長編 | ナノ

 第050夜 仲間の声



望んで使徒になったわけではない。私のように、無理やりさせられたのだ。
スーマンには大事な家族がいた。それが記憶にもあったあの子…幼い娘さんだ。
その子に会いたくて…どうしても、会いたくて…スーマンは戦いの道を逃げ出し、命乞いをしてしまった。倒れた仲間を目の前に恐怖が募り、どうしてもそれに打ち勝つことが出来なかった。
私はぐっと自分の身体を掴む。


『……っ』


頬を何かが伝うのが分かった。目を瞑っているにも拘らず、それはただ静かに私の目から流れてきた。止めようと思っても意思に反して涙は静かに流れ出る。
私ではない。スーマンが、泣いているのだ。
スーマンの辛さが、悲しみが痛いほど伝わってくる。


『ただ、会いたかっただけなのにね…こんなはずじゃ、なかったのにね…』


滅茶苦茶にされたのだ、イノセンスに。教団に。何故教団は人の全てを滅茶苦茶にするのだ。
スーマンはただ今まで通り暮らしているだけでよかった。大好きな家族とただ一緒に、暮らしているだけで幸せだったのだ。それ以外は何も望んでいなかった。ただ、それだけだった。
だが、それすらも奪われてしまった。失ったものをもう一度、取り戻したかったのだ。
だから命乞いをしてしまった。ただもう一度家族に会いたかったから。それが咎落ちの引き金になることすら忘れ…――


『…でもね、スーマン』


私はゆっくりと目を開ける。


『この宿命からは、決して逃れられない。どんなに逃げて逃げて、逃げ延びようとしたって戦いの道からは逃げられない。使徒の道から外れることだけは絶対に許されない』


私はそれを嫌という程思い知らされてきた。
神に選ばれてしまった私。その時点で私の目の前に広がっていた世界は…血生臭い戦いの世界。醜く、恐ろしく、残酷な世界。
何度も逃げようとした。何度も助けを求めようとした。
だが、結局は何も私を自由になどしてくれなかった。だから気づいた。使徒として戦う道だけは…どうしても避けられないと。逃げれば逃げるだけ追って来る者が増え、最後には潰されてしまうのだと。


『神に選ばれたら、絶対に後戻りは出来ないんだよ…。死ぬまで、ずっと…』



ゴッ!!



突然私のいる空間が振動し、籠った爆音が響き渡る。


『これ…!』


スーマンがまたアクマに攻撃しているのだ。このままだったら何であろうとスーマンは破壊し尽くすだろう。早くスーマンを助け出して止めなくてはならない。これ以上使徒の道から外れることは止めさせなくてはならない。
そういえばリナリーとあの子は無事か。というか一緒に引きずり込まれたはずのアレンは何処に行ったのか。
私は起き上がって周りを見る。


『あ…アレン…?アレン!』
「フィーナ!」


少し離れた所にアレンがいた。やはり私と同様引きづり込まれたようだ。
私とアレンは互いに近づき、合流する。


『アレン!子供は…!?あの女の子…』
「大丈夫。リナリーが受け取ってくれたから」
『…そっか。よかった』


私は安堵して息を吐く。
子供を連れて戦えるわけがないから、恐らくリナリーは地上に降りたって別の場所に子供を保護させていることだろう。もしかしたら教団の方にこの事態を報告しているかもしれない。


「リナリーならきっと大丈夫ですよ。怪我はないですか?」
『何ともないよ。それより頭痛の方がひどいかな。アレンもなんじゃない?』


私は軽く頭を押さえて言う。


「…フィーナも、見ましたか?」
『………見たよ。全部、全て。これでスーマンが咎落ちになった理由が分かったね』
「…助けないと。スーマンを助けよう」
『もちろん。でもそのためにはここから出ないと…』


咎落ちになったスーマンはもはや神に見捨てられた存在だ。早く助けなければその身に何が起こるか分からない。





ギャアアァアアァァア





『何…!?』
「これ…悲鳴…?」


私達のいる空間で叫び声が聞こえる。これは、スーマンの声なのか。


「スーマンが悲鳴を上げてるのか…!?」


苦しんでいるということなのだろうか。
では何がスーマンをこんなに苦しめているのか。仲間を死に追いやった罪悪感?もう娘に会えないという失望感?
――…いや、違う。
もちろんそれもあるはずだが、これは身体的な苦痛の叫びにも聞こえる。心身ともにスーマンは苦しんでいるのだ。


「まさか…」


アレンは何かに気づいたようだ。


「スーマンのあのエネルギーは尋常じゃない。イノセンスが彼の命を使って打ち出してるんですよ!」
『だったら…スーマンを苦しめているのは、イノセンス……?』


仲間であるイノセンスが、彼を…?


『そんな…イノセンスがスーマンを殺そうとしてるって言うの!?』


エクソシストにとってイノセンスは共に戦っていく何よりもの仲間だ。共に戦い、共に歩む仲間だ。たとえ裏切られたとしてもそれは変わらないはずなのに…。
それなのに、イノセンスを裏切れば、その制裁が使徒に下る。今まで共に生きてきた、仲間だというのに…。
私は脱力感を感じながら手で顔を覆う。


『イノセンスはもうスーマンを仲間として見ていないの…?スーマンを、殺そうとしてるの…?』
「…そう、罪人を裁く神のように……」


アレンの言葉に私は唇を噛みしめる。
罪人などにされる覚えはないじゃないか。無理やりさせたくせに、その道に使徒が怯えたらイノセンスは今まで闘ってきた仲間を殺すのか。
そんな不条理なことがあっていいのか。そんな簡単に仲間を切り捨ててもいいというのか。ただ家族に会いたかっただけだというのに。ただ今までいた世界に戻りたかっただけだというのに。


『止めて…止めてよッ!!……イノセンス!!!』


私がそう叫ぶのと同時にアレンが発動した。
ここで実力行使はさすがにまずいだろう。咎落ちに他のイノセンスが干渉すれば何が起こるか分からないのだから。それは重々に分かっている。
だがスーマンは助けるべきなのだ。助けなければならないのだ。私と同じ、犠牲者なのだから…
私はアレンが手をつく地盤に発動させた双燐を突き刺す。
――…イノセンス…イノセンス……!!


「仲間を…っ!殺すなぁああぁあ―――っ!!」


私達によって攻撃された部分から波動が起こり、この空間全てに広がった。
やがて私達の発動に耐えられなくなったのか、ガラスが割れたかのように空間が破壊される。一瞬にして光に包まれる空間。


『…あれって……』


この空間を光で照らしているのは、私達の視線の先にあるものだった。腕…スーマン・ダークの右腕、イノセンスだ。
そのイノセンスはさらに強い光を発する。
あまりの眩しさに私は腕で目を覆った。
途端に私とアレンの体は抵抗することが出来ずに何処かに吸い込まれる。



バッ!!



身体を覆う圧迫感から解放されたかと思ったら現実味のある空間が広がった。目を開けるとそこは空中で、先程と同じ世界だ。


『…吐き出されたか』
「戻ろう…!掴まって!」


私はアレンの右腕を掴む。
アレンは発動した腕で穴の周りの柱を掴む。
私は別の柱へと飛び移り、アレンは腕を引き寄せてスーマンの元へ寄る。


「スーマン!!死んじゃ駄目だ、がんばって!!」
『今度こそ引きずり出そう』


私とアレンはスーマンの身体を掴み、自分たち側に引き寄せる。


「ぎゃぁああ」
『痛…っ』


引き出そうとした瞬間にスーマンの身体に電撃のようなものが走る。
手で触れていた私も軽く火傷する。
どうやらスーマンが逃げられないようにしてあるようだ。イノセンスはスーマンを殺すまで開放しないつもりだ。


「ゴホッ」


スーマンの口から血が吐かれる。
それが顔を汚すのを感じながら私はギリッと歯を鳴らす。
イノセンスは幾度も半端ではないあの攻撃を打ち出している。そのエネルギー源とされているスーマンはイノセンスに深く蝕まれているらしい。そんな体力がギリギリのスーマンをどうやってこんな巨大な物体から助けだせばいいのだろうか。


「だれだ…そこにいるのは、だれだ……」
「スーマン……!!」
『気が付いたんだ』


スーマンが意識を取り戻したことに私とアレンは安堵し、表情を緩める。だが、


「呪われろ…」


――……え?


「呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ。……神も使徒も何もかも、呪われてしまえ…!!」


私は顔を強張らせ、イノセンスに囚われるスーマンを見る。
憎いのか。自分をここまで追い込んだ田教団が、使徒が、神が。
元々そんなものさえなければこんなに苦しむことはなかった。仲間を裏切り、最終的にはイノセンスに囚われる苦しみを味わわずにすんだ。これ以上にない苦痛を感じず辛い目に遭わなくてすんだのだから…


「すべて…壊れてしまえ」
「フィーナ、向こう!」
『え…?』


アレンが指さす方向を私は見る。そこにある者は村だった。
村はスーマンが進んでいる方向にある。このままいけば確実に村を撒き込むだろう。


「止まるんだ、スーマン」
『ダメだよ、スーマン…っ!止まれ!』


あの村は結構でかい。もし巻きこんだりしたら確実に死者を出すことになる。
止めなくてはならない。関係ない人間を犠牲になどしないように。彼の背負う十字架をこれ以上重くしないように。





第050夜end…



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