長編 | ナノ

 第061夜 左腕



「えっ、地下なんですか、ここ!?」
『なるほど。だからみんな土なのか…』


先程ウォンとフォーと合流し、移動中の今、ここが地下であるという話を聞かされた。このアジア支部は元々ただの洞窟だったらしいが、先人達が掘り進めてここまで巨大な隠れ聖堂を作り出したらしい。総面積は本部以上だとか。本部以上に広い支部とは一体何だ。


「迷わないように気をつけろよ。ウォーカー、フィーナ。昔二週間迷子になって餓死しかけたやつとかいるから」
「えっ、ウソ」
『アレン、本気で気をつけないと』


フォーは笑っているが、こちらにとっては笑い事などではない。アレンは迷子のプロなのだから。私も下手にアレンから目を離すわけにはいかなくなった。


「おしゃべりはやめにしてはいりたまえ!」


ギィィィィィとバクはどこか複雑そうな顔をして目の前のドアを開けた。


『わあ…』


中に入った途端、私は思わず感嘆の声をあげる。
中が白い何かで包まれていたのだ。闇とは違った空間の不鮮明さがとても不思議めいていて何処か魅かれるような気がした。


「これがキミの左腕だったイノセンスだよ」
「えっええっ!!?この霧が?」
「霧ではない。形を無くし、粒子化しているんだ」
『言ってた通りだね』


私は手を出して白いそれに触れてみる。
粒子になるまで破壊されたイノセンスは普通消滅してしまう。それにも関わらず、アレンのイノセンスはここまでされても生きている。私とはまた違った異例というところか。


「お前を竹林から運んだ時もこの霧がお前を守るみたいに周囲に満ちてたぜ。おかげで前が見えなくてここに帰ってくるの苦労したんだ」


フォーの視線がふと私を捉える。


「お前はウォーカーと少し離れた所に倒れていたけどな、お前の周りにもウォーカーのイノセンスが集まってたぜ」
『…そう。私まで守ってくれてたんだ』


相変わらずその理由は分からないが、アレンのイノセンスに感謝しなくては。


「でもこんな状態になっても生きてたなんて…どうして僕のイノセンスだけ………?」
「残念ながら我々の科学じゃそこまで分からない。コムイですらこのことは予想の範疇を超えてたらしい」
『へぇ…あのコムイが予想出来なかったことか』


コムイはふざけてはいるが、仕事においては誰よりも頭の切れる奴だ。イノセンスがバラバラになっても未だ生き続けているという事実は、それだけ予測外だったことなのだろう。


「珍しくあの男が非科学的なことを言ってたよ」


コムイはこう言っていたという。


≪あの子は、アレン・ウォーカーは特別なのかもしれない。神に愛された存在なのかも――≫


非科学的にも程があるというものだが、コムイがそんなことを言うと本当にそのような気がしてしまう。こんな非情な世界で神の結晶であるイノセンスに心臓を修復されたアレンは、やはり神に愛されているのかもしれない。


『いいな。私も愛されてみたいよ…』
「愛されたい、だなんてフィーナらしくないですね」
『だって愛されるだけで命が助かるなんて得でしょ。じゃんじゃん愛してほしいよ』
「………」


アレンは何故か無言で私を見つめる。
何か言いたそうだが、あえて言わないでいる顔だ。


「バク支部長〜〜〜」


そんなアレンに言葉を吐こうとした時、バクを呼ぶ若い声がした。


『…あ』


こちらに歩いてきているのは2人の青年と1人の女。私が双燐を取り戻そうとした時にバクと一緒にいた3人だ。
仕事をほっぽり出してイノセンスを見に来たのだという。
1人の青年は長身でラビのような人懐っこいタイプ。
もう1人は勉強熱心そうで目があるのかないのかよく分からない奴。
女の方はメガネをかけていて三つ網。少しドジそうだ。


「少年エクソシストはどこですかぁ〜」


女はメガネを掛け直すと後ろからひょっこり出てきた。
それに気づいたアレンは笑い掛ける。


「はじめまして」




ドキュ――――――ン!!




『…あらら』


女の顔がみるみる真っ赤になった。
――…ストライク。
どうやらアレンに惚れてしまったようだ。アレンの紳士な笑顔は効果抜群だったのだろう。
あまりに可愛い瞬間を目撃してしまい、私は思わずふふっと笑う。
それに気づいた女がこちらを見る。


「あ、あなたさっきの…!」


こちらを指差し、女が叫ぶ。
さらに青年2人もあ…!となる。
やっと気づいたかと思いつつ、私は3人に向き直る。


『さっきは驚かせてごめん。ここがどこか分からなかったから、つい。3人共、名前は?』
「オレは李佳」
「僕はシィフ」


2人は淡々と答えるが、女の方がもじもじとしている。
アレンにストライクを食らわされてまだボケーッとしている感じだ。


『もしもーし。あなたは?』
「え…あ!わ、私は蝋花」
『そ、よろしく。蝋花って綺麗な名前だね』
「そ、そんなことないですよ!」
『いいよ、敬語なしで。蝋花の方が年上そうだし』


私が笑い掛けると蝋花は縮こまったように頷く。
誰に対してもバッサリとしている私とは違い、蝋花は礼儀正しくておしとやかな感じだ。
ここまで正反対な性格はないだろうなと心の中で苦笑いする。


「…あの、支部長。この子って…」
「ああ、ウォーカーと一緒に運ばれてきたエクソシストだ」


蝋花はへぇ…と物珍しげに私を見る。自分よりも年下の女がエクソシストとして戦っていることを少し意外に思ったのかもしれない。
だがイノセンスは使徒に年齢はおろか性別も過去も環境も問わない。まるでたくさん目のあるサイコロを振るようにランダムに選びだされるものと言えるのだ。


『私はフィーナ・アルノルト。アレンと同い年。よろしく』
「コムイやリーバー班長から話は聞いてるぞ。かなり頭が言いそうだな。お前達も見習え」
「「えぇ―――!!」」


蝋花と李佳が揃って言うが、一方シィフは静かだ。寡黙な性格なのか、リアクションが薄い。冷静沈着なイメージが窺えるが、こういう性格は割と好きだ。


「…ってことで、見学させて下さいよ」
「…しょうがないな。構わないかい?ウォーカー」
「はい?」
「今からこの散乱したイノセンスを発動して対アクマ武器に戻すんだ。武器化さえ出来れば君はまた戦えるだろう」



☆★☆



「よし!」


アレンの準備が整ったようだ。
アレンのイノセンスは今、ティキに壊されて粒子化してしまっているが、発動したらまた左腕としてアレンの元へ戻り、武器は復活するはずだ。そしたらまた、リナリー達の所へ戻れる。そして、戦える。


「発動!!」


アレンは腕を発動した。
途端に散乱した粒子がアレンの元へと集まっていく。


『…すごい』


私は思わずその光景に見入る。ここまで激しくイノセンスと適合者がシンクロするのを見るのは初めてだ。
全員が見守る中、アレンのイノセンスはどんどんアレンの左腕に集まり、元の形を成していく。


「復活する……っ」


やがて粒子の全てが集まって形となり、左腕が形成された。アレンの対アクマ武器である左腕が復活したのだ。だが、




バサッ




「え…?」
『…あれ?』


復活したかと思った左腕がまた粒子に戻ってしまった。何故?


「も、もう一度だ、ウォーカー!!」
「がんばれ!」
「は、はい!」


それからアレンは何度も発動を繰り返した。
それでも結果的に腕は戻らず、1時間後にはアレンがぜえぜえと息を切らして疲れ切ってしまう始末だ。


「おかしいな。なぜ粒子に戻るんだ…発動すれば武器化するという考えは安易すぎたか?」
「いや、でもシンクロは出来てますしぃ」
「まさかもう、もどらんのじゃ…?」
『嫌なこと言わないでよ、李佳』


戻らないなどということがあってたまるものか。
イノセンスが生きていて形として残っているのなら、アレンはまだれっきとした使徒だ。死ぬまで戦う定めの使徒が戦士としての役割を果たせないわけがないだろう。


「キミはどう思う?フィーナ」
『え?』
「ウォーカーと長い間一緒にいたキミの見解が聞きたいんだが…」
『長い間といってもたった数ヶ月だけどね』


私は周囲に散らばるアレンのイノセンスに触れる。


『私の見解第1、怪我のせいもあってアレンにイノセンスを復活させる体力がまだ戻っていないから。第2、1度心臓を奪われたことで生まれた恐怖心が無意識に発動を拒絶しているから。第3、アレンがまだ覚悟を決めていないから』
「覚悟…?何の?」
『知らない。ただ前に覚悟が足りていないせいで、いらない甘えが出たことがあったの。それが関係してるかもってこと。まぁ要するに私の総合的な見解は…』


私はしばらく間をあけ、それから軽く両手を上げる。


『こればっかりは他人の知識や思考じゃ完全にお手上げってこと』
「…まぁ、確かに……」


バクが渋い顔をし、私も苦笑いする。
確かに私はエクソシストだし、数カ月アレンと共に過ごしたが、他のエクソシストのイノセンスのことまでは分からない。そのイノセンスのことについては適合者であるアレンが一番分かっているはずなのだ。
分かっているはずのアレンが発動できないのは覚悟が足りていないから…そうは思ったのだが、結果的にはさっぱりだ。やはり他人の仮説や考えでどうにかなることではない。何せ異例は前例がないのだから。


『随分厄介な問題だな、これ…』
「コムイに助けを煽ったところでこればかりは無駄だろうな」
『科学者でもさっぱりなわけ?』
「言葉や文字でどうにかならないことがあるのはキミもよく分かっているだろう。その典型的な例がまさにこれだ」
『ごもっとも』


私とバクはしばらく互いを見合い、深くため息を吐く。
何故シンクロ出来ているのに元の形に戻らない?シンクロが出来ていることはシンクロ率には何の問題もないはずだ。私のようなパターンでは決してないはずのアレンが何故、イノセンスを武器化することが出来ないのだろう。
それからしばらくアレンは発動を続けたがこの日、アレンの左腕が武器化することはなかった。





第061夜end…



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