長編 | ナノ

 第062夜 作戦



地下という場は全ての感覚を狂わせる。過ぎゆく時間も。身に付いた生活基準も。日差しを浴びた大地の感触も。たった2日いただけなのに、もう何年も地上に出ていないような感じがする。
確かに地下は空調を保つのに便利で敵から身を隠すには最適な空間だろう。その知恵は大昔から伝えられ、今も多くの国に用いられているが、それは大きな間違いでもある。
人は、大地の上で生きるべきなのだ。地の中でもない。海の底でもない。雲の上でもない。人は大地の上でこそ生きられるものなのだ。どれだけ他からの干渉を嫌う者達であっても、それは忘れてはならない。
――だから私達はずっと…


「わっ!」


もう何度目か分からないアレンの声が聞こえ、さらにゴッという鈍い音が響き渡った。


「…また失敗だ………」


アレンの声が広い空間に虚しさを伴って響く。
今、もうここには私とアレンしかいない。
昨日、バクにここにいても仕方がないと言われ、出て行くように促された。だから私はバクと共に出て行った………フリをしてアレンに気づかれないように柱の1つに身を潜めている。


「シンクロはできてるのにどうして武器に戻らないんだよ!!?なあ、イノセンス!!」
『………』


私は片膝を抱え、コツッと柱に頭をもたせかける。
今までアレンがどんなに身体をぶつけたり失敗しても私が出ていくことはなかった。ずっと柱の後ろに身を隠し、アレンが発動する様子を耳で感じている。
焦りが見え始めたのはそう時間が経ってからのことでもなかった。他人がいくら声をかけたところで目的を果たせなければ何の解決にも繋がらない。1人の方がまだ不満を口に出来るし、その方がアレンに溜まるストレスが少しは軽減される。
私が身を潜めているのはアレンが倒れたり大怪我したりした時の対処のためだ。


「負けるもんか。もう一度発動だ!!」
「ぶっ」
『ん?』


アレンではない、もう1人の声が聞こえたので柱から顔を覗かせると、そこには顔から血を流しているバクがいた。だったら私も出ていくか。
私は立ち上がり、アレンの元へ行く。


『アレン、調子はどう?』
「フィーナ」


私はいかにも今来たような振る舞いでニコリと笑う。


『どうかしたの?何か変な声が聞こえたけど』
「ちょっと頭をぶつけちゃって…すいません、バクさん」
「いや、いい…」
『よくないよ。鼻血はすぐ止めないと』


私はティッシュを差し出し、バクがすまないと言って受け取る。


「それより少し休め、ウォーカー!キミこの2日まともに寝てないだろう!!フィーナ、キミもだ!キミも丸2日間もずっと…フグッ!?」


私は慌ててバクの口を塞ぎ、黙れと目でバクの言葉を抑圧する。
バクは少しひきつった表情を見せ、コクコクッと何度も頷いてみせた。余計なことを言うな。


『でも、バクの言う通りだよ。身体壊したら元も子もないんだから少し休んだ方がいい』
「いやでも…あ」


アレンがバクの落とした資料に目を落とす。


「すいません。バクさんのファイルの資料バラバラにしちゃいまし…」


アレンの言葉が途切れる。


『どうしたの。アレ…』


アレンの持っているバクの資料を覗き込んだ瞬間、私も言葉を途切れさせ、固まる。
バクの持っているファイルの中の資料は全てリナリーの写真だった。


「わああああああ!!」


私とアレンがそれを凝視していることに気づいたバクは素早くそれを取り上げた。
だが時すでに遅し。私達はばっちり見てしまっていた。


「盗撮じゃない………これは断じて盗撮じゃないぞ」


どうやら盗撮らしい。よほど見られたことがショックなのか、バクは顔を真っ赤に染めている。
私は見かねて立ち上がり、バクの肩に手を添える。


『盗撮したくなる気持ち分かるよ、バク。リナリーすごく可愛いから。気にすることない。盗撮万歳』
「何か違うと思いますよ」


アレンは私の涼しい笑顔を一瞥し、きょとんとした顔でバクを見る。


「リナリーのこと、好きなんですか?」
「うっ…」


突然バクの顔からぶつぶつを何かが出てきた。


「バクさん!?」
「見るなっ!オ、オレ様は極度に興奮するとジンマシンが出るんだ。見るなぁああああ」
「ちょっ、誰か着て――!!」
『何だかなぁ…』



間。



あれからウォンが怖いくらいのスピードで駆けつけてきて処置を行った。ウォンの治療の適格さは大したものだと思うが、ただのジンマシンに布団まで持ってきてバクを寝かせるのはどうかと思う。
寝ているバクはアレンにイノセンスについて色々説明し、その内容は大きく言えば寄生型と装備型の違いだった。装備型はイノセンスの制御が難しくなるため、「対アクマ武器」にイノセンスを改良するが、一方で寄生型はイノセンスの原石を宿しているため、存在自体が「対アクマ武器」のようなものだという。


「我々がイノセンスを対アクマ武器にする時は、まずそのイノセンスを知ることから始める。その能力に最も合った形状・性質・機能性「スタイル」を導き出すんだ」


――スタイル…


「キミがイノセンスの能力にあったスタイルになっていないことが発動できない原因ではないかと考えたんだが…げほげほっ!」
「バク様、しっかり!」


大げさな対応は見ている方が恥ずかしくなるからやめてほしいものだ。
私は悪態をつき、アレンの左腕の欠落した部分を見る。


『…じゃあバク。アレンがイノセンスに合うスタイルになるまで待つしかないって言うの?』
「そういうことになる」
『………』


それは、一体いつになるのか。私は早く…一刻でも早く戦場に戻らなければならない。こんなところで時間など食っていられないのだ。


「だが、今のんびり知っていく時間も、君達には惜しいんだろ」


バクはそう言って起き上がる。


「少し荒療治だが…」


バクには何か策があるようだ。今はとにかく時間が惜しいため、頼る他ないだろう。
私達はバクに連れられ、ある場所へと向かった。



☆★☆



連れてこられたのは封印の扉の間で、聞けば代々の守り神であるフォーを封印しているのだそうだ。


「ここで何するんですか?」
「キミにはこれから本気の戦闘をしてもらう。フォー」


バチッ…


『…!』


私は何かの気配に振り返る。久々の感覚だ。痛いくらいに刺さる殺伐としたもの。
これは、殺気。


「面倒くせェな。あたしの役目は小僧のお守じゃねェんだっつの。バカバク」


門の中からフォーが出てきた。
この殺気の主は間違いなくフォーだ。


「あれは人ではなく、曾祖父の造った「守り神」から発生した結晶体でね」
「支部を守る戦士ってワケ。あたしは強いぜ、ウォーカー?」


フォーはいきなりアレンに向かって飛び出してきた。両腕を鎌のような武器に携えたその姿で。



ドッ!!



フォーはアレンの首を取ると腹を蹴って吹っ飛ばし、柱に叩きつける。


「が…っ」
『アレン…!』


アレンはまだ病み上がりで、しかも片腕を失っているからまともに受け身は取れていない。
私はアレンの前に素早く移動し、フォーに双燐を向ける。


『何の真似?アレンに手を出すなら殺す』
「随分恩知らずな奴だな。命の恩人に向かって殺すとは何だ」
『アレンにはあんた以上の恩があるの。殺されたくなかったら武器を消せ。何なら腕を斬り落としてやってもいいんだよ?』


私は目を鋭くさせ、双燐を本気で構える。


「ちょっ…ちょっと待て、フィーナ!これは作戦だ」
『作戦…?』
「ああ!ウォーカーの左腕を復活させるためなんだ」


私はフォーに再び視線を向ける。


「そういうこった。本気だして来な、小僧。イノセンス発動しねェ限り、マジでお前殺すぜ?」


バク曰く、追い込めば何かしらの活路が開けるかもしれない、と。こんな鋭い殺気を放つ奴をアレンの相手にさせるなど、かなり無茶な思考回路だ。


「やはりやめとくか、ウォーカー。この作戦はちょっとやっぱり危ないかもしれん」
『だってさ。どうするの、アレン。フォーって結構危ないよ』
「…決まってるじゃないですか」


アレンはペッと唾を吐いて立ち上がった。


「やりますよ。追い込んで活路作戦、いいかもしれない」


――マジか…。
こうと決めたらアレンは何を言ったところできかないだろう。
私は息を吐き、立ち上がる。


『バク、ウォン。出て行ったほうがいい。さすがに危険だから』
「あ、ああ。分かってる。だがキミは…」
『残るに決まってるじゃん。アレンに何かあってからじゃ遅いんだから』


私はフォーを睨み、キンッと双燐の切っ先を向ける。


『いくら鍛錬とはいえ、程度を考えない戦いは許さない。アレンを殺してみろ、その時は私がお前を殺す』
「は…っ、やってみろよ、小娘が」


私とフォーはバチバチと火花を散らす。
本気で殺してやろうかと双燐を構えたその時、頭をゴツッとどつかれる。


『痛った…アレン!?』


顔をしかめながら見上げると、アレンが少し怖い顔をして私を見ていた。


「いい加減にしないと怒りますよ、フィーナ」


何がだこら。


「僕達を助けてくれた人たちなんですから殺すとか平気で言わないでください。これだって僕のためにやってくれることなんですから」
『じゃあアレンは私が殺されるかもしれない時、黙って見てるわけ?』
「え…いや、そういうわけじゃ…」
『私はそういうこと言ってるの。心配することの何が悪いの』


皆、アレンのことを考えてやっていることだというのに。
私も報われないものだなと自分自身を虚しく思う。


「心配…してくれるんですか?」


ふとアレンが言い、きょとんとした顔で見つめる。
それに私もアレンを見つめ、しばらくの間が空いた。
アレンが何か口を開きかけたその時、私はゴッとアレンの頭を殴る。


『思いあがるな。赤面して「そんなんじゃない」とか言うとでも思ったの?』
「別にフィーナにそこまで期待してないですってもう…」
『軽く侮辱したな』
「今の何がフィーナにとっての侮辱なんですか」
『その言動全てだよ』
「だったら喋るなってことですか?」
『その通り。もうずっと黙ってろ』
「だったらずっとフィーナが耳塞いでればいいでしょ」
『神田みたいなこと言わないで』
「そっちこそ」
「喧嘩するんじゃない!」


バクによって私とアレンの噛み付き合いのような言い合いは止められる。


『私は悪くない。全部アレンのために言ってることなんだ』
「僕のことを思うなら今は邪魔はしないでください。お願いですから」
『…よく分かった』


私は低く言い放って踵を返す。


「お、おい!何処へ…」
『ふてくされたからアレンを視界から消すことにした。バイ』


私はスタスタと歩き、部屋を出た。
――人の気も知らないで…
私は自分のつま先を見ながら歩く。
スーマンの咎落ちがあった夜、私はアレンが倒れた場に居合わせた。本当に殺されたかと思ったのだ。もうあんな姿を見たくもないし、あんな思いもしたくない。
だから心配してやっているというのに、アレンときたら…。


『…報われないなぁ』


私は槌の天井を見上げ、呟いた。
報われないのはこんな性格でこんな態度しか取れない私故だろうか。だが直すつもりもなければ改めようという気もない。
だから永久に報われることはないのだろうな、と一人虚しく思いながら自室に戻り、しばらく眠ることにした。





第62夜end…



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