長編 | ナノ

 第060夜 伝えること



『そっかー、じゃあ後で左腕復活させるんだね』
「はい。フィーナが目覚めるまでそれを待つように言われてたんです。今日の朝に僕も目覚めたばかりなんですよ」


数時間身体を休め、やっとウォンに起きる許可をもらえた私。
今はアレンと門の前の椅子に座って喋くっている。2人で支部を散策し、少し疲れたところで休憩中なのだ。思った通り、この支部はとてつもなく広い。


『「………」』


≪キミ達はこの支部を見て回るといい。2人で話したいこともあるだろうしな≫


――話したいこと、か…。
確かにアレンが死んだと分かった時は言いたいことだらけだった気がするが、実際に目覚めてみると、何を話したり伝えたりしていいのか分からない。こうやって普通に同じ時間を過ごしていることがそれくらい当たり前になっていたのだ。
だが今回のことがあってよく分かった気がする。


“伝えたいことは、いつでも伝えられるわけではない。”


こんな世界に明日や数時間後を期待するだけ無駄なのだ。いつ相手や自分の時間が途切れるか分からないこの聖戦の中では、それを分かって生きなければならない。時間がいつでもあると思っていてはいけないのだ。
だから伝えたいことがあるなら、話したいことがあるならその時伝えておいたほうがいい。時間が途切れてからでは遅いのだ。命が絶たれてからではもう手遅れなのだ。
伝えたい。後悔しないうちに…――


「フィーナ」


私が口を開こうとしたその時、アレンが先に呼びかけてきた。
思えば沈黙が続いていた気がするから、それに耐えかねたのかもしれない。
私がじっと見つめると、アレンはわずかに顔を伏せる。


「フィーナ…すいませんでした」
『え…何が?』
「スーマンのことです。助けられなかった…」
『………』


スーマンはアレンの目の前でティキに殺されたのだろう。身体に大きなダメージを受けていたアレンはそれを止められなかった。それをアレンは悔やみ、自分を責めているようだ。
アレンが俯いたまま動かない様子を見、私はため息を吐く。


『アレン』
「はい……い…いだだだだだだだ!!」


私はアレンの頬を思い切りつねり上げる。
アレンはあまりの痛さに悲鳴を上げ、涙目になっている。


『…またそうやって全部背負込む。リナリーもずっとそのことで苦しんでた』
「ふぇも…」


私は再びため息を吐き、アレンの頬から手を離す。


『スーマンを助けられなかったのは私のせい。アレンは全く悪くない』
「そんな…フィーナのせいじゃありませんよ!僕がもっと強かったら…」
『違う。あの時のアレンはもう限界だったんだ。それに…』


私は一度言葉を切り、先程のアレンのように俯く。


『私はアレンに守ると約束した。全開放を任せる代わりに、私はアレンとスーマンを守るって約束した。だけど結局はダメだった。また助けられて、守れなかった…本当ごめん』
「フィーナ…」


私が気を抜いたせいでアレンから離れるようなことになってしまった。あの時、私がついてさえいればスーマンを助けることが出来ていたかもしれない。アレンを逃がし、心臓を取られる苦痛を味わわせずに済んだのかもしれない。
必ず守ると約束したのに、結果的に自分が守られ助けられた。
――自分だけ、守られて…
私はギリッと歯を鳴らす。
何故私は守られてばかりなのだ。どうして守れない。戦場でしか生きられない存在ではなかったのか。戦場で足を引っ張る存在などであっていいのか。何故、私はこんなにも弱いのか。


『スーマンを助けられなかった責任は私にある。だからアレンが自分を責めることはない。そこまで背負わなくてもいい』
「でも…スーマンは家族の元へ帰りたがってた…」
『…記憶を見たからと言って私にはスーマンの全部は分からない。だけどね、1つ言えることがある』
「何ですか?」


私はアレンの瞳を見つめ、わずかに微笑む。


『スーマンは多くの人を殺した自分を責めてた。だけどアレンはスーマンを救おうと精一杯やったよ。絶対に救われてた』
「そう、なんですかね…」
『そうだよ。アレンがいなきゃスーマンはあのまま死んでた。恨みを抱いたまま死んでしまっていた。アレンは出来る全てのことをしたんだよ』


生きて償うことは出来なくても、その意思を抱いて自らの道を歩むことを決めたスーマンは必ず死後の世界で救われる。それはアレンの存在があってこそなのだ。
だからスーマンはアレンに感謝しているはずだ。


「でも、それはフィーナも同じですね」
『ははっ…アレンほどじゃないよ』


私とアレンは顔を見合わせて少し笑った。
アレンは何でも1人で背負いすぎだと思う。全てを重荷として1人で担いで歩いていこうとする。
今回は、全て私が悪かったというのに…――


「…1つ、聞いていいですか?」
『いいよ。何?』
「フィーナもあのノアに心臓を取られたんですよね?怖く…なかったんですか?」


――…怖い?
私に尋ねるアレンの表情は少し不安げに見える。
アレンは怖かったのかもしれない。心臓を取られるという殺され方など普通はされない。どんな苦痛が伴うか想像するだけでも身が震えるのが普通だ。
いや、想像すら出来ないかもしれない。それだけの経験をしたら恐怖を感じるのが普通なのだ。実際、私でも。


『…怖かった。本当に』


私はぐっと拳を握る。
今まで死ぬことだけは拒んできた。何を失っても死ぬことに怯える臆病者だったから。
ティキに心臓を取られる寸での時、恐怖でどうにかなってしまいそうになった。今まで一番恐れていたものを突き付けられて、壊れてしまいそうになった。


『怖かった。死は本当に恐ろしかった。でも…』
「でも?」
『でも、拒みはしなかった』


私の言葉にアレンが目を見開いたのが分かった。
怖いのに、拒まない…これは明らかに矛盾して聞こえるだろう。聞いて驚くのも無理はない。
だが私は死を拒まなかった。飲み込み、受け入れた。これ以上足掻いても仕方がないと思ったから。何よりも、皆に会えると思ったから。


「…らしくないですね」


アレンがぽつりと言った。
私は驚きがらアレンを見る。
アレンは俯きも目をそらしもせず、私のことを見つめていた。


「少しビックリです。死を受け入れるなんてフィーナらしくないですから。最後の最後まで、戦うのかと思ってました」


私は無言になる。
アレンがここまで素直に思いを述べたのは初めてな気がする。いつもなら心の中に留めておく言葉だったはずだ。伝えたのには、意味があるのだろうか。その意味をおかしな方へと捉えている私はどうかしているのだろうか。


『…似てるから…だなんて…』
「え…?」


今になって気づいた自分がどうも馬鹿らしくなる。
私が今までアレンとやってこれたのは、ただ共に過ごす時間が長かったからではない。ここまで対極な要素を併せ持つ私がアレンと一緒にいられたのは、似ていたから。
――アレンが似てるからなんだ、彼女と…。
私はフッと笑った。


『その通りだね。私が死を素直に受け入れるなんてらしくない。どうしてもっと足掻かなかったんだろう』


何故もっと闘おうとしなかったのだろう。ティキとではなく、自分自身と。
死に怯える自分。皆に焦がれる自分。己の弱さを責め立てる自分。
色々な自分と、どうして戦わなかったのだろう。身体が駄目でも心までは折れていなかった。心で戦えば、よかったのに。


『もう死を近くに見据える戦い方はやめるよ。どんなに追い込まれても生きることだけは諦めない。やらなきゃいけないことも見つけたし…』
「やらなきゃいけないこと?」
『うん。大事なこと』


私は彼女との約束を果たさなければならない。だから死ぬわけにはいかなくなった。戦う意味を知るまでは死ぬわけにはいかなくなった。
だから、絶対に死なない。戦う道を歩き続け、いつか答えに辿り着く。私が命をかけてまで戦場で生き続ける訳は一体何なのか。


「おーい!」
「あ、バクさん」


バクは向こうの角から曲がって私達のいる門の前まで歩いてきた。


「話は済んだか?そろそろ左腕を復活させる話をしたいんだが…」


アレンはチラッと私の方を見た。
私はそれに笑みを返し、バクの方を見る。


『お互い話したいことは話したし、伝えることもみんな伝えた。時間をくれてありがと』
「そうか…。向こうにウォンとフォーが待ってる。今からある部屋に向かうからついてきてくれ」


バクはそう言って歩き出し、私とアレンはそれについて歩く。
私達の細胞の代用となっているアレンのイノセンスの残りは、別室に保管されているとバクは言っていた。
恐らくそこへ行くのだろう。


「そうだ。わりとどうでもいいことなんだが…」
『だったら言わないで。無意味な会話は嫌い』
「そんなどうでもいいことでもない気がしてきたら聞くことにする。キミのことは何て呼べばいい?」


どうでもいいではないか。


『…ま、フィーナでいいよ。大体そうだしね』
「そういえばフィーナを苗字で呼ぶ人いないですよね」
『微妙に長いから。いいなぁ、アレンは言いやすくて』
「名前に言いやすさを求めちゃダメでしょ」
『そりゃそうだけど』
「そこ、雑談に入るな。ま、それならフィーナと呼ぶことにしよう」


バクの視線が再び前を向く。
私は微妙な年頃だから、大人からしてみればどう呼んでいいか普通は悩むか。バクはコムイのようにちゃん付けするキャラではないわけだから。


『いつか神田も呼んでくれるのかね、私のこと。呼び方なんてお前やテメェばっかだし』
「うーん…神田は難しいんじゃないかな」
『だよね。アレンは呼び名があっていいね』
「モヤシの何処かいいんですか。まだない方がましですよ」
『ううん。モヤシでもいいんだよ。この世の万物は全て名前が必要だから。名前があって初めて力を発揮するものも珍しくない。例えそれが真の名でなくても』
「またよく分からない話…」


アレンの複雑そうな表情に私はハッとする。


『ごめん。ついつい自分の世界には行っちゃうんだよね。忘れて』
「でもフィーナの言うのことも正しいだろう」


思わぬところでバクが口をはさんできたことに私は驚く。
バクは前を見据えながら言う。


「それが偽りのものでも名があることに越したことはない。“呼び名”というものは魔術に欠かせないものの1つだからな」
『………』
「ま、魔術!?」


アレンが隣で声をあげる。
そこで今まで一度も振り返らなかったバクの足が止め、振り向いた。


「キミはもしかして魔術に興味があるのか?」


沈黙が訪れた。
まるで口を縫われたかのように言葉を発しようとしない私の瞳をバクはじっと見つめてくる。
私もその目をじっと見つめ、長い沈黙の末、ニコッと笑った。


『考えすぎだよ。名前が大切なのは当たり前のことだから』
「…そうか。ならいいんだ」


バクは再び歩きだす。
私も歩きだし、少し遅れてアレンの足音も廊下に響きだす。


「いや、こんなことを聞く気はなかったんだがな。キミの…フィーナの姿を見ていると思い出すんだ」


バクは少し間を空け、口を開く。


「昔文献で読んだ、ある一族のことを…――」


バクは振り向かなかった。
私はその言葉に何も言わず、まるで何も聞こえなかったかのように沈黙を保って歩き続ける。
アレンの視線が一瞬だけこちらに向いた気がしたが、すぐにそらされたのが分かった。





第060夜end…



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