◎ 第053夜 スーマン・ダークの最後の言葉
『ア………レン?』
――アレンの何かが…切れた?
「あ……っあああ………」
私は分裂させた双燐を消し去る。
アレンの様子がおかしい。苦しそうに手を押さえて声を出している。
「だれか…っ」
『アレン…!?』
私は正面に回り、アレンの肩に手を置く。
だがアレンは何も答えない。ただ苦しそうに呻いている。そして、
「あああああぁああああああぁあぁあ」
アレンは渓谷中に響き渡る大声で叫ぶ。それは聞いていられないくらい苦しげで悲痛な叫びだった。
私はとっさに自分の手を引っ込め、声すら出ない状態でその様子をただ見つめる。
痛い。痛い。
声に出していないのに、悲鳴から伝わってくる。痛みに苦しんでいるのだ。
どれくらい続いたのか分からない悲鳴が止まってすぐ、アレンはドサッと力なく倒れた。
私はしばらく身体が動かなかったが、何とか足を動かしてアレンの元へしゃがむ。
『アレン!アレン…!』
「…うっ………」
私はあえて揺すらずに声をかけるが、アレンはぐったりとしている。まさか全開放の影響だろうか。
私はアレンの腕に視線を向ける。
『…っ!!』
顔を強張るのを感じた。
私が見るアレンの腕はところどころにヒビが入り、小刻みに震えている。やはり最大限の解放が身体へ大きなダメージを与えたのだろう。
――やっぱり止めるべきだった…。
私はギリッと歯をならし、全開放を許してしまったことを後悔する。
ドンッ!!そこで大きな爆音が耳を打ち、私は耳を押さえながらその方向を向く。
アレンの腕から解放されたことによって自由になったスーマンは再び攻撃を始めていた。しかも今度は直接村を襲っている。
――……村…が…。
私は瞬きすら忘れてその光景を見続ける。
建物が破壊される。人が殺される。全てが、燃やされる。
「ぎゃあぁああ」
「いやぁあ」
悲鳴の度に消えていく村人の姿。一人、また一人と減っていく。減り、減り、減り続け…
『あ…あぁ……』
私は両手で頭を押さえる。
『ああぁっ…ああぁああ』
――村が…人が……皆が…っ
どんどん燃やされる。どんどん殺される。
全てが消し去られ、奪われていく。
私、が…。
『違う…違う!こんなはずじゃなかった…っ!もう、もう殺さないで!奪わないでッッ』
「フィ……ナ………?」
私は膝を着き、震える身体を抱えるように支える。
どうしてこうなったのだ。どうしてこんなに苦しむのだ。
全部、全部、壊されていく…
『私は逃げない…逃げないからっ!もう守らなくていい!!お願い…誰ももう、死なないで!!いなくならないで!壊さないで!!』
もう奪うな。何も残らない。私一人だけなのだ。
『怖い…っ怖いっ!!やだ…っ!!一人にしないで…!』
頭が、耳が痛い。
もう孤独は嫌だ。一人は怖いのだ。
潰れてしまう。壊れてしまう。
――みんな…みんな…っ!!
「フィーナ…!」
その声と共に私の身体に正面から何かが倒れかかってきた。
突然現実に戻された気分になり、私は目を見開く。
「…ぐっ…フィーナ…」
『……アレン…?』
私の右肩には力なく垂れ下がったアレンの右腕が乗せられていた。
見ると左肩には荒い呼吸音に伴って上下する白い髪。
どうやらアレンが私の肩に手を乗せようとして失敗し、そのまま倒れてきたらしい。
呆然とする私のすぐ横でアレンは苦しげに息を荒くする。
「フィーナ…大丈夫、ですよ」
回された腕に力がこもったのが分かった。
「もう、誰もフィーナの大事なもの…奪ったりしませんから。怖がらなくていい…んです。一人なんかじゃ…ないですから…っ」
『…っ』
不規則な呼吸音がすぐ近くで耳を打つ。一瞬でも自分の身体を持ち上げることがそれだけ負担だったのだろう。
――…馬鹿だ、私。
本当に馬鹿だ。こんな光景、頭に既に焼きついていたじゃないか。昨日だって夢で見て、ずっとずっと覚えていたじゃないか。まだ乗り越えられるんだって、気付いたじゃないか。
それを忘れて取り乱すなど、らしくない。アレンに正気に戻してもらうなど、らしくない。
私はまだ、壊れず戦っていけるじゃないか。
「フィーナ…っ怖くないですから、落ち着いて…」
『もう落ち着いてるよ、馬鹿』
「…!」
私はフッと笑い、右手をアレンの頭に持っていく。
『……アレンは、いつも私を助けてくれるよね』
「…フィーナもいつだって僕の所に来てくれるじゃないですか。強いからアクマ全部倒しちゃうし」
『身体的なことじゃないよ。心のこと』
「心…?」
『そう、心。アレンがいると私の心が救われるの。救ってくれるんだ』
私の言葉にアレンは何も言わなかった。
どんな表情をしているのかも分からなかったが、私に掛ける腕の力がさらに強くなったのが分かった。
「フィーナ」
『…痛い。アレン、痛いよ』
その力の強さに耐えかねて私はアレンから身体を離し、ゆっくり下へと寝かせた。
姿勢を変えることすら苦痛なようで、痛みにアレンは再び顔を歪める。
そこでドンとスーマンのその巨体を包み込むような一筋の光が現れた。
『何…?』
攻撃ではないことは分かるが、それならばこの光は一体何だ。
光の差す空を睨みながら考えていると、突然私達のいる地が割れた。
落ちると思ったが、私達の乗る岩は宙に浮き、スーマンの周りを旋回する。他の崩れた岩も同様で、ぐるぐるとスーマンの周りを渦巻いている。
『…アレン、変だよ。スーマンの身体が崩れていってる』
「どうして…」
スーマンを取り込んだ白い塊は半分に割れ、さらに燃え始める。
『まさか、時間が来たって言うの…?』
「時間?」
『リーバーから聞いた。咎落ちになったら人体はイノセンスに取り込まれて約24時間で破壊するって。そしたらイノセンスも正常に戻るって』
「じゃあスーマンは…うっ」
『アレン!』
アレンは腕を見ながら痛みに顔を歪めている。
いや、痛みだけではない。辛さ。苦しさ。悲しさ、そんなもの全てが入り混じった表情だ。
言葉を発していなくても見ているだけで分かる。
アレンはもう、戦えないと…――
『私の、せいだ…』
自分を責めても何も変わらないことが分かっていても、責めずにはいられない。私がアレンの使徒への道を絶ってしまったのだ。私がその道を示してしまった。
悔しさのあまりうつむいて地を拳で殴った時、ピトッと私の肌に何かがくっついた。
『…ティム?』
ティムの小さな手が私から離れ、羽をパタパタとはためかせる。それが心なしか大丈夫だと言っているような気がした。
ティムはアレンへと移動し、ぺちっと顔を叩く。
「ティムキャンピー…イダダダダダダダダ!!!」
『うっ…』
何をしてあげるのかと思ったら、ティムはアレンの耳にガブッと噛みついた。
あれは絶対に痛いだろう。
しかも威嚇しているかのように歯が剥き出しだ。
「まさかお前、僕のこと怒ってる……?」
アレンの言葉にティムは途端にぐわっとそのでかい口を開けた。
「ごめん!わかった!ごめんなさい!!!!がんばるよ!!………がんばる」
『………』
先程まで死んだようだったアレンの目に力が戻った。
失望に染まったアレンの心を立て直したのはすごいと思う。ティムとアレンの信頼関係はそれだけ深いということだろうか。
「フィーナ、行こう」
『…うん。分かってる』
私は笑って答える。
アレンの瞳に映る私も、心なしか目に力が戻っている気がした。
☆★☆
『いたよ、アレン!』
私はアレンの身体を支え、岩を飛び移りながらスーマンの元まで辿り着く。
アレンはひどく息を切らしている。辺りは火だるまだから、いくら身体を支えてやったとはいえ、このルートはきつかったのだろう。
「スーマン!!」
私達は穴の中に沈みかけているスーマンに近づく。
一応意識はあるようだから無事だったらしい。
「エクソ…シスト」
「アレンて言います」
『私はフィーナ』
スーマンの埋まる穴は今にもスーマンを飲み込んでしまうのではないかと思うくらい渦巻いている。
危険な状態だが、どうやらスーマンは落ち着いたようだ。私達を見つめる顔がとても穏やかだから。
「命が…尽きたみたいだ。オレは死ぬ…きっとこの化物の姿も…消えるだろう」
スーマンは涙を流す。イノセンスに侵されたその表情で。
「すまない…家族に会いたかったんだ。申し訳ない」
『……………』
――分かってる。
会いたかったこと、痛いぐらいに分かっている。多くの犠牲を出してでも、取り戻したかった存在なのだから。
私は目に力を込めてスーマンを見据える。
『…心配しなくていい』
「え?」
『あんたは家族に会えるから』
私は双燐を抜き、発動した。
スーマンは、必ず家族の元へと返す。たとえ誰が邪魔しようとも私が家族の元へ、娘さんの元へと返してやる。
私はふと横を見る。
悠然と空を泳ぐ浮雲の背景は赤く染まっていた。まるで、血を零したような赤い空だった。
第053夜end…
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