◎ 第051夜 Lost sheep
『スーマン、お願いだから止まって!』
村は壊してはダメだ。村人を死という残酷な最期で引き裂いては絶対にダメだ。生まれる悲劇が、大きすぎる。
私とアレンは止めさせるためにスーマンの身体を再び引っ張り出そうとする。
「ぎゃあああっ」
『ダメか…っ』
無理に引っ張りだそうとしても電撃がスーマンの身体に走って苦しませているだけだ。
だが早くスーマンをこの咎落ちの本体から切り離さなければまずい。
「やめろ…このくそエクソシストが!死んじまえ」
「ごめんなさい。でもこのままじゃあなたはあの村を破壊する…!!」
私は下をもう一度確認する。
このスーマンの体はものすごい速さで移動している。先程まで遠くに見えた村はもうすぐそこだ。何とかスーマンをこれから引き離すか、進行方向を変えなければならない。
『ねぇ、スーマン。関係ない誰かを撒きこんじゃ駄目なんだよ!あんたならよく分かってるはず!!』
「僕たちは人を守るために闘って来たんじゃないんですか!」
「だまれ……」
スーマンはアレンの手に思い切り噛みついた。
「痛っ…」
『アレン…!!』
見る限りスーマンは容赦なくアレンに噛み付いている。
人の顎の力は想像以上に強い。恨みを募らせ憎悪を書き立たせる今のスーマンなら尚更だ。
『スーマン!』
私は飛び出しているスーマンの肩を強く掴む。
『神を…使徒を呪ったところで、ましてや関係ない奴らを殺したところであんたの恨みは晴れるわけじゃないでしょ?逃げないで、スーマン!恨みたいなら闘えばいいんだよ!こんな形で逃げちゃダメなんだよ…!』
「フィーナ…」
『闘ってよ、スーマン!この道からそれることだけは、絶対に許されないんだッ!!』
「僕達が必ずあなたをイノセンスから助けます。だから止まってくださいっ!犠牲を出しちゃダメだ。頑張って!!」
「死ね」
スーマンはより強くアレンの手を噛む。
「頑張ってください、スーマン…っ!必ず…助けるから……死んじゃダメだ!!」
ボキッ
「だまれぇえええええええ――――――!!」
スーマンがまたあのでかい攻撃を打ち出す。
同時にスーマンの体が近くの谷にぶつかり、私とアレンにその衝撃が襲う。
『がっ…』
「ぐあ……っ」
あまりの反動に私とアレンの体は宙へと放り出される。放り出されるといっても勢いが半端ではないため、とても受け身は取れない。
私達は成す術なく近くの海へと叩きつけられた。
『ぐ…っ』
叩きつけられた衝撃は思ったよりも強く、それはどんな固い鋼鉄よりも勝っていた気がした。身体全体を大きな平面で容赦なく叩かれたような感覚だ。お陰で頭もあまり回らなく、自分に何が起こったのかよく分からない。
だがボヤけていた思考が働きだし、だんだん状況が掴めてきた。私は落ちたままの逆さまの状態で海へと沈んでいるのだ。
私は水中で身を反転させ、水中に顔を出した。随分と沈んでいたようで、いつもよりかなり呼吸が荒いのが分かる。
「フィーナ…!」
『アレン!』
同じ水面にアレンが浮かんでいた。
泳いで近づくとアレンの周りの水面に赤色の模様がうっすらと浮かんでいた。
『アレン、手…!』
スーマンに噛まれた右手だ。かなりの出血しているから早く海から出した方がいい。
私はアレンを引っ張りながら泳ぎ、何とか岸へと辿り着く。
『アレン、大丈夫?大分血が出てるけど…』
「平気です。大丈夫…」
『………』
恐らくウソだ。あの時変な音がしたからもしかしたら深くやられたのかもしれない。丈夫な寄生型だといえどもこれ以上アレンを戦わせるのはまずい。
だがどうやってスーマンを止めればいいのだろうか。咎落ちを知ったばかりで対処方法も分からない私とアレンでは何をすべきか分からない。
「………う…します…」
『何?』
しゃがみながら左手を握るアレンはいつになく真剣な表情をしていた。
「イノセンスの発動を、最大限開放します」
『な…っ』
発動最大限開放とは適合者が己のイノセンスの能力を最大限にして発動すること。当然、通常の発動よりも力が増幅し、イノセンス本来の力で戦うことが可能になる。もしかしたらスーマンを止め、助け出すことが出来るかもしれない。
――…だけど、それは…
私は思わずアレンの肩を強く掴む。
『それが正気の沙汰じゃないことぐらい分かってるよね?無謀にも程がある。もっと別の方法考えよ』
イノセンスの全開放はシンクロ率が100%を超えた者、つまり臨界者でないとどうなってしまうか分からないのだ。元帥くらいの力を持った奴でないと自身の発動条件を破ることとなり、下手をすれば一生発動出来なくなるかもしれない。
いや、必要以上に身体に負荷をかけることになるから、もしかしたら命を落とすかもしれない。そんなこと、させるわけにはいかない。
だが私の言葉にアレンは首を縦に振ってはくれなかった。
「フィーナだって分かってるでしょ?これしか方法がないってこと」
『………』
「スーマンを救うにはこれしかないんです。分かってください」
アレンはニコリと私に笑みを向けた。
アレンは本気だろうから止めたところで効かないだろう。スーマンを救う手段は、確かにこれしか存在しないのだから。
『…分かった。じゃあ私も…』
「それはダメです。スーマンを助け出した後、誰がスーマンを守るんです?そこら中にアクマがいるんですよ?2人一緒に動けなくなってどうするんですか」
『だったら私だけがやればいい。アレンがそのあと守ってさえくれれば』
「それもダメです。僕はもう長くは戦えません。動けない2人を守ることは出来ないんです」
『だったらなおさら……っ!』
「それに」
アレンは私を見て微笑む。
「フィーナは装備型で肉体的にイノセンスとつながっていない。僕よりフィーナがやる方が明らかに危険なんです」
『………』
「お願いです。分かって下さい、フィーナ」
私は何も言えずにうつむく。
アレンの言うことは全てに筋が通っているから言い返せない。アレンの言う通り、私は援護に回った方がいいに決まっている。私の身体的な影響もそうだし、何よりもアレンのために。
『…分かった。私は援護に回るよ』
私は目を瞑り、双燐を発動する。
『それで私がアクマ達からアレンとスーマンを守る。絶対に、守るから』
「…はい」
目では見えないが、恐らくアレンは微笑んでいることだろう。
こんな状況でもアレンはいつだって私に笑ってみせるのだ。その表情は成功の確信を生み出すことはなくても、いつだって私を安心させてくれる。きっとうまくいく、そう思わせてくれる。
――神よ、どうか彼にあなたの加護を…
だから私も神に祈るのだ。
私は目をスッと目をあけ、アレンを見る。
アレンがバッとスーマンに向けて手を振り上げるのと同時に、私も発動して身構えた。
「発動最大限…解放!!」
アレンが発動した瞬間、その腕からイノセンスの光が大きく溢れ出す。とてつもないイノセンスの力がアレンを取り巻いているのが分かる。エクソシスト以外の人間ならばイノセンスの気に当てられていることだろう。
「おおおおぉおぉぉおぉぉおぉおぉおぉ!!」
巨大化したアレンの腕は咎落ちとなったスーマンの巨体をゴッ!!と掴む。アレンの腕から溢れ出した光が巨大な腕を成しているのだ。
これがイノセンスの本当の力なのだと圧倒されながら私は実感する。
「ギャオォオォオォオオ」
「!!」
『アレン…!』
だがスーマンは逃れようと身を後ろに移動させ、アレンを引きずる。
このまま引き合いになって長引いたらアレンの体力がどんどん減ってしまう。助けてやりたいが、私がこんな遠くから攻撃したところで無意味。今はアレンの力にすがるしかない。
「くっ……くそ………っ!!行かせるもんか……死なせるもんか!!!」
ドオンッ!!!そう叫んだ瞬間、アレンは力いっぱい腕を振り上げてスーマンを谷へと叩きつけた。
谷は岩となって粉砕され、辺りに瓦礫を降らせる。
『………すごい』
あんな巨体を一気に止めるなど簡単に出来ることではない。あれだけの力をイノセンスが持っていることはさすがに驚きだ。
――…いや、イノセンスだけの力じゃない。
私は横目でアレンを見る。
「はぁ…はぁ…っ」
全開放したからと言ってこれはイノセンスの力だけとは言えないのかもしれない。寄生型は感情で武器を変化させ、また動かす。スーマンを助けたいというアレンの感情がイノセンスの力に大きく影響したのかもしれない。寄生型における“シンクロ”とはそういうものだ。
例え甘えがあろうとも、他者に対して感情を大きく左右するアレンだからこそ出来ること。寄生型においてアレンは一番それを操る能力に長けている、と言ったところか。
『……さて』
私は双燐を握りしめ、谷でもがいているスーマンを見る。
スーマンはまだ完全に止まっていない。スーマンが体勢を立て直せばアレンと力の押し合いになる。どれだけアレンの身体を酷使するか分からないが、止めなくてはならない。
止めて、助けなくてはならない。イノセンスに囚われた使徒を。否、聖戦の犠牲になった存在を。
それは私が唯一救っていこうと決めた存在なのだから。
第051夜end…
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