長編 | ナノ

 第???夜 讐を糧とし、A


『行くよ』


私はその場から駆け出す。
最大限に発動をしているせいか、私の身体のエネルギーも増幅しているのが分かる。
双燐が、力をくれる。
私は一瞬のうちにティキの前に躍り出ると、飛び上がって双燐を振り上げる。


『やあ!!』


ギイィィン!!と硬質な物同士がぶつかり合う、とても鈍い音が響く。
こちらはかなり速いつもりだが、向こうの反応も悪くない。
ティキは伯爵を守った時と同じように腕を固くし、双燐の攻撃を受け止めていた。


「なるほど。それがお前のイノセンス?」
『…次は仕留める』


私は双燐をティキへと押し付け、跳ね返される反動で宙に舞う。
大きな隙を作る前にタンッと私は近くの竹に足をつける。
足場にするのが柔らかい竹ならばその途端に向こうへと力がかかって曲がる。これ以上にないほど便利な足場。
私はダンッ!!と竹を蹴り返す。


「!?」


そして、これ以上にない程の攻撃手段。
私は竹による物理的な力とイノセンスの力を借り、ティキの元へと再び突っ込む。
先程のようにただ双燐を振り下ろしただけでは恐らくまた弾き返されるだろう。ならば体術で一気に引きつけ、弱点を何処か探ろう。
私はティキのすぐ前まで移動し、双燐を振り下ろす。


「何度同じことをするんだ?」


ティキは笑いながら先程のように防御する。
今しかない。向こうが防御態勢であるうちに、攻撃に転じる前にこちらを優勢にしておかなくては。
私は双燐を2本とも長剣にし、クロスさせて振り下ろす。


「……っ」


さすがに片腕で2本の双燐はきついのだろうか、わずかにティキは顔をしかめる。
だがティキは右腕だけしか使っていなく、左腕をいつ出してくるか分からない状況なのだ。こちらの防御が緩んでいるこの隙に攻撃されたらアウト。
――その前に…
私は双燐に力を加え、自分の身体を反らせる。ブランコのように支点から胴体を振り上げたのだ。


「!?」


まさに意味の分からない動きにティキの目は見開かれる。今のティキの立場が私だったとしても、同じ反応をすることだろう。
だがその意図はすぐに相手に知れることになる。
私は勢いが十分につくところまで体を振り上げると一瞬止まる。
そして、重力と加速に身を任せてティキへと足を向けた。


『…蹴り飛ばす』


私は殺気をこめた目でティキを見据える。
ティキはやっと私の行動の意味を理解したようだが、いくらこいつでもここまで勢いをつけた私を見切ることは出来ないはず。


『だあ!!』


私はティキの腹めがけて足の攻撃を繰り出した。狙いは確かで、ティキの腹に私の足が食い込んでいく。が、


ス……


『…っ!?』


何。
私の足がティキの体へと吸い込まれていく。思えば全く手応えがない。
――どうして…まさか…


「あ、言い忘れてたよ」



ダンッ!!



予想外の展開に一気にバランスを失った私はティキに両手を押さえられ、地に押し倒される。


「オレの能力を教えてやる」


そう言うとティキはいきなり私の身体に手を突っ込ませた。


『…っ!!』


――手、が…
ティキの手が私の体内に侵入する。
だがおかしなことに、出血は一切なく、痛みも全くない。あるのは状況に反した光景を目の当たりにしている違和感だけである。


「ああ、大丈夫。痛みはない。オレが「触れたい」と思うもの以外、オレは全てを通過するんだ」


触れるか触れないかを自分で選べる…?
ティキの能力は体を硬質化することだと思っていたが違ったようだ。
ティキは自分を物に対して実体化するかしないかを選択できるノア。これが、ティキの能力。


『………』


私は自分の胸を見る。
ティキの手は私の身体にめり込むように手首から先が消えている。
いつもの私でも動揺することだろうが、今は意外と落ち着いていた。心がいつもより冷え切っているせいだろうか。


『…じゃあ、何故私に触れない?今この状況で私に触れたら私の身体には1つ穴ができる。即死だよ』
「物わかりが早いねェ。その通りさ。でもオレの能力を今は説明してるだけ。このまま殺すなんてことはしないよ」
『わざわざ説明してくれるのは嬉しいけど、だったら殺す手段は一体何』


ティキは珍しいものを目にしているかのような視線を向けてくる。
その状態でティキは数秒固まったが、ズイッと私に顔を近づけてくる。


「お前さ、何でそんなにも落ち着いてんの?いつ殺されてもおかしくない状況なの分かってるワケ?」
『殺す手段は別にあるんでしょ。今この瞬間殺される可能性は否定されてる状況だからだと思う…っていうかさ』
「ん?」


今度は私がティキに顔を近づける。


『お前、煙草臭いんだよ』


私は指先で双燐の動きを転じ、指先だけで双燐をティキに投げ飛ばした。
反射的にティキは顔をそらしたので直撃とまではいかないが、それはティキの頬を掠め、一筋の傷を作った。
――今だ。
私は力が一瞬緩んだ隙にティキの手を振り払い、真後ろの竹を蹴り返してティキから距離を取る。


『…危なかった』


私はティキには聞こえない声でボソリとつぶやく。
実際あのままだったら何か別の手段で殺されていたことだろう。不用意な攻撃は仇としかならないようだ。
ティキは自分の頬から流れる血を拭ってしばらく眺めていたが、暗い笑みを浮かべて私の方を向く。


「…お前、一体何なワケ?」
『別に何も。ただその煙草臭い顔が鬱陶しかったから』


私は双燐を両方長剣にする。
しかし、厄介な能力なことだ。ティキの能力は形あるもの全てを触れるか触れないか、選択する力なのだから。
――…形、あるものを…?待てよ。
ならば何故、双燐で攻撃した時に防御した?触れるか触れないかを選択できるのなら、双燐だって触れないと選択すればよかったはずだ。わざわざ受ける方を選択する理由があるというのか。


『…分かった。逆か』


私はティキに聞こえないくらい小さく、しかしはっきりと呟いた。
ティキは攻撃を受ける方を選択したのではない。受けることしか、出来なかったのだ。
イノセンスはノアと対極の存在であり、ノアの大きな弱点だ。この聖戦上でノアにはイノセンスを無視することなど許されていない。この2つの存在は、戦い、ぶつかり合う定めの存在なのだから。
私は心の中で笑う。


『お互いのことがもうこれでよく分かった。さて、始めようよ。手加減イカサマ一切なし、正々堂々やり合える死闘を』
「ははっやっぱお前、度胸あるわ」


ティキは笑い、私に向かってきた。
能力が分かった今、もう小細工など一切不要だ。
私は双燐を振り上げる。
――…もう、出来るはず。
私は深く息を吸う。


『…己の業を戒めよ。裁け、轟け…懺悔の嵐!!』


双燐から巨大な竜巻が起こり始める。イノセンスの力が増幅しているだけあって、それはかなりでかいものだ。あっという間に竜巻はティキを飲み込み、衰えることなくその体力をすり減らす。
懺悔の嵐は囚われれば簡単には抜け出せない。己が罪を悔いるまで…。
私は竜巻の中のティキを強く睨みつける。


『お前はここで殺す。潔く死ね』
「…なめんなよ」


低い声が聞こえたかと思うと、ティキは自分の周りに星の固まりを放出する。
次の瞬間、ドンッ!!と懺悔の嵐は爆ぜるように飛ばされ、ティキは脱出に成功した。
やはり簡単にはやられないか、と私は小さくため息をつく。


「……?何処だ」


ティキは身体の向きを変えながら竹林を見渡す。
ティキには私の姿は見えていない。私は姿を隠したから。
あの懺悔の嵐が破られてはもう今の私の技や力では太刀打ち出来そうにない。
あのレベル以上の攻撃など今までしたことがないし、限界なのだから。
ならば、その限界を、今の自分を超えればいい。イノセンスを最大限に開放した私なら出来るはずだ。今までの私を超えることは、今の私なら可能なのだ。
私は大きく深呼吸し、足場を蹴った。


『分かってる?上ほど狙いやすい視点はないんだよ』
「…っ」


超えるのだ、今の自分を。イノセンスと意思を同調させるのだ。
強制開放をした私の覚悟、双燐にしっかり届いているはず。絶対に、出来るはずだ。


『私に応えろ、双燐…』


私はティキの背後で双燐をクロスさせて振り上げる。




『罪あるものに裁きを下せ。恨みを晴らし、狂い叫べ!魂狂乱―こんきょうらん―!!』




ドオォォオオォォオオ!!!




私が手にする双燐から、幾百もの爪のような刃が飛び出していく。それは各々が懺悔の嵐と同じように白黒の十字架を纏っている。決定的な違いと言えば、この技は膨大な数での攻撃であるということ。そして、何よりも目的のものへと向かっていく速さが尋常ではないということ。
刃の一つ一つは個々が別々のルートで飛散しているため、広範囲にわたって散らばっているように見える。まるで怒り狂った復讐者達のように…――
だがどれだけ遠回りしても、どれだけ別の物を破壊しても自分の行く先は絶対に変えない。復讐を果たすまではどこまでも追い続ける。


「ちっ…」


避けても方向を変えて再び向かってくることに気づいたのか、ティキは全て身体を硬質化して受け止める。
魂狂乱を受け止める度に与えられる衝撃により、ティキの表情を苦しげになる。イノセンスによる攻撃はティキがその能力をどれだけ発揮した状態だといっても効いているのだ。
これ以上にない攻撃技。まさにノアのためにあると言っていい。
私は再び双燐を上へと振り翳す。だが今回は長剣1本ではなく、2本。両方の双燐を上へと、私は振り上げたのだ。


『もう、終わりだよ』


魂狂乱を受けて止めて顔を歪ませるティキを、私は凍てた目で見据える。


『双剣。懺悔の嵐!!』


私は再び懺悔の嵐を生み出した。
2本でこの技を使用するのはリスクが高すぎると思って今まで試してみたことがなかった。
だが、もう私の身体はリスクというリスクをとうに超えている状態だ。
どんな影響も後からやってくるだろうが、別にビビってなどいないし焦りもしない。ただ今は、こいつを倒すことだけを考える。
私は竜巻が通常の2、3倍になったあたりで、一気にそれを持ち上げる。これは操るのが難しそうだが、これだけでかいならぶつけることは容易だろう。
私はうつむいたままティキに言う。


『…もう、お前は終わる』
「っ!!?」


魂狂乱に気を取られていたのだろう。ようやく私が巨大な竜巻を発生させていることに気が付いたようだ。


『終わるんだよ』


私は顔を上げて狙いを定めると、双燐に渦巻く竜巻を力いっぱい投げ飛ばす。


『壊れろ!!』


自分でも思いがけない速さで双燐は私の腕によって投げ出され、ティキの身体をその莫大な竜巻で覆った。
竜巻はあっという間に影をうっすらとしか捉えられないくらいティキを襲い、どんどん巨大化していく。まるでティキの力を吸い取っているかのようだ。


『……はぁ…くっ』


だがその分私自身にかかる負担も大きいようだ。この技は離れてもコントロールのために間接的な部分で私と常に繋がっている。どんどん威力を増す懺悔の嵐に身体が悲鳴を上げているのが分かる。
――…でも、怖くない。
もっとアレンは苦しかったのだろうから。まだ、戦える。


「う…っがぁああぁ」


竜巻の中からティキの苦しげな叫び声が聞こえる。取り巻く十字架がティキの身体を容赦なく引き裂いているのだろう。
悲鳴が聞こえるところを見ると、まだ足掻いているらしい。それさえもこの技の前では無意味だというのに。どれだけ許しをこいても裁きを受けることは免れないのだから。


『あんたは…殺し過ぎた』


罪が大きければ大きいほど、この技は効いていく。


『わずかに見えた希望を、お前は絶ってしまった』


これは罪人を裁く技だから。


『スーマンの…アレンの命を奪ったことを一生悔いろ!死んで償え、ティキ・ミック!!』





第???夜end…



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