長編 | ナノ

 第???夜 クロスマリアンの訃音A



「……きて…だ……い……」


意識の遥か遠くから聞こえる声に私は唸り声をあげる。
眠りを妨げるこの声の主は一体誰か。
私の意識は、次第にでかくなるその声に持っていかれ、重々しい瞼を開く。


「あ、やっと起きた」
『……はっ!!?』


目の前には誰かのでかい顔があった。


「そんな驚かなくて…ぐはっ」


私は反射的にその腹に蹴りを入れた。目覚めたばかりだというのに我ながらキレのある動きだったと思う。恐らく寝起きが非常に悪く、機嫌が最悪なことが大いに関係していると思うが。
私はさらにそこから双燐を手に取り、怒りに見開かれた目で目標を定める。


――…末梢。


私は機械的な動作で双燐を鞘を投げ捨て、相手に向けて振り下ろす。
そこでガッと両腕を背後から取り押さえられた。


「おっ、落ち着くさフィーナ!オレら、オレら!!」


後ろで必死に叫ぶ声を聞いて私は、ん…?と顔をしかめる。
ボヤける目を擦りながら目の前にいる人物を見ると、それはあまりの痛みからか腹を押さえてうずくまるアレンだった。ということは後ろから止めているのはラビか。
私はやっと正気に戻ったように目をぱっちりと開き、周りを見渡す。そこには苦笑いしながらこちらを見ているリナリーと、呆気にとられたような表情をしているアニタとマホジャがいた。
私はしばらくそれらの視線を浴びながら沈黙し、へらっと笑った。


『ごめん、寝ぼけてた。アレン、大丈夫?』
「ぐふっ…大丈夫じゃ、ないです……」
『ごめんごめん。だっていきなり目の前に顔があったら驚くでしょ、普通』
「いきなり蹴りいれられた方が驚きますよ?」


まぁ、それもそうか。
私はアレンの手を引いて起こし、再び謝罪をする。
軽く視線を周囲へ向けると、ここはアニタの寝室のようだった。どうやら昨日眠ってしまった私をマホジャがここまで運んでくれたらしい。わざわざ気を使ってくれたことに感謝する。
アニタ曰く今は朝。声をかけてもなかなか起きない私に困り果て、アレン達を呼んで対処してもらっていたという。逆にそれがあだとなったわけだが。


「と、とにかく早く準備して港に来るさ!オレら準備してっから」
『うん、分かった。すぐ行くから』


ラビ達は部屋から出て行った。アレンは腹を抱え、リナリーに支えられるような形だったが。
私は息を吐き、ベッドの上に座ってしばらく沈黙する。


「…大丈夫?」


そこにアニタが心配そうに声をかけてきた。気づけば敬語が外れている。
私は笑い、頷いた。


『大丈夫。何か、落ち着いた感じがするから』
「そう…よかった……」


アニタは心の底から安堵したような顔をする。
正直、少しも落ち着いてなどいない。憎しみに対する不安も未だに消えない。浮かび上がる疑問に答えられない自分に動揺しかできない。
――だけど……
私はそっと手の指を見る。


震えは、止まっていた。


昨日は殴ろうが引っ掻こうが叩きつけようが止まらなかった震えが、今は止まっている。
その事実に、私は深く安堵する。
霧は晴れない。靄はなくならない。
だが、今だけでも…一瞬だけでも安堵して生きられることに心を満たさずにはいられない。私はまだ戦っていける、そんな保証がその何処かにあるような気がして。
私はアニタとマホジャに笑いかけ、昨日の礼を言った。
そして自分の客室に戻って荷物をまとめ、港へと出た。



☆★☆



『ラビ!その荷物さっさと向こうに!』
「わ、分かったさ」
『クロウリー、その箱は向こうの列だって!何度も言わせない』
「すまないである」


私はわずかに流れる汗を拭い、てきぱきと荷物を船に運び込む。
今日はいよいよ日本への出発だが、こんなにでかい船で向かうとなると相当の人員と荷物を詰め込まなくてはならなくなる。準備もそれなりに大変なのだ。あと数時間はかかることだろう。


「なぁフィーナ、何でそんなに元気なんさ…?」
『さ?たくさん寝たからじゃないかな。つべこべ言わずにさっさと運ぶ!』
「だって重いもんは重いんさ〜」
『それでも男?頑張りなって。――大体、何やってんのアレンは』


私は荷物を下ろして上を見上げる。
アレンは船の帆が張ってある所に一人で腰掛けていた。手伝いもせずに、ただ呆然と海を眺めている姿を見てわずかに腹が立つ。
だがその表情がどこか複雑そうだった。
――…うーん……
私は荷物を拾い上げ、ポイッとラビに放る。


「え…うぎゃっ」
『ごめん2人共。アレン呼んでくる』


私はそう言って走り、甲板を蹴って帆のロープを掴む。
手をかけてそれを登り切り、腰掛けるアレンの隣に座る。


『わ。気持ちいね、ここ』
「フィーナ」
『何してんの?』


私が問いかけるとアレンは少し間を開けて言う。


「この先に師匠はいるのかな、と思って…」
『アレンにしては随分弱気だね。クロス元帥はそんなことじゃ沈まないんでしょ?』
「そりゃそうですけど…まさか日本に向かうなんて思ってなかったからちょっと実感なくて…」


私はそうだねと言い、海を眺める。
何となくアレンが複雑な理由は分かる。いきなり話を聞かされたため、一晩経ってもまだ頭の中が整理できないのだろう。それは私だって同じことだ。
だが私達は進まなくてはならない。クロス元帥の元へ。日本へ。それが今回、私達に与えられた任務なのだから。
しばらく沈黙の状態が続いたが、ふとアレンの視線が私に向いていることに気が付く。
視線を向けるとアレンはきょとん、とした顔で私を見つめていた。


『どうかした?顔に何か付いてたりする?』
「いや…フィーナの髪と目の色って珍しいですよね」
『いきなりだね。でもまぁ確かに珍しいよ。群青色っていうの』
「何か海の色に似てますね。海見てたらふと思ったんです」


私は自分の髪に触れてみる。
髪と目の色について触れられたのはいつぶりだろうか。随分久々な気がする。


『昔は結構言われたんだよね。人と違うから私は嫌いだったけど』
「そうですか?綺麗だと思うんですけど…」
『ありがと。でも私が気にしてたのは外見じゃなくて、群青の髪と目の謂れのこと』
「いわれ?何ですか、それ」
『さぁ、何だろうね』


私はアレンから視線をそらし、意味ありげに笑ってみせる。


「…フィーナって秘密が多すぎて時々困ります」


アレンが苦笑して言った。
まぁ確かに私はアレンの言う通り、秘密が多い。人に言えないような過去を持っているということで、なかなか言えることが少ないのだ。
私は息を吐き、その場に立ち上がる。
頬にあたり、髪をなびかせる海風を感じながら、私は背中にある武器を手に取る。
ジョニー達が作ってくれた入れ物の中からそれを取り、ダンッと足場に置く。


『そんなに知りたいなら1つ秘密、教えようか?』
「え、1つ?」
『そ。簡単なものだけどね』


私はそう言って武器の持ち手を持つ。
息を吐き切ったところで静かに目を瞑る。


『流ルル風ヨ、吹キ行ク風ヨ。使者ノ力ヲ糧トシテ、我ノ意思二呼バレ応エヨ』


唱え終わると私は目を見開き、同時に武器を持ち上げ、



ザンッ!!



空をその武器で一閃する。ただ空を横切っただけの武器は遠くの雲をも引き裂き、そして、


「風が、止んだ…?」


先程まで吹いていた風を止ませた。
やはり、この武器は流石だ。
私は満足げに微笑み、武器を足場に下ろす。


『…風ってね、自然の力でふくものでしょ?自然は普通の者の力では決して操れない。操る“資格”を持った者でないと、ね』
「操る資格?そんなもの持ってる人がいるんですか?」
『いるよ。この世の物には全て、操る資格を持った奴らが存在する。イノセンスを操る私達がいるみたいにね』


私は武器をしまって片膝を着き、その場に腰掛ける。


『昔話しようか』
「昔話…?」
『そ。とても愚かで、だけどとても面白い昔話』


私は目を閉じ、歌うように語り始める。


――…昔々、神様と出会った人間がいました。
神は、自然は勿論、この世の理の全てを操る力を持っているのです。
人間は神に願いました。私に異能の力を授けてほしい、と。人を超えてまで、叶えたいことがある、と。
神様は困りました。人であるものに人以上の力を与えていいはずがありません。人は人であってこそのものなのです。
だけど人間はどうしても異能が欲しいといいます。
そこで神様はある掟を出しました。異能を授ける代わりに世を守る番人であれ、と。力の使い勝手は好きにしていい。だがお前の子孫で一族を作り、その血が途絶えるまで、人々の醜い争いをこれから先止めてゆけ、と。
人間はそれを承諾し、神から異能の力を受かりました。
神は人間が何のために力を欲したのか、未だに知りません。ただ異能のおかげで、人間の望みは叶えられたといいます。
そして人間は神の言いつけ通り、一族を作り、人々の間で行われている戦争を止め続けました。その人間が死んでも、子孫達は戦争を止め続けています。1000年経った、今でも……――


語り終え、私は閉じていた瞳をふっと開ける。


『どう?面白いでしょ?』
「えっと…よく分からないけど、その異能が風を操る力ってことですか?」
『察しがいいね。その通り』


私は笑って足をぶらぶら宙に揺らす。


『今なお受け継がれている異能の力を利用して、その一族達は各地で起こる戦争を…醜い争いを止めているのです。めでたし、めでたし!――素晴らしいって思うでしょ、この力。けどね、私はそうは思わない』
「え、どうしてですか?最初の人は違ったかもしれないけど、今は争いを止めるための一族や力なんですよね?」
『確かにその一族のおかげで戦争の火種は幾つも潰された。けどね、これはある一種の呪いなの』
「呪い…?」


アレンは無意識だろうか、自分の左目を押さえた。


『そう、呪い。最初の人間はよかったよ。望みを叶えられたんだから。じゃあ、その子孫たちは?戦争を止めるためにだけに生かされ、死ぬまで一族と共に戦い抜いていかなきゃならない。自由は許されない。生きる理由を、勝手に決められるんだ』


一人の人間の望みの代償は、その人間が考えていたものよりもはるかに大きかった。逃げることは許されない。これは神との“契約”なのだから。
まさに後世へと継がれていく呪いだ。その人間の血を引く者は、一生のその呪いに苛まれ続けるのだ。


『だから、その一族は村を作った。一族を統率する長を決め、その一族以外で血を交えることを禁じた。もうこれ以上、呪いに蝕まれる者を増やさないために……』
「…何だか、難しい話ですね。それで、えっと…」
『私は結局何を言いたかったかってことだね。一方的に話だして悪かったね。要はこういうこと』


私は海を見ながら右手を自分の胸に当てる。


『武器を糧に風を操る異能を持った者達。私はその一族の…』


「…!フィーナ!!」
『え…?』


アレンが突然立ち上がった。見ると左目が反応している。


『アクマ…?』


私も立ち上がり、アレンが一点に見つめる方向に視線を凝らす。
小さくて分かりにくかったが、すぐに捉えられた。黒い斑点のように小さな物体が、大群としてこちらに向かってきているのが。
――…大変だ、こりゃ。
多すぎる。大群すぎる。何だ、これは。
困惑する私の肩にアレンは手を置いた。


「フィーナ、武器を抜いて下さい」
『……分かった』


困惑している場合ではない。こんなに人がいる中で襲撃されてはたまらない。
私はアレンに促されるままに武器を抜く。そして、


「みんな!!アクマが来ます!!」


アレンの叫び声とともに発動した。





第46夜end…



prev|next

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -