長編 | ナノ

 第057夜 折り目の目覚め



――暗い。
この光景は見たことがある。洞窟の中に閉じ込められた時の世界だ。光が一切なく、闇に包まれた空間だ。
だが違いはある。窮屈でもなければ何処も痛くない。広々として、何もないこの空間はまさに“無”というのに相応しい世界だ。


《ねぇ…死んじゃったの…?》


声が聞こえる。


私に話しかけてるの…?ねぇ…誰?あんた、誰?


《何で死んじゃったの?》


何で?何でって…あれ?何でだろう。何で死んじゃったんだろうね、私。


《…生きて…欲しかったのに…》


…生きたかったよ。死にたいなんて思うわけないじゃん。私だって生きたかった。だけどこれは仕方なかったんだよ。私は最良の選択をしたと思ってる。自分がやったことに私は何一つ後悔なんてしてない。生きられなかったのは、仕方のないことだったんだ…


《…らしくない。死を受け入れて死んでいくなんて、らしく…ない…》


随分分かってること言うんだ。あんた一体誰?私の何を分かってるの?死を受け入れることの何が悪いって言うの。確かに私は今まで死に怯えてた。散々拒み続けてきたよ。だけどあれ以上醜くもがいて死ぬのは嫌だったの。自分で自分の道を守るためにしたことなんだよ。自分の道を最後まで歩きと通すために、私は素直に死を受け入れた。それの何がダメだったというの?何が私らしくないというの?


《最後まで戦い続けてこそ…あなただったんじゃないの?》


…戦う?戦うことが私なの?あんたもそうやって私のことを縛るんだね。生まれながらに私は戦いの道を示されてきた。それまだよかった。色々遠回りはしたけど、大切なものを見つけられたから。でもそれを失った後からの戦いは悲惨だったよ。
奪われてばかり。失ってばかり。片時も自由に生きられる時間はなかった。戦いばかりの人生は嫌だった。もう、終わりにしたかったんだ…


《…本当に?》


え…?


《本当に、戦うことが嫌だったの…?》


どういう意味?私は戦うことが嫌いだった。戦う度に悲鳴が上がって、たくさん血が流れて、私はそれに汚れた。戦いの世界なんて醜いものでしかない。そんな世界に私が好き好んで居続けるわけないでしょ。私は戦う世界が大嫌いなんだ…


《…あなたは分かってない。戦う意味を、忘れてる…》


何?私が何を忘れてるって言うの?私は何も忘れてなんかいない。戦いは多くの犠牲を生み、多くの物を傷つけ、多くの物を滅ぼす。全てを奪っていくそんなものに一体何の意味があるというの?


《それを、あなたは生まれてからずっと背負ってきたじゃない…》


私が、生まれてから…?何のことを言っているの?戦うの意味なんて私は知らないし、何も背負ってはいない。あんたは一体何?どうして私の過去を知ってるの?


《………あなたが戦うことの本当の意味を理解しないまま、死ぬのは嫌…》


え…


突然私の周りが光に包まれた。無の空間にいた私にはその光があまりにも強すぎる。見ていられなくなり、思わず目をふさいだ。


《目を開けて…》


誰か…いる…?


私は手をどけ、自分の前に立つ人物を見る。
その人物は私にニコリと笑いかけた。


……っそんな…


《思い出して、戦うことの意味を…》


待って…っ!待って…!!


私のいる空間がどんどん崩れていく。光に包まれていた世界はガラスが割れたかのように壊れていく。もがいても元には戻らない。
目の前の彼女と共に私は一緒に深い闇へと落ちて行く。


《思い出して…絶対に、絶対に……》


それが最後の言葉だった。
彼女は私の前からフッと消え、そして私はどこか深くの闇へと落ちて行った。



☆★☆



「ウォン、彼女の様子はどうだ」
「とりあえずは心配ないでしょう。包帯も取り換えました。あとは意識を取り戻すのを待つだけかと」
『………?』


私はうっすらと目を開ける。視界はぼやぼやで周りに靄がかかっているかのようだ。長く意識を飛ばしていた時はよくこうなるものだ。
しばらくするとそれは取り払われ、どんどん世界が見え始めた。
――…土。
目に映ったのは土の天井だ。何だここは。
私はゆっくりと顔を右に向ける。


「だが彼らが助かるとは思わなかったな。まさに神に救われたとしか思えない」
「運がよろしかったのでございますよ、きっと」


向こうの方で2人の男が話している。1人は背が小さく、まだ若い奴。もう1人は長身で少し年老いた男だ。
私は顔を向き直らせ、天井を見つめる。


『死んでない…私、死んでない』


私はティキに殺された。食人ゴーレムのティーズに心臓を喰われ、どんどん血が溢れ出していった。あれは“死”だった。
だが今、私は生きている。
私はゆっくりと身体を起こした。
自分の身体を見てみると団服は着ていなかった。身につけられていたのはアジア風の服のようだ。
何よりも一番に目についたのがそこら中に巻かれた包帯だ。呼吸が苦しいし、一番圧迫感があるから恐らく胸辺りにかなり巻かれているだろう。
それが心臓の部分と察した時点で、あの夜の出来事が夢ではない、ということを実感する。心臓に何らかのダメージがあったということなのだから。


『……あれ』


私は自分の手を見つめる。
――…おかしい。
強制開放の影響で私の身体の大部分に大きくヒビが入った。それなのに今は身体のところどころに赤い筋が入っているだけだ。出血したのは間違いなさそうだが、傷は完全にふさがっている。壊れたはずなのに、何故…


「あ、バク様!お気づきになられました!」
「何…?」


私が起きたことに気づいた2人の男がこちらへとやってくる。一体何だ、あいつらは。
私は警戒して双燐を取り出そうと腰に手を持っていく。


『…ない。ベルト、外されてる……』


私は自分の周りを見渡してみるが、双燐は何処にも見当たらない。まさか盗られたのだろうか。


『…あぁ……』


私はずっと忘れていたことに気づき、目を思わず虚ろにさせる。
私はあの時心臓を取られ、殺された。そしてその後、ハートの可能性のある私のイノセンスもティキによって壊されたはずだ。
一度壊されたイノセンスは二度と元には戻らない。私のイノセンスはもうこの世界にはない。私はもう、使徒ではなくなったのだ…――


「気分はどうだ?」


小さいほうの男が声をかけてくる。
私は答えず、ただ自分のパートナーを失った喪失感に暮れる。


「…あぁ、武器のことか。心配ない、僕達が預かってる」
『!!』


チビ男の言葉に私は耳を疑い、目を見開く。
双燐は壊されてはいなかったというのか。何故だ。適合者を殺されて無防備になっていたイノセンスをティキが見逃すはずがない。私を倒した後ですぐに破壊を行ったはずなのに…
いや、今はそれどころではない。双燐が私の手にないことは変わらぬ事実なのだから。
私はこちらを見下ろすチビ男を見つめる。


「イノセンスは今、ウチの科学者が調べてるよ。なかなか興味深いものでね」
『………』
「キミの身体もなかなか興味深い。あんな状況で助かったのだから」
『………』
「悪いが、後でいろいろ君のこと調べ…フゴッ!!」
「バ、バク様――――ッ!!」


私はベッドに手を着くと、チビ男の顎を蹴りあげた。
男はそのまま後ろへと倒れる。意外に弱いことに多少驚いた。
私は足を浮かせたまま手に力を入れてベッドを押し返し、そのまま後ろへ飛び退いた。
――…怪しい。
私は2人の男達を睨みつけ、体勢を立て直して立ち上がる。


『…い゛!?』


突然私の身体に激痛が走る。思わず顔をしかめ、伸ばした膝をくず折る。
どうやら身体が何ともないわけではないらしい。イノセンスの強制開放は私の身体にかなりの負荷をかけたのだろう。しかも私は限界までイノセンスを全力で発動し続け、かなり身体を酷使した戦いをした。傷が治っていることは不思議だが、何にしても身体へのダメージは完全に消えてはいないのだ。


『はぁ…うっ…痛い…』


私は胸の辺りを掴んで身体を蝕む激痛に耐える。


「起きてはダメです!あなたはまだ身体が…わっ!?」


私は近づいてきた老人に肘をぶつけ、突き飛ばす。


「ウォン…うがっ!!」


老人はそのままよろけ、あのチビ男に重なって倒れた。老人といえども長身だからそんな奴が上から倒れてきたら相当な衝撃だろう。
2人はもがきながら驚いた表情で私を見る。


『…私に…近づくな……っ!!』


私は倒れる2人に叫ぶ。
双燐が興味深い?私の身体を調べる?
よくは分からないが、双燐が奪われてしまった。
あの2人は双燐を持っている素振りはない。ということはどこか別の場所に保管されているのだろう。ならばこの男達にこれ以上構う意味はない。
私は2人に背を向け、ダッと走り出す。激痛が再び身体に走るが、そんなことは構っていられない。考えを整理し、状況を把握するためにも一度別の場所へ逃げ込まなければ。
私は今いた部屋を出て、廊下をどんどん駆け抜けていく。


「待て!」
「お待ちください…!」


2人の声が聞こえるが完全無視だ。逃げるが勝ちという言葉を知らないのか。
私は白衣の奴らで溢れる廊下から外れ、角を曲がってどんどん進んで行った。





第57夜end…



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