで必死に否定する。
こんな老人に自分の恋愛事情を真剣に話すなどあり得ないであろう。リナリーならまだしも老人など、どれだけ私はさびしい人間なのだと自問したくなる。
私は首を振り、思い出していたことを振り払う。
――もう、過去のこと。
過去は過去でしまっておいていいものもある。紐解くべき時がくるまでは。


「ところでフィーナさん。ちょっといいかい?」
『フィーナでいい。何?』
「腰の武器の方を見せてもらってもいいか」
『イノセンス?』


いきなりだな。
私は双燐を鞘ごとベルトから外し、ズゥに見せる。


「なるほど。短剣とは珍しい」
『名前は双燐。よく出来てるでしょ』
「確かになぁ。だけどこれ、フィーナの身体にあっているか?」
『え?合っているもいないも適合者なんだから…』
「いや、そうじゃない」


ズゥは双燐を上へ掲げ、まじまじと見る。


「戦闘を見せてもらったわけじゃないから何とも言えんが、短剣という形はお前さんのスタイルに合わないんじゃないかと思ってな」


他人に武器の短所を指摘されたのは初めてだったため、少し驚いた。
そういえば、バクもスタイルについてアレンに話していた。バク達が対アクマ武器を作る時、適合者に最も合った形状・性質・機能性…「スタイル」を導き出す、と。


「フィーナ自身、この双燐に不満はないのか?」
『不満という程の物はないけど、色々気になるところはあるかな…』


私は顔をしかめ、双燐について考える。
今までは何の不自由もなく使ってきたつもりだったが、改めて考えてみれば双燐にはいくらか補いようのない欠点がある。
もしかしたらそれはただ武器の限界だけではなく、私とのスタイルが合っていないのが要因の一つかもしれない。心当たりもある。


『実はこの武器、私用に作られたわけじゃないの。元々作ってあるものを引き継いで使い続けてるものなんだ』
「なるほどなぁ…。つまりこれはフィーナのスタイルに完全に合った武器ではない、と」


ズゥが双燐の刃を軽く叩く様子を私はじっと見る。
今の双燐は私という型に完全にはまる形態ではない。スタイルを導き出すのに必要なもののひとつである、形状にズレが生じてしまっているせいで私は双燐の力を出し切れていないのだ。


「お前さんさえよければ改良するのが一番いい手だ。時間はかかるがな」
『改良、か…』


改良という手段はあまりとりたくはない。時間がかかり自らが無防備になるという理由はもちろんだが、何よりも今までの双燐が変化してしまうのにどうしても不安を覚えてしまう。慣れ親しんだ以外の形態に、私自身がついていけるのかが。


「そんな不安そうな顔をせんでも心配ないぞ」


無言の私にズゥは笑って言う。


「武器の改良は武器のためでもあるし何よりもお前さんのためなんだ。優秀な科学者に任せればお前の心配することは何も起こりはしない」
『本当?……なら、お願いしようかな』


私は双燐を鞘ごとズゥに預ける。
改良によって戦いがよりしやすくなるなら試してみて損はないだろう。ズゥのお墨付きもあるし、自身の鍛錬を怠ることがなければ問題は起こりはしない。


「それじゃあ武器はしばらく預かる。出来るだけ時間はかけないようにするな」
『お願いね』


私は戻ろうと立ち上がるが、そこであ…!と声をあげる。


「どうかしたか?」
『ズゥ。悪いけど料理作ってくれない?大量に』
「料理?構わんが…どうして?」
『アレンに持っていきたいの。もう面倒だし仲直りしちゃおうかなって』
「うんうん…やっぱり恋はいいなぁ」
『…もう何でもいいからお願い』


訂正することさえ面倒くさくなってきた。年より相手にキレるのもまた馬鹿らしい。
ズゥは、はいはいと言って厨房の方へ戻り、てきぱきと料理を始めた。ジェリーほど無駄にしなやかな動きはないが、機械のような的確な動作に思わず感嘆する。


『手慣れてるね。さすが料理長』
「もう何十年もやってることだからな。フィーナは料理しないのかい?」
『私は食べるの専門だから。作るのは微妙だね。壊滅的とまではいかないけど』
「私は食べてもらう方が好きだからそれでいいと思うがなぁ」
『そう言ってもらえるのは救いだね。そうだ、1つ聞いていい?』
「何だい?」


ズゥがトントントンと野菜を刻む音を聞きながら私は問う。


『何で双燐が私のスタイルに合わないって分かったの?ただ見ただけなのに』
「ははっ、簡単に分かるよ」
『どうして?』


私が問うた瞬間、ビュンッと何かが私に飛んでくるのを感じた。ズゥが何かをいきなり投擲してたのだ。
私はサッと顔を左にそらし、右手でそれの柄をグッと掴む。
視線だけ動かして見てみると、それは先程までズゥが野菜を刻んでいた包丁だった。


「やはり速いな。それに目もいい」
『…試したの?』
「まぁ、それなりに。それだけ速いなら近距離攻撃の方が得意なんじゃないかと思ってな。遠距離専門のあの形態はお前さんにはもったいない」
『…大した分析力』


老人とはやはり知識の宝庫だなと思う。
私はキャベツの千切りがこびりついている包丁をズゥに返す。


「お前さんはもっと豪快に動いていいと思うぞ。神田みたいに」
『神田?ズゥ、神田と知り合いなの?』
「ああ。ずっと小さい時から知っておる」
『神田の小さい頃か…想像出来ない。どんな感じだった?』


私の問いにズゥはピタッと野菜を刻む手を止める。
それから長いのか短いのか分からない沈黙の末、


「…実に、優しい子だった。今も…」


呟くようにズゥは言った。
私は目を見開き疑問を口にしようとしたが、ズゥの暗い表情を見て何故かそれが憚られた。聞いてはいけないことのような気がした。


『…そう』


だから私はそれだけ呟いた。
それから再び包丁のトントントンッという音が再開される。その音は先ほどと全く変わらないリズムで厨房に響き続けた。





第???夜end…



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