長編 | ナノ

 第058夜 道標



『………ふぅ…』


私は数ある柱の1つに隠れながら周囲の様子を窺う。バタバタと忙しく駆けて行く奴らの音が聞こえるだけで、周囲には誰もいない。この場所は人目もないし、安心してよさそうだ。
そういえばこの状況、前にもあった気がする。目が覚めたら知らない場所で、知らない奴がいて、それでそいつらの前から逃げ出した。
ただあの時と違うのはイノセンスを持っていないということ。そしてここは黒の教団ではないということ。ここは一体何処で、あれから何時間経っているのか。
私は深くため息をつく。


『…ていうか、何で死んでないんだろ、私…』


あの時はギリギリのところまで追い込んだが、強制開放の影響で私の身体が壊れてしまった。それで心臓を取られて殺された…はず。
では、何故生きているのか。何故鼓動が聞こえるのか。あの時、確かに自分の身体を死が満たしていくのを感じた。
だが、現に今、私は生きている。何とも分からないことだらけだ。
私は座り込み、膝に顔を埋める。


『アレン…』


何故だろう、フッと頭に浮かんできた。
私だけ助かってしまった。どうして助かったかは分からないが、私は今、生きている。私はアレンを守れなかったというのに、私だけ生き残ってしまった。
アレンの身体は今頃どうなっているのか。あんなところに残されずにちゃんと見つけてもらえていればいいのだが。
私はいつの間にか目から零れていた涙にハッとし、慌ててそれを拭う。
――…泣くな。もう泣くな。
今はアレンのことを思って泣く時ではないはずだ。あの夜からどれだけの時間が経っているのかさっぱりだが、私は戦場に戻らなくてはならない。
それに、ラビとリナリーが待っている。あれから2人がどうなってしまったかは分からないが、きっと無事なはずだ。今頃アクマ達と命がけで戦っているかもしれない。私達が死んだと分かったとしても、日本へアニタ達と向かっているはずだ。
生き残ったのなら、再び戦場に戻らなくては。ここから脱出し、リナリー達と合流しなければ。
もうこれは本能である。戦場に向かい、戦うことは誰に示される訳でもなく私自身の本能がそうさせている。私は、戦場でこそ生きていける存在なのだろうか。
私は大きく深呼吸する。


『さて、これからどうするか』


教団を逃げ回った時との明らかな違いは双燐を奪われたままだということ。
ここから出られたところで双燐がなくては意味がない。取り返さなくてはならないが、一体何処にあるのか。
前のように探索部隊に変装して調べ回るにしても、ここには白衣の奴ばかりで探索部隊がいない。


『やっぱり実力行使しかない、か…』


何か武器が欲しいところだが、白衣の奴らがほとんどだから恐らくここは戦闘向きでない人間ばかりだ。ならば体術で十分だろう。
私は柱から顔を出すが、人の気配がしたので私は再び柱に引っ込んだ。


「さっきウォンさんが泣いてた」
「また逃げちゃったみたいだな。何処いるんだか」
「大怪我してるんでしょ?大丈夫かな…」


見ると私のいる部屋に入ってきたのは3人。男2人と女1人だ。3人とも十代の若い科学者と言ったところか。
こうなったら男は面倒だから気絶させ、女に双燐の保管場所を吐かせようか。そう決意して柱を出ようとするが、


「おい!お前達!!」


私はピタッと動きを止め、再び柱の裏に隠れる。次から次へと一体何だ。
声のした方を見ると、あのチビ男が部屋に入ってきていた。


「あ、バク支部長。どうかしたんですかー?」
「フォーからこの部屋にあの子が逃げ込んだと聞いたんでな」


チビ男が部屋中を見渡す。
私はバッ!!と、とっさに身を柱に隠す。
――……バレてる。
アイツにバレてしまっている。
フォーとは一体誰だ。私がこの部屋に入ったのを見ていたのか。目の前に現れたら気絶させたものを、告げ口するなど陰険な。


「おい!いるのは分かってるぞ!出てくるんだ!」


チビ男が部屋全体に叫ぶ。
柱は幾本かあるものの、数える程度しかない。探されたらすぐに見つかってしまう。どうするか。


「キミの武器ならここにある!出てきて話を聞いてくれ!」


――………ウソ。
私はこっそり柱から視線を覗かせる。
チビ男が手にし、振り上げているものは間違いなく私の武器、双燐だ。やはり壊されていなかったらしい。
それにしても私が武器を手にしたら何をするか分からないのに、わざわざ持ち出してくるなど、どういう神経をしているのか。リスクを冒してその手段を取る程聞いてもらいたい話だということか。
だがそうだとしても、私や双燐を調べるとか言っていた奴らなど信頼出来ないし、素直に話など聞いていたらいつリナリー達の元へ戻れるか分からない。あちらが何を考えているか分からない今、下手に相手の手に乗らない方が得策だ。
私は立ち上がり、大きく息を吐いてチビ男に向かって駆けだした。
それに気づいたチビ男は目を見開き、後ずさる。


『…返してもらうよ』
「待…待てっ!!」
『待つか』


私は邪魔になっている3人を押しのけ、一気に男の前まで移動する。身体は痛くてあまり動かないが、戦闘向きでない人間だったらこれくらいの速さにはついてこられないだろう。
私はチビ男の胸倉を掴み、左の肘でその顔を殴り飛ばす。


「が…っ」
「支部長!!」


チビ男の身体は吹っ飛び、双燐がその手から落とされる。
私は呻くチビ男に目もくれず、しゃがんで双燐を拾い上げる。
――…よかった。
双燐は傷も付いてもいなければ最後に見た時と何ら変わっていない。強制解放の影響はどうやら私の身体にまで留まっていてくれたようだ。
とりあえず無事に戻ってきたことに安堵し、私はやっと殴ったチビ男の方を見る。
やはり戦闘は全く専門外のようで、受け身すらとれなかったようだ。呻きながら痛みに耐えている顔は思い切り苦悶の表情である。顔面を思い切り殴られて柱に身体を打ちつけたから相当の衝撃だったのだろう。
チビ男はうっ…と声をあげ、その場から起き上がる。


「お前達はウォンを呼んで来い!フォーも!」
「わ、分かりました!」


3人の白衣の奴らはバタバタと部屋から出て行った。
ここにもまた人が来るということか。早く身を隠さねばならない。
だがここは教団と同じくらい、あるいはそれ以上で広い空間が広がっていることが雰囲気で分かる。出口を分かっていなければここからは脱出出来ないだろう。
私は男に近づき、再び胸倉を掴む。


「ぐ…っ」
『…出口、教えてくれる?』
「それは…出来ない…」
『何故』
「キミをまだ…ここから出すわけにはいかないんだ…」
『………』


私はダンッ!!と男を柱へと押し付ける。


「かはっ…」
『出さない…?冗談じゃないよ。私は戻らなくちゃいけないの』


こんなところで時間など食っていられない。
私は男の胸に双燐を突き立て、首を締めあげる。


『…言っとくけど、私は誰だろうと容赦しない。さっさと出口を吐け』
「…出来……な…い…」
『吐いて。お願い。私は戻らなくちゃいけないの。それが、彼女の示してくれた道だから…』


私は目を閉じる。
目覚める前、彼女は私に言ってくれた。戦えと。闘ってその意味を思い出せと。
だから私は戦わなければならない。そして思い出さなければならない。彼女は私にそう言ってくれたのだから。そのために、生かしてくれたのだから。
だからこんなところで足止めされるわけにはいかないのだ。
私は目を開け、さらに男を締めあげる。


『彼女は私を助けてくれた!戦いの意味を分からせるために、私を生かしてくれた!私は彼女が示してくれた道を行く!!』


その道を私は進まなければならない。私は彼女を守ることが出来なかったのだから、せめて彼女が言い残したことは理解したい。戦いの意味とは何なのか…それを知るために私は戦わなければならない。戦うことが、私に唯一残された希望なのだ。


『私の道を阻む奴は誰だって許さない…っ!!私を縛りつける権利なんて誰もありはしないんだ!』


私は双燐を男に向かって振り上げる。
彼女との約束だけではない。私はアレンの分まで闘わなければならないのだ。
アレンは戦いたくても、もう戦えない。仲間を守ろうとしても、もう守れない。
だから私がアレンの代わりに戦い、守るのだ。助けられなかった、償いのために。
――アレンの分まで、私は…っ!!





『私を戦場へ戻せぇ!!!』




私は男に双燐を振り下ろす。





パシッ!!





『…っ!?』




私の振り下ろした双燐が、私の背後から誰かによって受け止められた。
私はチビ男を睨んだまま固まる。
ググググ…と誰かの手と私の手は力の押し合いになる。
――…この男は邪魔をする。
私の道の邪魔をする。だから容赦することは出来ない。
なのに、どうして止める。お前まで私の邪魔をするのか。お前まで私の行く道を阻むのか。
私は双燐を掴む手を見る。


『………?』


見ると私の双燐を受け止める手は包帯だらけだった。しかもかなりの血が付いている。
――こいつ、怪我人…?
私は思わず腕の力を抜く。
すると相手は振り上げられた私の腕をゆっくりと下に下ろす。
そして私の手は、その包帯だらけの手で優しく包まれた。




「フィーナ」




手に包帯を巻く主の声。
私は呼吸も忘れて動きを止める。


『………え?』


――…この、声…
聞き間違いではない。
私は恐る恐る顔を上げた。


『………嘘だ』
「……………」


何故…何故、生きているのだ。
あの時、ティキに殺されたはず。確かにあの時脈は無く、呼吸も止まっていた。確かに死んでいた。
それなのに今、私の目の前で微笑んでいる。


「フィーナ…気が付いてよかった」


その声に私は双燐を下に落とす。


『アレ…ン…』


目の前にいたのは、アレンだった。間違いない。正真正銘、アレンだ。
死んで、なかったのか。


『アレン、どう…して?何で、生きて…』
「ここの人達に助けられたんです」
『ここの…?』
「ここは黒の教団のアジア支部です」
『えっ!?』


私はバッとチビ男を見る。
よく見れば胸にローズクロスがあり、思い返してみればこいつは支部長と呼ばれていた。
私は片手で顔を覆ってあちゃー…となる。


「うぅ…っ」


チビ男は咳き込みながらゆっくり起き上がった。


「大丈夫ですか、バクさん」
「ああ…。どうやら聞いていた通りの子だったようだな」


では、この男も教団の人間か。敵ではない。味方なのだ。ここも教団の一部、なのだ。
私の身体からガクッと力が抜ける。


「フィーナ…!」
『…大丈夫』


私はしゃがみ込んで自分の震える膝を見る。
身体中が痛い。痛みを無視しすぎていたせいだろう。今になってきたのかもしれない。
だが、同時に安心した。ここは味方が、アレンがいる場所なのだ。伯爵やノアが潜んでいる場所でも、得体の知れない奴らがいる場所でもない。警戒をする必要などありはしない。安全なのだ。
私はあまりの安堵に目を瞑り、アレンの肩に額を乗せる。


『…アレン、よかった……生きてて……』
「…っフィ…ナ…」


アレンの声が微かに震えているのが分かった。
まさかまた会えるとなど思わなかった。死を覚悟した瞬間、現実の全ての物を諦めた。自分の未来も、アレンの命も全部…
だが、戻ってきてくれた。また会えた。


『ホント、よか…』
「え…フィーナ!?」


崩れる身体をアレンによって支えられる。
だが無理に動かした私の身体はとうに疲れ切っていた。
私は襲ってくる眠気に抗うことなく、そのまま深い眠りに落ちていった。





第058夜end…



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