◎ 第052夜 終わりの夜の始まり
アレンの左腕はスーマンを捕えたままだが、案の定逃れようと足掻きだした。
今アレンが立つ足元さえもう平面を保ってはいなく、でこぼこに岩が盛り上がっている。それだけ力と力の対峙をしている、ということなのだ。
ジリリリリリン!!
『…む?』
何やら空気を読んでいない音が私の近くで鳴り響く。それは私のゴーレムの呼び出し音だった。こんな立て込んでいる時に、一体何の用だ。というか誰だ。
『もしもし?』
この状況で通信に応じる私も一体どうかと思うが。
だがアレンとスーマンの力は今のところ五十歩百歩のため数分なら話せるだろうと考えた。状況に変化が起きればいつでもブチ切ればいい話だ。
≪フィーナか?オレだ。リーバー≫
『は?リーバー?』
聞こえてきた声のあまりの意外さに私は拍子抜けする。クロス部隊の誰かか、本部の奴ならてっきりコムイだと思っていたのだが。
『リーバーがかけてくるなんて珍しい。コムイどうしたの』
≪室長は今リナリーと連絡中だ。今から同じこと説明すっからよく聞け≫
『同じこと?何の話?というか今立て込んでるんだけど』
≪スーマンの話だ≫
リーバーの言葉に私はバッとアレンと対峙するスーマンを見る。
そうだ、咎落ちは不適合者がシンクロしようとしたら起こること。昔使徒を作っていたという教団ならこの何か対処方法を知っているのかもしれないのだ。スーマンを助け出す、その方法を。
≪よく聞けフィーナ。咎落ちになったスーマンは助からない≫
だが、その希望はあっさり打ち消された。
『………え…』
≪助からないんだ、スーマンは≫
リーバーは言葉が飲み込めずにいる私のためにもう一度言う。それは自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
リーバーは、スーマンが助からないと言ったのだ。恨み、苦しみ、拒みながらも助けを求めるスーマンが助からないと。
私は拳を握り、ゴーレムに怒鳴る。
『嘘言うなッ!スーマンは使徒なんだから、助からないはず…』
≪だから助からないんだ!室長が言ってるんだから間違いない。命が尽きるまで破壊行為をし続けるか、外部から壊されるかするまでは止められないんだ≫
『…ウソ!ウソだッ!!』
≪嘘じゃない。咎落ちになった人間を生きて助けだすことは不可能だ≫
リーバーの言葉が頭に反響する。
言葉を発せずにいる私にリーバーは教えてくれた。咎落ちとはイノセンスの暴走現象のことで、発生すれば人体はイノセンスに取り込まれ、約24時間で破壊されるそうだ。
『24…時間…』
スーマンが咎落ちになってから一体今で何時間だ。まさかもうすぐスーマンは…スーマンの体はもうすぐ…
私は停止していた思考を再開させ、ゴーレムを睨みつける。
『コムイを出せ』
≪フィーナ…だから…≫
『いいからコムイを出せ!コムイは何て言ってる!!』
≪…室長は、スーマンのイノセンスを回収しろって言ってる。咎落ちが終わればスーマンのイノセンスは正常化して元に戻るから、アクマに奪われる前に回収しろって≫
『………イノセンスを、回収……?』
咎落ちが終わればイノセンスは正常化して元に戻るが、スーマンの体は破壊される。
教団はスーマンよりもイノセンスのことを優先させるというのか。今まで世界のために闘ってきた使徒を見離し、残された神にすがるのか。
≪フィーナちゃんかい?今リナリーに伝え終わったよ。イノセンスを回収するように言った。君もそうするんだ≫
リーバーに代わり、コムイの声がゴーレムから発せられる。この声のコムイはいつも本気だ。真剣に受け止めなければならない事実を言う時の声だ。
『………最低』
だが、今回だけは違う。
『それでもあんた兄なの?リナリーが仲間思いだってこと知ってるくせに。何よりも仲間を失うことが辛いって知ってるくせに。それなのに見殺しにさせるなんて…!リナリーにまで罪を背負わせるの!?』
≪…フィーナちゃん≫
『最低だよ、教団はッ!!何で助けようとしないの!今まで散々振り回しといて、咎落ちになったからって使徒を見捨てるの?仲間だったんじゃないの!?』
「スーマンはもうそう思っていないかもしれない。スーマンは…」
『教団を、裏切った』
≪…!どうしてそれを…≫
まさか私が知っているとは思わなかったのだろうが、私とアレンはスーマンの過去を見た。全て、私の中に流れ込んできたのだ。
『教団はスーマンのその行いしか見てないだろうね。裏切られた、それしか考えないだろうね』
≪………≫
『スーマンはただ自分が助かりたかったわけじゃない!家族に会いたかっただけなのに!無理矢理引き離したくせに…お前達がスーマンを滅茶苦茶にしたんだ!!お前達のせいで、スーマンは…!!』
全部、全部教団じゃないか。教団が全ての元凶じゃないか。スーマンが仲間を裏切ったのも、咎落ちとなったのも全部。
≪…そうだ。一番間違っていたのは僕らだ。この咎落ちを生み出してしまったのも僕達だ。だが今は新たな犠牲を生まないためにもイノセンスを回収するんだ。これは命令だよ≫
『また命令…』
前に一度命令するなと言ったはずなのに。室長だからと言って私に命令するなと。
私に命令できる人はもうこの世にはいないのだ。私が心から従うことが出来る人はもうこの世界にはいない。お前達が、奪ったのだ。
『もう…うんざり。悪いけど命令されるのは嫌いだから。スーマンは助ける。何が何でも助けてやる』
≪フィーナちゃん…!?君、今何処にいるんだ?≫
『何処って…』
私は周りを見る。
目の前で繰り広げられてる光景はどう説明していいものか。まぁ短絡的で大丈夫だろう。
『目の前でアレンとスーマンがバトってる場所にだけど』
≪な…っ≫
『アレンもスーマンを助ける気だよ。私達は絶対に諦めたりしない。たとえあんたの命でも絶対に』
≪今すぐ止めるんだ!咎落ちになった人間は決して…≫
『助けようともしない奴が、助からないなんて言うなッ』
≪………っ≫
教団に私達を止める資格なんてありはしないのだ。全ては教団が生み出したことなのだから。
『ジョニー、聞いてない?ジョニー出して』
≪し、室長…ちょっと!――フィーナ?聞こえてるよ!≫
『スーマンの記憶であんたを見た。チェスやってたね』
≪…うん。オレとアイツ、部屋近かったから…≫
『スーマンね、わりとあんたのこと気に入ってたよ。負けて意地張ってたみたいだけど、苦痛だらけの教団で一番の気晴らしになってた』
≪ス…っスーマン……がっ…≫
『泣かなくていいよ。絶対に助けてやるから。死なせない』
向こうでジョニーから通信機が取り上げられたのが分かった。
≪フィーナちゃん!スーマンは…!≫
『まぁ伝わらないと思うけどリナリーに伝えておいて。スーマンは絶対に助けるって。リナリーがまた泣かないように、絶対に仲間を助けるって』
≪フィーナちゃん!≫
『んじゃ、バイ』
私は一方的にゴーレムの通信を着る。
かなり大声で怒鳴ったりもしたが、こちらの騒音の方がひどくてアレンには聞こえていないだろう。
『…かれこれ数分。アレン、さすがにまずいよ。力をぶつけて』
「分かってます…!」
アレンの腕からさらに薄緑の光が発せられ、スーマンの体を覆う。
アレンの体力は限界に近いだろうが、余力はまだあったようだ。全てをぶつける気でいる。
「止まってください、スーマン。お願いだ…イノセンスに囚われないで。あなたはあんなにも生きたいと思ってたじゃないですか」
私はスーマンの記憶の中で見たものを思い出す。
一番強くスーマンの記憶に見たのはスーマンの娘さんの顔だ。
娘さんは別れが辛くて泣いていた。
それを見ていたスーマンもすごく辛かった。教団になど行きたくはなかった。
だが神に選ばれたら使徒になることは絶対だ。背負わされた宿命は絶対に果たさなければならない。
スーマンは難病に苦しむ娘の医療代を引き換えにし、自分はエクソシストとなった。誰よりも娘を思っていた。
「あなたは死にたくなかった。もう生きて会えないと覚悟して別れたハズなのに、家族に恋い焦がれた。敵に仲間の情報を売ってまで命乞いをした」
アレンの言葉に込み上げてくるものを私は必死に堪える。
殺されそうだった。もう、生きては帰れないと思った。怖くて、怖くて、怖くて…仲間をも犠牲にした。
スーマンの記憶を全て見たからどれだけ辛かったかよく分かる。時々自分の記憶とも同調して見えた。
全てを投げ出してでも、会いたかった。ただ家族に会いたかった。ただ、それだけだったから。
「生きたかったんじゃないのか、スーマン!!」
私は歯をくいしばって無理に込み上げてくるものを抑え込み、ダッ!とアレンの横へ出る。
『最終手段だ。アレン、スーマンをイノセンスから切り離そう』
「分かりました…!」
スーマン・ダークは寄生型の適合者。当然、イノセンスが身体に寄生しているわけだから片腕は失うことになる。
だが命には代えられない。スーマンを助けるにはそれしかない。
『大丈夫。スーマンならきっと生きてくれる』
例え教団が何と言って彼を責めようと、彼を咎めようと、私とアレンが守ればいい。
何よりスーマンは自分の意思で生きていく道を選んでくれるはずだ。
『いつでもいいよ、アレン』
私は双燐を最高本数まで分裂させる。
シンクロ率が正常に戻ったのを確認した後、試してみたら30本にも分裂できるようになっていた。あの時はさすがに驚いたものだ。
だがそんなに手には持ち切れないから、私は17本に分裂させる。8本は指の隙間に挟み、9本は第2形態にしたまま置いておく。最大限の援護体勢だ。
「行くぞ、イノセンス…」
アレンはスーマンをイノセンスから切り離すために発動威力を増幅させる。
パン!!
――……………え?
何かの音。何かが切れる音がした。
『今のって…』
私は恐る恐るアレンに視線を向けた。
第052夜end…
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