長編 | ナノ

 第059夜 不明瞭な絡繰り



『ん…』
「あ、フィーナ。気が付いた」


私は重い瞼を開ける。開けた視界にはアレンとあのチビ男と老人、そして知らない女の子が1人座っていた。
私はゆっくり起き上がる。


『ここ…』
「病室です。治療はもう終わりました」
『…あぁ、倒れたんだっけ。私』


喋ってみてふと息苦しさを感じ、私は胸の方を見る。
服で隠されていて分からないが、あまりの圧迫感から察するに先程よりも包帯でぐるぐる巻きにされたようだ。


『すごく息苦しい…』
「申し訳ありません。回復していないのに起きたせいで身体に無理がかかったようですので」
「全く、キミの根性には驚かされるね」


私はチビ男と老人を代わる代わる見る。


『あんた達も支部の人間なの?』
「ああ。ボクはバク・チャン。ここの支部長だ」
『ばくちゃん?』
「バク・チャンだ!」
「私は支部長補佐役のウォンにございます」


黒の教団はヴァチカンにあるその本部とは別に、世界中に支部を点在させていると聞いた。ここはその1つであるアジア支部と聞いた。ということはこのばくちゃ…バク・チャンという奴がここの最高責任者か。


『なるほどね。さっきは2人共ごめん。怪しい奴だと思ったからつい…』
「いえいえ。あなた様が元気になられてよかったです」
「ボクは重症だったぞ」


見るとバクの顔にはでかい絆創膏が貼られている。手加減はあっても、比較的本気で攻撃したから本当に痛かったことだろう。今思えばただの人間にここまでする必要はなかった。


「まさかあそこで蹴られるとはな」


バクは足を組み、多少お怒り気味だ。
その様子を見て私は少しムッとなる。


『悪かったと思ってるけどさ、ここが何処かも知らずに双燐の仕組みや自分の身体に興味があるとか言われたら普通怪しむでしょ。あんたの説明力不足にも非はある』
「何!?」
『そういう根本的なところでの力がないから支部長なんて言う中間管理職にしか就けないんだよ。ぶっ飛んではいてもまだコムイの方が仕事力がある』
「き、キミ…!ボクが一番気にしていることを…!」
『へぇ…これが一番気にしていることか。私が思うに一番気にするべきところはそんなことよりもその小さい身体と薄い髪の…モゴッ!』


私の口が突然アレンによって塞がれる。


「すいません。変なところで素直なんです。許してあげてください」
「別に気にしてないが、ウォーカー。キミもさり気無くボクを侮辱してないか?」
「あ、いや…!別にそう言う意味じゃ…」
『フゴゴフゴッ!!(離せ、このッ!!)』
「フィーナ、ここは本部じゃないんですから好き勝手していいわけじゃないんですよ。僕らは助けてもらったんですから」
『フグググ…』


私はどこかの小動物のような声をあげて大人しくする。
その様子を見てか、やっとアレンが私を解放した。
確かに助けてもらえたのには感謝しなくてはならない。あのまま放って置かれていたら確実に死んでいたわけなのだから。


『…って、何で私助かったの?アレンも。確かに死んだはずだよ』


心臓に穴が開いて生きている人間などいるはずがない。いるとしたら私とアレンだ。
何故心臓がある?何故元通りになっている?いつ私達は不死身となったのだ。


「あぁ、キミ達の心臓には死は避けられない穴が開いていた。だが、その心臓を再生させたのは粉々になってしまい、発動もしていないはずのイノセンスの粒子が体内に入り込み、細胞の代用となっているからだ」
『イノセンス…?待ってよ、私の双燐は粒子化なんてしてないでしょ。それに双燐はあいつに壊されたはず。何でここに…』
「まずはそこからか。じゃあ聞くが、キミのイノセンスの能力は何だ?」
『何って…数や形、大きさを自由に変えられることだけど…それが何』
「キミのイノセンスは確かに壊された。だがキミのイノセンスは分裂させると均等にイノセンスの力が分配される。1本消えたらその力は主の持つ別の元へと戻るという仕組みで」
『………』
「キミは破壊されたものの他に、まだ分裂させていた武器があったはずだ」


バクの言葉を聞き終えた私は俯き、薄く笑みを漏らす。


『………なるほど。そういうことね』


無防備になった双燐が破壊されていない理由がこれでようやく分かった。
今は外されているが、私はマテールの時の任務以来、必ず切り札として双燐を足のベルトに括り付けてある。
あの時、攻撃に使用していたのは2本のみだったが、厳密にいえば発動させていたのは3本なのだ。
2本のイノセンスはティキによって確かに壊されたのだろう。だが3本目を見逃してしまったせいで2本分のイノセンスの力は3本目に戻り、今も元の形としてあり続けている、ということだ。
つまりこれがなかったら決定的にイノセンスは破壊されていたということ。切り札を身に付けていて本当によかったと思う。


『理屈は通ってるし、心当たりもあるから多分その説で間違いない。でもすごいね。そんなことまで分かるなんて』
「うちの支部は優秀な奴ばかりだからな。少し武器を調べればそれくらいのことは分かる」
『ふーん…今度勉強させてもらおうかな。じゃあ次の質問。どうして私の心臓は修復されたの?』
「あ…それは…」
『私の双燐は粒子化なんてしてない。武器としての形でここにあるのは分かってるでしょ』


私の言葉にバクは複雑そうな顔を見せる。
もしかして説明しがたいことなのか。


『何なの。一番それが聞きたいことなのに。はっきり言って』
「うーん…実は…キミの心臓はウォーカーのイノセンスで修復されたんだ」
『…………』


………は?


『アレンの、イノセンスで…?』
「ああ。キミのイノセンスが粒子化していないところを見るとそうとしか説明がつかない。ウォーカーのイノセンスが自らの意思で彼の体外に出て、君の心臓を修復したんだ」


私はアレンに視線を移す。すぐに左腕の欠けた部分が目に入った。
アレンの腕が、アレンのイノセンスが私の中に存在していると言うのか。


「さっき僕も聞いたんです。どうしてか分からないけど、フィーナが生きててくれてよかった」
『アレン…』


アレンのイノセンスの一部が今、私の中で生きている。
何故、アレンのイノセンスは私までも救ったのか。適合者であるアレンだけを救えばよかったのに、何故私の身体にまで入ってきたのだろう。
アレンのイノセンスは私の心臓を修復し、さらに強制開放で亀裂の入った私の身体までも回復させた。


『何でそんなことしたんだろう…アレンのイノセンスは』
「そこは正直さっぱりだ。イノセンスの意思はボクらにも分からないからな」
『イノセンスの、意思…』


バクの言葉で私は初めて教団にやって来た日のことを思い出す。
私が洞窟に閉じ込められていた時、私のイノセンスは私を2ヶ月間生かしていた。イノセンスは自らの力を削り、私を飢えからしのがせていたのだ。
イノセンスに助けられた私は、過去にない異例だった。そして、
私はじっとアレンを見つめる。


「……?」


――アレン、あんたもまた…“異例”


『ま、お仲間が増えたってことか。イノセンスは分からないことだらけだね』
「あの、フィーナ…何のこと言って…」
『バク。また質問』


アレンの言葉を私は遮る。
異例についてのことはコムイが他人に言うことを躊躇っていた。アレンはその時同じ場にいたわけだが、下手に触れていい話題ではなさそうだ。本部に帰還した時にコムイに内密に報告しなければならない。


『私達の身体を修復してるってことはアレンのイノセンスは生きてるってことだよね。また戻れるんだよね?』
「もちろんだ。キミ達の細胞の役割をしているのはウォーカーのイノセンスのほんの一部だ。粒子化したイノセンスは別室に保管してある。発動さえすれば戻れるはずだ」
『…そう。よかったね、アレン。すぐに戻れるって』
「…はい。そうですね」


アレンがやんわりとほほ笑んだ。
その笑みにアレンがわずかな腑に落ちなさを覚えているのを感じたが、私はそれに気づかないフリをした。


『最後の質問。聞いていい?』
「何だ?」
『さっきから思ってたんだけど、この子誰?』


私はずっと無言でこちらの話に耳を傾けている少女を指さす。
少女は神田のような仏頂面でイスにふんぞり返っている。
こんな子供が何故私達の話を傍聴しているのだろう。
私はその少女をきょとんとした顔で見つめる。


『ねぇ、あなた名前なんて言うの?何歳?』
「あ、あたしはガキじゃねェ!!」
『そう。この教団の子かな?お父さんとお母さんは?』
「だからガキじゃねェって言うんだよ!」
『あぁ…うん、ごめん。でもよく分かるよ、子供扱いされたくないって。私なんか15歳っていうだけで散々ガキ扱いされてき…』
「お前と一緒にすんな――っ!!」


少女は噛みつくように私に反発してくる。
ふと聞こえたクスクスという笑い声にその方を見ると、私達のやり取りを見て他の奴らは笑っている。何だ、アレンまで。
私は疑問符を出し続けている様子を見かねてか、ウォンが私に説明する。


「…あ…えっと、彼女の名前はフォーっていうんです」
『フォー?あ、バクに私の居場所を教えた子か』
「ええ。この支部の番人なんですよ」
『番人…?』


私はフォーという名の少女を見る。
フォーはやっと分かったかというように鼻息を吹いている。


『フォーがここを守ってるの?』
「そうだ。ずっとここの番人だ」
『へぇ、そっか』


私はしばらくフォーを見つめ、そしてその頭に手を乗っけた。


『こんな小さいのに、偉いねぇ』
「だから…子供じゃねェって言ってんだろうがあぁあぁ!!」


フォーが暴れ出しそうなのをすんでのところでバクが止める。
それから必死に説明された。彼女はもう何百年もこの支部を守る本当の番人であると。つまり子供ではなく、その姿をしているだけであると。
――性格的にも子供にしか見えないんだけどなぁ…
本心からそう思ったが、これ以上状況を面倒にしたくないし、フォーを敵に回すと面倒であることをほとほと思い知ったので口には決して出さなかった。





第059夜end…



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