長編 | ナノ

 第055夜 対極の巡り



「……フィ…ナ……起きて…ださ……」


――…アレン?
誰かが私に呼びかけている。アレンなのだろうか。
そういえば確か頭を打って気絶したのだったか。
私はうっすらと目を開ける。
多少歪む視界に移るのは幾本もの竹。どうやらここは竹林のようだ。まだ光はないから夜だろう。
感覚からして意識を飛ばしていたのは小一時間少々というところか。


『うぅ…』


私は頭を押さえて起き上がる。
少し眩暈がする程度でそれ以外は何ともない。不幸中の幸いで、頭以外は何処も打たなかったようだ。起きられるということは頭の方もきっと大したことはないだろう。


『…アレン』


私は声のした方へと顔をあげる。


「はい、こんばんワ


『!!!』


だが目の前にいたのはアレンではなく、変な顔と姿をした異様な奴だ。
思わず変な悲鳴を漏らしそうになるが、何とか堪える。
私はとっさに身を起こし、後ろへ退いた。


『お前誰?』
「うふふ…やはり素早いですネ
『やはり…?』


こいつは私のことを知っているのか。
私はそいつの姿をじっと観察する。
とんがり耳に変な帽子。身体がやたらに大きくてどこからどう見ても人間ではない。
――人間じゃ………ない?


『…まさか、お前…』
「はい、その通りですヨ我が名は千年伯爵」


私は自分の目の前の状況を思わず疑う。


『千年伯爵…エクソシストと対局の存在。AKUMAを製造し、この世界を終焉へと導く者…』
「おほほ…知っててくださりうれしいでス
『お前、が…』


こんなふざけた喋り方の奴が千年伯爵だというのか。
再来してこの聖戦に開幕をもたらした張本人。悲劇より多くのアクマを生み出し、ノアを統率する教団最大の敵。聖戦の重要な役者が今、平然と私の目の前に立っていることが信じられなかった。


『初めてだね、会うの。それで…?何しに来たの。もしかして私を殺しに?』
「いえいえ。我輩はあなたとお話に来たのでス
『話?』
「えぇ。とってもあなたにとっていいお話ですヨ


千年伯爵が私に話…考えてみれば思い当たる節がある。
私はクロウリー城でエリアーデが話していたことを思い出す。


―ただ伯爵さまはあんたのことすごく気にしてる―
―何でよ―
―分からない?あんたはエクソシストの中で教団を恨んでいる唯一の人間だからよ…殺したいくらいに―


私はフッと笑う。
遅かれ早かれ来るとは思っていた。
こいつは私に目を付けている。凄惨な悲劇という、伯爵が欲す最大の物を私は持っているから。


『ふふ、私をアクマの材料にでもしにきたワケ?』
「はぃ〜?」
『エリアーデが少しだけ話してくれたんだ。あんたが私に目を付けてるってこと』
「あの裏切りアクマですカクロウリーを殺せと言いつけたのに生かしておいたレベル2」


伯爵は軽く舌打ちしてみせる。
エリアーデはクロウリーをイノセンスの適合者だと分かっていたのに生かしていた。伯爵の命令に背いた、裏切り者というわけだ。


『フン…あんな奴のことはどうだっていい。言っとくけど、私は誰の名も呼ばない。あんたの思惑なんかのために大事な人の魂なんて絶対にやらないから』


こいつは自分の思惑を成し得るためならどんな手段でも使う奴だろう。私の悲劇を材料にでかいアクマを作ろうとしているに決まっている。利用などされてやらない。絶対にアクマは作らせない。
私の言葉に伯爵は面白そうに笑っている。


「大した正義感でス仲間のことは自分のことのように、命を賭けても売らなイ…まさにあなたの一族の流派ではありませんカ
『おほめ頂き大変光栄です、伯爵殿。――…それで?昔のことを持ち出して私が動揺するとでも?』


私は伯爵をギッと睨む。
私の過去や事情を伯爵に知られていることは既に分かっていることだ。それを弱みにされて話を持っていかれるようなことはしない。こいつの前だけは絶対に負けない。


「そんな目で睨まないでくださイそういうつもりで言っているわけじゃないのでス


殺気をあからさまに放つ私をわざと怖がってみせる伯爵。そのふざけた態度は何となく道化師を思わせる。


「あなたをアクマにしようとは思ってませんヨ
『…魂を呼ぶ交渉以外に人間と話すことなんてあるの?』
「ええ。あなたにはネとってもシンプルなお話でス」


私だけには他の人間にはない、伯爵の思惑に加担する要素があるということ。その私の利用価値とは一体何か。
疑う私を面白そうに見ると伯爵は首をわずかに傾けてニコッと笑ってきた。


「凄惨な過去を持ち、黒の教団を恨むエクソシスト、フィーナ・アルノルト。我輩と共に来なさイにっくき教団を、我輩達の手で破滅させるのでス」


――……へぇ………。


『………勧誘…ってわけ?』
「そういうことですネあなたが教団に復讐しようとしていることは分かってまス我輩と手を組めばより素晴らしい方法で復讐を成し遂げられますヨ


やっと伯爵の意図がつかめた。
千年伯爵やノアは対局の存在であるイノセンスが大きな弱点だ。
それを埋めるのに私は大分都合がいい存在というわけか。イノセンス対イノセンスならば力量次第で勝敗は分かれるから、何人かのエクソシストなら私の力で葬ることは可能だろう。


『……くっ…くく…』


私は打つむて笑いを零す。
そして笑みを浮かべたまま伯爵の元へ歩み寄る。


『何かとってもいいお誘いだね』
「ふふ…そうでしょウ?」


私達は互いに笑いあう。
私は伯爵のすぐ目の前で立ち止まった。


『これからあんたとはうまくやっていけそう。どうぞ、よろしく』


私は伯爵に右手を差し出す。


「光栄でスこちらこそ」


伯爵は大きい手を私のものと重ねた。
これでお話終了。
私はニコッとほほ笑んだ。


『うん、それじゃ……… 死 ね 』
「!!」


ザザッ!!


私は右手で伯爵の手を掴んだまま左手で双燐を抜き出し、足を開いて構える。ここまで一秒もかかっていない。
次に右腕を引き、伯爵を自分の元へ引き寄せる。やはり重いが、すぐにバランスを崩してくれたので狙いやすくなった。でかいが、その分寸胴な伯爵を仕留めるのは容易なことだ。
私は双燐を振り上げる。


『さよなら』


メタボが祟ったと思いなよ。
今までの中でも最速の速さで私は伯爵に双燐を振り下ろした。が、



ゴッ!!



『……くっ』


何者かの腕によって私が振り下ろした双燐が弾かれる。伯爵ではない、別の誰かだ。
しかもすぐに下方向から攻撃が繰り出されるのを感じ取り、私は伯爵から手を離し、地を蹴って上へと逃げる。


『…ノアか』


私は身を翻し、離れたところで着地する。
出てきたのは帽子をかぶり、きちんと正装した男だった。


「どうも。邪魔するよ」


こちらに笑みを向けるその顔には見覚えがある。見たのはスーマンの記憶の中だ。スーマンの仲間を殺し、さらに教団の情報をスーマンに売らせた奴である。
さらにノアであることを決定付けるのは、その額に浮き出る聖痕。一度見たロードの物と全く同じものだ。
こいつは間違いなくこの聖戦の新たなる役者、ノアの一族の一人だ。
私は双燐を下ろし、そいつを観察する。


『初めまして。お目にかかれて嬉しいけど、私と伯爵の楽しい時間を台無しにしないでくれるかな』
「あぁ、悪いな。だけど千年公には手を出させねェよ。つか、初めてじゃねェんだけどな。クッキー少女♪」
『…何』


ノアは意味ありげに笑うと伯爵を助け起こす。
伯爵は私の攻撃をノアに止められてからずっとひっくり返っていた。丸いからといって、起き上がりこぼしのようにはいかないようだ。
何とか立つことに成功した伯爵は、ケロリとして服の汚れをパンパン払う。


「吾輩にとっても実に楽しい時間でしたヨティキぽんは心配性なんでス分かってあげてくださイ
「…まさかオレが助けたこと怒ってないですよね?」


――…ティキぽん…?
あのノアのあだ名か。
ふざけた伯爵ならあだ名くらい付けるだろうが、その名前を反芻していくうちに引っかかりが増していく。


『ティキポン…ティキ……ポン……』
「どうした?」
『まさか…』


初めてではない。クッキー少女。そしてその名。
私はビシッとノアを指さす。


『ティキって、お前…あのビン底!!?』
「え、そんな名前?オレはティキ・ミックだ。よく分かったな」
「お知り合いでしたカ
「ええ、向こうのオレでちょっと…」


話の流れからして認めたらしい。
ティキといえば、イーズ達と共に旅をしていたあのイカサマ野郎だ。ただの手癖の悪い孤児の流れものとか言っていたくせに、まさかノアだったとは。
気付かなかった私も私だ。


「フィーナ・アルノルト。分かってもらえたのではなかったのですカ?」


伯爵はギロリと私を見てくる。先程までの紳士な対応は何処へやら。まぁ本性など見ずとも分かっていたから別に驚きもしないが。
私は鼻をならし、嘲るように伯爵を見る。


『分かるって何を?あんたらと何を私は分かりあえるって言うの』


私は右の双燐も抜き、構え直す。


『確かに私は教団を恨み、復讐を誓った。だけどそもそもあんたが来なければこんな闘いが起きることはなかった。あんたらがこんなくだらない戦争始めるから、だから多くの犠牲が出たんだよ!』
「世界の終焉をくだらない…ですカ


伯爵はまるで面白い物を鑑賞するかのように私を見る。
世界の終焉?そんなもの、最初から怖くも恐ろしくも感じたことはない。私にとって何の価値もないものだらけじゃないか、この世界は。


『…私の世界は既に壊れた。それ以外の世界はくだらないものでしかない』
「…ほう」
『私は自分の力で全てを成し遂げる。お前の力なんて借りない』


ここで断ったら殺されることは目に見えているが、伯爵に力を借りるようなことは絶対にしたくない。こんな奴にすがってたまるものか。
私はここでは死なない。死ぬわけにはいかないから、絶対に死なない。闘って、勝って、そして再び戻ってやる。





第55夜end…



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