長編 | ナノ

 第048夜 常闇の記憶



『……何か、異常に嫌な予感がするんだけど』


私は一人呟く。
先程からある嫌な予感がさらに負の物になっていく気がする。
日の光など全く感じられない。けれども夜ほど暗くない。そんな微妙で大きく違和感を感じさせる時間が先程から続いている。
本気で急いだ方がいい気がしてきた。早いところアレンを見つけて連れ戻さなければ。


『アレン、何処ー?』


私は叫びながら走る。
勘という曖昧としたものを頼りに探し回っている私は我ながら無謀だと思う。
しかも光の見えた谷間の向こうにはまだ程遠い。足という非効率的な手段では辿り着く頃には日が暮れているだろう。
こんな時にラビの伸があれば非常に楽なのだが。
私の武器も限界なく伸ばせないことはないが、ラビのように必要に応じて湾曲したりしないし物理的な重さも生じるため、最初に向けた方向に向けて地面に水平に伸びるのだ。もしラビのように移動手段として伸ばしたりなどしたら、乗っている私は岩やら木やら河やら何処でも見境なく突っ込むことになる。そうなったらアレンの捜索どころではない。自らの身と自然物の安全の確保のためこれ以上無謀な手段を取らない方が得策だ。
だからといってこのまま何も手を打たずただ走り続けていてもらちが明かない。
やはりラビも一緒に連れてこればよかったな、と落胆したその時、


「エクソシストはっけーん!」
『のわっ!?』


突然目に映る全ての物が逆さまになり、私の身体は宙に浮く。一瞬の出来事だったが、状況を理解するには数秒で事足りた。前例が前例であったから。
私は上…要するに自分の足を掴むアクマの方を見る。


「おまえエクソシストだろぉ〜」
『そうだけど、何の用?』
「アクマがエクソシストにある用つったら1つだろ?」
『殺すため…ね』


私はため息を吐きたくなるのを何とか抑える。
迷子に近い状況の上、アクマに捕まるなど運がなさすぎだろう。そういえば教団から脱走しようと森に出て神田に出くわした時も自身の運のなさを嘆いたか。数か月経っても不運なのは相変わらずなようだ。


『まぁアンラッキーボーイのアレンほどではないけどね』
「何ぶつぶつ言ってんだよ?さぁて、どこから引きちぎってやろうかなぁ」
『ねぇアクマ。白髪でモヤシみたいなエクソシスト見なかった?』
「白髪ぁ?何だ、エクソシストがまだいんのか!?」
『いるよ、たんとね。そうだ、何なら案内してあげようか』
「マジ!?」
『マジマジ!あの谷の向こうだよ』
「おっしゃ!任せとけーい!!」


そう言うとアクマは私をぶら下げたまま全速で谷の向こうへと向かっていく。風が勢いよく顔にあたり、髪が広がる。
――どんだけ馬鹿なアクマなんだ…。
ここまで知能が低いレベル2にあったことがあっただろうか。
呆れるものの、今はかなり便利なので何も言わない。アクマに自我があることに救われたのはこれが初めてだ。


「いやー、実はオレも向こうに用があったんだよ。方向間違えて出遅れちまったけど」
『用?もしかしてアクマが群がってきたのもそれが理由?』
「そうそう。伯爵さまの命令でアレ追ってたんだよな」
『アレって?そんな大事なもの?』
「大事どころじゃねェぞ。イノセンスだかんな」
『イノセンス…?ホント?』
「ホントだ。ほらあれ」


アクマの示すものに私は視線を向ける


『…!?』


それは宙に浮いている、見たこともないものだった。
白くてとにかくでかい。下部は木の根のように入り組んだ構造になっており、上部は腕がない人のようだ。上の部分には十字架のようなものが刻まれているのが辛うじて見えるが、あれは一体何だ。


『何…あれ…』
「何だ、お前あれしらねェのか」
『知るわけないでしょ、あんなもの。アクマじゃないよね?』
「アクマよりももっと達のわりぃもんさ。敵味方関係なく殺しやがんだから」
『敵味方関係なく?』


ということはアレは理性の欠片もない奴だということか。アクマとはまた別に面倒そうな奴だ。


「つーことでオレ今からあいつ攻撃すっから。お前邪魔だからそろそろ殺すな」
『え…いやいやちょっと待って!もうちょっと時間を…』
「一応オレに与えられた伯爵様からの仕事はあれの破壊だからさ、別のことにあんま時間かけてらんねェの。ってことで、じゃあな」


決断速すぎる、こいつ。馬鹿でも根はまじめな奴なのだろうか。というかアクマの性格を把握している場合じゃない。誤魔化さないと殺られる。


『待って、待って!白髪のモヤシがすぐそこにいるはずなの!私殺すのはそいつ殺してからゆっくりと…』
「誰を殺してからですって?」


効き覚えのある声が耳を打った。
そして次の瞬間、真上でかなりの爆音が鳴り響き、捕えられていた私の足が解放された。
私は驚きながらわずかに上にあるそいつの顔を見上げる。


『アレン。よかったー見つかって』
「同感です。随分な呼び名や言葉も聞こえましたがね」
『やだな。軽い冗談じゃん』
「全く…」


アレンは悪態をつくと私の腕を掴んで自分の方へ引き寄せる。
地がすぐそこまで迫るとアレンは腕を発動させて下につき、着地の衝撃を和らげてくれた。


「フィーナ!大丈夫?」
『あ、リナリー。一緒だったんだ』


アレンに支えられて下に降りると、リナリーが駆け寄ってきた。
リナリーが一緒ならラビ達を放り出してまでアレンを助けに来る必要はなかったか。\我ながら無駄なことをしてしまったものだが、一応安否が確認出来ただけでも良しとするか。


「もうっ!前にも言ったでしょ、勝手なことはしないようにって。私達が気付かなかったらどうなってたと思ってるの!」
『いや…あのですねリナリーさん、これまた前と同じように私が船を下りたのは勝手ではなくアレンを助けようとして…』
「言い訳しない!」
『すいません!!』


結局は前と同じ会話になり、それを見ていたアレンは苦笑する。


「フィーナってリナリーにとことん弱いですよね。男子には強いのに」
『いやー…男子はわりと加減があるんだけど、リナリーって本気でしかってくるから結構怖いんだよね。つい謝るのが癖に…』
「だったら無茶なことは控えてね。本当に心配するんだから!」
『はい、すいません…』

ハラハラさせてしまったことをとりあえず申し訳なく思う。
思えば毎度の任務も怒られてばかりではないか。懲りていない私も私だが、叱り飽きないリナリーも大したものだ。
それだけ心配してくれているということだろうが、私が独断の行動をやめることはまずあり得ないだろう。いい加減諦めてもらわなければ本気でしかってくれているリナリーが可哀想になる。まぁ口ではそんなこと言えないから、次からはリナリーに見つからないように行動することにしよう。


『それよりもさ、あれ何?アクマに攻撃されてるけど』


私は先程からアクマ達の襲撃の的になっているあの白い物体を指さす。あれだけの数のアクマに攻撃されても未だにに形を保っていられることが驚きだ。


「まさかアクマ達はあの白いモノを狙って来たのか…!?」
『さっきのアクマはそう言ってたけどね、何かイノセンスが関係してるらしい』
「イノセンス…?それって…」


ドンッ!!


大量のアクマに攻撃されたそれはバランスを崩し、傾いた。あれだけ攻撃をくらっていたのだから当然だろう。今まで耐えていただけでも大したものだ。


『……む?』


私はそれの左胸のような場所を凝視する。今の衝撃によって何かが浮き出てきたのだ。


『……人の、身体……?』


あの白い奴から人の上半身の一部が出ているのだ。あれは人間なのか。


「スーマン…?」
『え…!?』


リナリーの言葉に思わず振り返る。
スーマン・ダーク。私が一時教団に帰還した時、仕事中にリーバーから聞いた名だ。彼はアレンと同じ寄生型の適合者だと。確かソカロ部隊の1人で仲間の2人は殺されたが、唯一行方不明だったと。
そいつが何故、あんなところにいるのか。


「あ……っ」
『……リナリー?』


リナリーが突然強張った顔になる。そして、


「きゃぁあぁああああああぁぁぁあぁあぁあぁぁ」
『リナリー!?』


「どうしたんです、リナリー!?」


リナリーが突然叫び出した。一体どうしたのか。


「咎落ち…し、使徒の…なり…そこない」


リナリーは震える声でそう言った。
咎落ち?使徒のなりそこない?咎とは罪や過ちのことを言うのは分かるが、あれの何が罪なのか。
私はしゃがみ、アレンにもたれかかるリナリーに問う。


『リナリー、あれ知ってるの?咎落ちって何?』


リナリーの気が触れてしまわないように出来るだけゆっくりと聞いた。
リナリーはしばらく何かを思い返しているように黙っていたが、静かに口を開く。


「咎落ちって言うのは…」


リナリー曰く、咎落ちというものは、イノセンスとのシンクロ率が0以下の人間、いわゆる不適合者が無理にイノセンスとシンクロしようとすると起こるものなのだという。


「“咎”は使徒でもないものが神と同調しようとする罪なんだって。今はもう禁止…されてるけど…教団で行われてた実験を見たことがあるの」
『実験…?』
「エクソシストをつくる実験…だからあの姿は知ってる」


――教団は昔、エクソシストを作っていた…?
イノセンスは自らが選んだ者である適合者にしか扱うことが出来ない。神は限られた者にしか使徒になる資格を与えないのだ。
使徒の少なさにしびれを切らした教団の者達による行いだろう。そんなこと、無駄だというのに。
使徒として選ばれた私なら嫌というほどそれが分かる。シンクロがうまくいかないと自身にどのような影響があるのか。ましてや不適合者なら尚更だ。


「でも、どうして…?スーマンは適合者なのにどうして咎落ちに?彼に何があったの…?」
『………』


リナリーの震える声を聞き、私は何も言わずにうつむく。
そいつのことを聞いたあの時は仕事中だったので深くは聞けなかったが、実は気になったので、教団出発時にコムイの机から資料を無断に読み漁って色々調べた。


ソカロ元帥護衛部隊 スーマン・ダーク
教団入歴五年
インド アグラ地区において襲撃に遭う
この戦闘によりカザーナ・リドとチャーカー・ラボンが死亡
彼の消息は 以後不明


その書類の記載事項は非常に短絡的な内容だった。
1人のエクソシストの事柄がここまで簡素な言葉で書類にまとめられるなど、思いもしなかった。
――…スーマン・ダーク。
アレンと同じ寄生型のエクソシスト。確かに彼はイノセンスの適合者。正真正銘神に選ばれた使徒だったはずだ。
ならば何故、咎落ちになった。咎落ちは不適合者にしかならないものではなかったのか。
彼は教団で多くの死者を出したあの事件以来、行方が分からなくなっていた。その間に、一体彼の身に何が起こったというのか。何故罪に触れるようなことになってしまったのか。
私は破壊行動を続けるスーマンを見る。
神に囚われた姿は実に醜かった。
スーマン・ダークはその醜い姿でアクマを壊し、谷や森を破壊していった。





第048夜end…



prevnext

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -