長編 | ナノ

 第???夜 revived



夜が訪れた世界。眩しい日差しはない。
それなのにそこは明るく染まっている。炎と同じ、赤色に。
私は周りを見回す。
立ち並ぶ木造の家々。悠然と聳える幾本かの風車。澄んだ湖から組み上げている井戸。
私はこの光景を知っている。ずっと、焦がれていた世界だ。
――だけど、これは違う……
私の望む世界じゃない。
望んだものは全てが赤く染まり、燃えている。
私は両手で頭を抱える。


『こんなの、私は求めてなんかいないッ』


――…あの時と、一緒だ……
一緒ではないか、あの時と。
こんな時間を取り戻したかったわけではない。
もう二度と、こんな光景は見たくない。
私は顔をそらし、燃え盛る炎から目を背ける。





ドオォォオオォッ!!





そこにまた凄まじい爆発が起きた。
それと同時に炎の中から人影が現れる。赤いそれとは対称的に、黒い影だ。
その者達は武器を持ち、灼熱の炎をもろともせずに現れた。
全員が武器を持ち、それを振り上げ、走り出す。


『…いや……』


見たくない。この先、何が起きるか知っているから。彼らがどうなるか、分かっているから…


『いやだっ!やあぁあああぁああッ』


私が叫んだのと同時に、辺りに悲鳴が響き渡り、赤い液体が飛ぶ。
私は悲鳴をあげ続ける。身体が動かない代わりに、あげ続ける。
これから先は決まりきった運命だ。既に過去に起こったことなのだから。
彼らは絶望の道筋を辿る。分かっているのだ、私には。


『…あ…ぁ……』


何かが、蘇る。
飛び散る鮮血。敗れる武器。転がる死体。
凄惨な光景と共に、何かが蘇ってくる。
――…嫌だ……
蘇るな。蘇るな。思い出すな。
意思に反して何かが頭の中に…
壊れかけていたものが、形を成して戻ってくる。こんなの嫌だ。今は、嫌だ……


『何もかも、消えろおぉおおおおぉぉおおおおお』









ガバッ


叫ぶのと同時に、私は跳ね起きた。


『はぁ…っはぁ…ぁっっ』


うまく整わない呼吸を何とか落ち着かせようと、私は胸を押さえて目を瞑る。
――落ち着け、夢だ…。
私は目を開いて周りを見る。
隣には寝息をたて、静かに眠っているリナリー。周囲には落ち着いた装飾が為されている家具。ここはアニタの客室だ。
夢だったのだ。ここは現実だ。
だがそれを認識してもなお荒い呼吸は直らず、気が落ち着かない。
服は汗でぬれている。
見ると指先が震え、何度拳を握り締めても止まらない。


『…何…なの…』


単なる夢だ。動転する必要が何処にあるというのだ。
私は立ち上がり、汗でべたつく服を着替えて扉のノブを回す。
外に出、リナリーが起きないようにそっとドアを閉めた。



☆★☆



私は真っ暗な夜の港を歩く。
波の音を耳に入れていると、ヒュオッと塩辛い風が頬を掠める。冷たい海風が今は何となく心地いい。
私は無言でストンッと岬に腰を下ろし、意味もなくただ海を眺める。


『…また……』


海に向けていた視線を自分の手に移す。指先はまだ、震えていた。
私は必死に拳を作ってそれを握り潰す。
何故、動揺しているのか。夢を見たから?あれは過去に起こったことではないか。今更思い返して何を動揺する必要がある。忘れたわけでないのに、何故過去を思い返してこんなに指先が震える?
今まで支えにしてきた過去ではなかったのか。今更何を恐れているのか、私は。


『恐れることなんか、何もないはずじゃなかったの…!!』


ゴリッ…


肉が裂ける、嫌な音がした。
痛みに顔を歪めながら、私は握っていた拳を開く。
両の手のひらには2,3本の赤い筋が入り、血が流れ出ていた。
私は血が伝う腕を月に透かすように掲げた。
――血…。
夢の中でも飛んだ。悲鳴と共に赤い飛沫が飛び散った。
その時、次第に何かが蘇っていった。淀み、暗く、冷たい何か。
否定する自分が何処かにいるが、もう頭の中では分かっている。


それがれっきとした“憎しみ”だということが。


未だに震え続ける指先が、月明かりを背景にした影となって見える。


『憎しみを思い出して…怯えてるんだ』


私は手を叩きつけるように地に落とした。
この震えは怯えの証だ。私は憎しみを思い出したことに、怯え、そして恐れている。
怖くてたまらない。逃げ出したくて仕方がない。
だが、それは何故?分からない…これだけは。何故憎しみを思い出して怯えている?
今までは受け入れてこれたじゃないか。全てを失った教団を恨み、憎んでこれたではないか。結果的にはそれを支えにし、今まで生きてこられたではないか。
では何故怖いのか。
何かが思考を阻む。考えることを拒否する。理解させることを何かが拒んでいるのだ。それが何かすらも分からない。答えを、私は既に知っているかもしれないのに…――
分かったのに、分からない。
その苛立ちのぶつけどころが分からなく、私はゴッと地を叩く。
拳はコンクリートにあたって鈍い音をたて、手に新たな傷を作った。


『…もう、いや……』


私は小さく舌打ちする。
これ以上身体に当たるのも嫌なため、完全に思考を停止させようと私は膝を抱えてうずくまる。
しばらくじっとしていようと目を瞑った。


「長い間海風に当たっていては、風邪をひきますよ」


そこに穏やかな声が響いた。
ゆっくりと顔をあげると、そこにいたのは柔らかく微笑むアニタだった。誰ともいたくないとはいえ、外へ出てきたのは間違いだったか。
私はフイッと視線を海に移す。


『何ですか』
「いえ…ふと海を見たくなったものですから。ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
『…どうぞ』


私の返答に小さくお辞儀をし、アニタは着物が汚れるのを気にも留めず、私の横に座って海を眺める。瞬きすらせず海を見つめるその目は、この光景を焼きつけているようだった。
しばらくするとアニタはその視線を解き、私の方へ顔を向けた。


「あの、お名前は?」
『…フィーナ・アルノルトです』
「フィーナさんは中国へいらっしゃったことがあるのですか?」
『…何故?』
「いえ、すごく中国語がお上手なので。拝見した限りアジア方ではありませんよね?エクソシスト様でも中国出身者でない方が中国語を話されるのが珍しくて」


アニタは丁寧に言った。
――あぁ、だからか。
アニタはクロス元帥のことを私達に説明する時は英語だったが、今私に声をかけた時の言葉は中国語。少しおかしいと思ったらそう言うことか。私が中国語を話すことをマホジャからでも聞いたのだろう。


『過去に…1、2度訪れたことがあります。語学は幼い時に学びましたから』
「そうなんですか。とてもお上手なので驚きました」


アニタの感心を含む穏やかな笑みに私はフッと気が抜け、わずかに抱いていた警戒を解く。


『アニタさんは教団の協力者なんですよね?』
「はい、母の代からずっと。その母もアクマに殺されて、亡くなりましたけど」
『…そうですか。何で協力者になんかなったんですか?教団に関わるなんて、ろくなことないですよ』


私の言葉にアニタはおかしそうに笑った。


「ふふっフィーナさんって、面白い方ですね」
『そうですか?冗談でもなかったりしますよ』
「そうね、ごめんなさい。クロス様の力になりたかったっていうのそうですけど…私達のほとんどは、家族をアクマに殺されています。だから協力者になったというのは“復讐”という意味もあるんです」


ドクッ…


復讐という言葉にひどく心臓がうるさくなる。
耳鳴りがする。止まらない。頭が痛い。息苦しい。
この異変は一体何だ。私は何故怯えている。
現実に引き戻されても何も変わらない。ただ怖いだけだ。


『………どうして…』
「え…?」


思わず出た言葉に私は口を噤もうとするが、止まらなかった。


『苦しくないんですか?怖くないんですか?逃げたくても逃げられない道にいるのに、どうしてそんなに復讐の名を優しく語れるんですか?』


訴えるような私の言葉にアニタは驚いた表情になる。
無関係な人間に、私は何を言っているのか。
私は目を伏せ、うつむく。


『すいません。変なこと言いいました。だけど私は怖い。怖くて仕方ない…』


今の私は憎しみが鮮明に頭に浮かんでいる。許せない。殺したい。
だがその感情が頭を満たしていること自体が怖い。


『私は…』
「…いいんです」


アニタはそう言うなり私の体を抱きしめてきた。


『え…あ……』


私は反応に困る。
体を離そうとするが、アニタはより強く私のことを抱きしめた。
――…暖かい……。
素直に思った感想だった。
アニタの温もりが暖かい。心臓の鼓動を直に感じる。落ち着ける、暖かい場所だった。


『…夢を見た、んです。全てが失われる、過去の夢。どんどん皆、消えていった…』


強張っていた口が紐解かれたように、勝手に言葉を紡ぎ出す。


『憎かった…でも、目をそらしたい、そう思ったんです。それはしてはいけないことなのに…。憎しみから、どうして逃げようとしたか分からない…ッ何かが憎悪を邪魔するのっ何かが、私の中に…ッ!!』


私が悲鳴を上げるように言葉を吐くのをアニタが頭を押さえ、やめさせる。


「もういいんですよ。言葉で語るには、辛すぎる」


アニタは私の身体を優しく抱く。


「大切な人を失った悲しみはとても大きい。簡単に埋められるものではないわ。だから…復讐で、簡単に消え失せるようなものでも決してない」
『でも…っそれなら私達は…っ!!』


――…何を糧に、生きればいいの……?
声にならない言葉をもアニタは認識したかのように微笑んでみせる。
そして小さく首を横に振った。


「今は…今はね、復讐に生きていていいの。大切な人の敵を討つために生きるのが理由でいいの。だけどね、“解放されてもいい”の」
『え…?』
「大切な人を奪ったような存在に、あなたがいつまでも縛られている必要はない。いつかは自由になりたいと思えるくらい、“大切な存在”ができるから…」
『大切な…そん、ざい…』


私はアニタの言葉を反芻する。
アニタは深く頷いた。


「そう。自由になって、その存在のためだけに戦う覚悟さえあれば、復讐から解放されることが出来るの。そうすれば…苦しまずに済むのよ」


私にはまだそれが出来てないから、この道を選んでいるんだけどね。アニタは儚く笑いながら言う。
私はしばらくアニタを見つめたが、そんな悲しくも見える表情を見ていられなくなり、視線を落とす。


『私には…分からない。憎しみは怖い…けど、忘れるなんてできない。私は…どうしても、私は…っ』
「分かってるわ。私も同じだもの。今はそれでいいの。いつか…解放される時が来るって、信じてさえいれば…」


アニタの言葉が、深くしみこんできた。
対象が違うとしても、同じ感情を抱えているアニタの言葉だからこそだろう。
だが、震える程恐怖するこの憎しみから、解き放たれることなど本当に出来るのだろうか。
――…分からない……。
そもそもその憎しみに私が恐怖する理由は何なのか。
結局答えは見つからない。いつか、見つかる時が来るのだろうか。いつか、この曇りが晴れる時が…――


『……?』


突然意識が朦朧とし、視界がぐにゃりと曲がる。
――ヤバ…睡魔が…
これだから幼児体質は困る。
私は上半身すら支えられなくなり、アニタにもたれかかる。


『眠…たい…』
「え…?あらら、どうしましょう。――…あ!」


アニタが何かに気付いたように声を上げる。近くの誰かを呼び寄せているようだ。
私はその声を意識の遠のく中で聞きながら、深い眠りに落ちた。





第???夜end…



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