長編 | ナノ

 第046夜 クロス・マリアンの訃音@



ガタンゴトン…


汽車が揺れる規則的な音が耳を打つ。
私は車窓に肘をつき、菓子をつまみながら外の景色を眺めていた。
起きるなり準備をし、早々に教団を出てきたため少し寝不足だ。
私は欠伸をし、ふと自分の隣にあるものに目を向ける。それは黒い棺のような直方体。その周りには何重もの鎖が張り巡らされ、そして一点にはある白い刻印が刻まれている。
私が幼いころからずっと目にしてきた刻印が。


『………』


これは出発直前にコムイに渡されたものだ。返されたと言った方が正しいのかもしれない。これは元々私の所有していた武器なのだから。
棺のようなこの物体はその外見から武器と判断するには難しい。
だがこれは本来の状態ではない。力を解放すればかなりでかくなり、形も変化する。
私にしか扱えない、私だけの武器なのだ。今では燃え尽きてしまったと思っていた武器。
私は目を閉じ、コムイとの会話を思い出す。
私は聞いた。何故持っていることを今まで黙っていたのかと。


「君が入団したとき思ったんだ。“今、この武器を渡したらどうなるか”ってね。キミ自身はどうだい、フィーナちゃん?入団直後にキミがこの武器を受け取っていたらキミはどうしたかな?」


私は答えられなかった。どうしたかなど、今となっては分からないから。


「少なくとも僕は渡さない方がいいと判断したよ。これは見る限り、とてつもない武器だからね。あの時のキミは渡すわけにはいかなかった」


そこで聞いた。ならば何故今渡すのか、と。
返答を待つ私に、コムイは保っていた微笑を崩し、ヘラっと笑ってみせた。


「さあ、僕にもよく分からないよ。ただ…今の君なら、大丈夫かと思ってね。このことに関しては君自身もよく分かっているんじゃないかな」


私は閉じていた目を開け、移りゆく景色を見る。
私の変化とは一体何だろう。コムイはああ言っていたが、私は自分のマイナスな変化しか分からない。双燐も認めてくれた、私のプラスの変化とは一体何なのだろう。
私はしばらく考えていたが、結局分からなくて首を振る。
まぁ自分で分からなくてもいいか。結果的に双燐は応えてくれたのだから。


『それに…お前も帰ってきてくれたしね』


私は武器にポンッと手を置く。
もう二度と触れられないものだと思っていたから、本当に嬉しい。
今は科学班が作ってくれた、私が背負って持ち運ぶための入れ物に入っている。
私は笑みを湛えながら再び車窓に肘をつき、外の景色を眺める。
しかし暇だ。ラビとアレンで遊びたい。



☆★☆



汽車に揺られて長時間。日も沈み、街灯の明かりが灯り始めた頃に、私は明るく賑わう中国へと到着した。


『長かった…』


私はぐったりとうなだれる。やはり長時間の移動はきつい。非常に休みたい衝動に駆られるが、ここでアレン達と合流するのだからそうもいかない。
私はため息をつき、ポケットからメモを取り出す。
何でもアレン達がクロス元帥の居場所を掴んだのだというのだ。今から行く待ち合わせ場所がクロス元帥の恋人の経営する店だとか。クロス元帥もそこにいるらしい。
情報が入ってきたことは何よりだが、これで私の中のクロス元帥の定義が確立された。


“クロス元帥=遊び人+女ったらし”


私は再びため息をつき、わいわいと賑わう中国の街を歩く。
背中にでかい鉄の塊を括り付けているせいか、周りの視線が多少こちらに向いている気がする。人がいる場所にはあまり向かない格好だ。


「あ、フィーナ!」
『ん…?』


名前を呼ばれてその方向を向くと、こちらに手を振っているアレン。そしてその隣にはラビとリナリーとブックマンとクロウリーがいる。
私は手を振り、その方へと駆ける。


「フィーナ!」
「おかえりさー」


私が駆けるのを見てか、アレンとラビはこちらに走ってくる。
私は足を動かしながら大きく手を広げる。そして、


『リナリ―――ッ』
「え…きゃっ」


一番奥にいたリナリーに思い切り抱きついた。
リナリーは小さな悲鳴を上げ、私の身体を受け止める。リナリーの反応が可愛くてたまらない。
私は満足げに笑い、リナリーは驚いた様子で体を離す。


「どうしたの?別れてそんなに経ってないのに…」
『あぁ、今はリナリーが可愛かったから抱き付きたくなっただけ』
「な、何言ってるの、フィーナ…」


リナリーは少し顔を赤らめる。
自分で言うのも何だが、私とリナリーに微笑ましい空気が流れているのが分かる。全てが純粋なリナリーがいてこそ成り立つものだ。
そこに亡霊のようにどんよりとした2名の手が伸びてきた。先程私が通り過ぎたことで空を切り、行き場をなくした手達だ。


「フィーナ、何かとっても虚しいんですけど…」
「オレもさ…」
『あぁ…アレン、ラビ。ただいま』


私はリナリーから離れ、ニコッと笑う。
2人は苦笑いし、お帰りと言う。


「それじゃフィーナの武器返しときますね。結局何だったんですか、これ」
『だからお守りだって。そんなに深い意味はないから大丈夫』
「ホントなんさ〜?」
『ホントだよ』


私はアレンから双燐を受け取り、鞘を抜いて消す。


「ところでフィーナ…その背中の物何?すっごく重そうだけど…」
『え…?あぁ、重たくないから大丈夫。一応武器だから持ってきた』
「これのどこが武器であるか?」
『ひどい言いようだね。まぁ説明すると長すぎる。いつか分かるよ』


私は笑みを浮かべて言う。
全員怪訝そうに私の背中を見つめていたが、私のせいでこういう空気に慣れているらしいアレンは仕切り直すように手を叩く。


「じゃあ本題に入りましょうか。ここが師匠のいるらしい店ですよ」


アレンはそう言って私達の目の前の建物を指差す。
人々のざわめきと海の波音を浴びながら聳え建つその建物はやたら派手で、でかい。ここの港では一番の店らしい。
クロス元帥は一体どんな女を捕まえたのか。


『ま、とりあえず入ろうよ。これ以上逃げられたりしたらたまらないし』
「そうですね…入りましょうか」


意を決したようにアレンは拳を握る。そんなに力まなくてもいいだろう。
私はアレンの肩を叩きながらのれんを潜ろうとする。


「待てコラ」


その時、中から誰かが出てきた。
ふと顔をあげるが、肝心な顔が捉えられない。予想以上に高い場所に頭があることに気づき、私は思わず口が半開きになる。


「ウチは一見さんとガキはお断りだよ」


ゴキッと手を鳴らしてその人は言う。背が高くて髪の毛はないが、恐らく女だろう。まぁ格闘技が他国よりも精通している中国では別に珍しくはない。
確かに一見さんであるし、ガキでもあるが用がある。何とか訳を話して入れてもらうしかないだろう。
交渉を試みたいところだが、前にいるくせに肝心のアレンとラビはビビりまくっている。
あまりにもラビが失礼な言葉を吐くので殴ろうとしたその時、ひょいっと2人の体がその女に持ち上げられた。


「わ――リナリー!!!」


――力もちだな、おい…
どうやら見かけ倒しではないらしい。
私は感心するが、さすがにこの状態はまずいだろう。


「仲間を離して!私たちは客じゃないわ!」
『タンマ、タンマ!エクソシストだから、私達!黒の教団!』


中国語で私とリナリーはその女に言う。
そこで女と、さらにアレンとラビの動きがピタッと止まった。
何だと思ったら2人はストッと下ろされる。


「ふぅ…ビックリした…」
『え、何?どうかした?』
「この人たちは教団の協力者らしいです」
『協力者?何それ』
「とりあえず裏口に回るさ」


私達は言われるまま、裏口へと移動した。
その間にラビに説明してもらった。あのでかい女はマホジャといい、協力者である店の店主に仕える者だそうだ。
協力者とはサポーター。つまりエクソシストに、黒の教団に属す者としてではなく、個人的に力を貸す者達だ。その者達はこの聖戦の事情を知り、黒の教団に協力する貴重な存在である。
ここの女主人がその協力者のリーダーだという。
私達は裏口を抜け、女主人の元へと通された。
部屋にいたのは目を疑ってしまいそうなくらい綺麗な女の人だった。


「いらっしゃいませ。エクソシスト様方。個々の店主のアニタと申します」


――…この人が……
何とも言い難い美人だ。横目で見るとラビは固まっている。どれだけストライクゾーン広めなのだ、こいつは。
不謹慎な反応に舌打ちしたくなる衝動を抑え、私はアニタの方に顔を向ける。


「早速で申し訳ないのですが、クロス様はもうここにはおりません」


………………。
………………。
………………。
………………。
………………。
………………。


『「「「「「え?」」」」」』
「旅立たれました。八日程前に」


アニタは淡々と言った。


『ウソでしょ…』


あんまりな情報に私は手で顔を覆う。
やっと見つけたと思ったのに、また振り出しか。
うつむいてため息を吐こうとしたその時、続いてアニタから言葉が紡がれる。




「そして…その船は、海上にて撃沈されました」




沈黙が流れた。
言葉が聞こえたのに、飲み込めない。
いきなりの事実に耳を疑わずにはいられない。


「今…なんて…?」
「八日前旅立たれたクロス様を乗せた船が、海上にて撃沈されたと申したのです」


耳を疑っても結局アニタから紡がれる言葉は同じだった。疑いようのない、真実だ。
私は衝撃のあまり停止させていた思考を再開し、下に向けていた視線を戻す。衝撃を受けるのは勝手だが、そのせいで考えることを止めるべきではない。
情報によれば他の船が助けに向かったが、クロス元帥も襲撃にあった船も乗客も何処にもおらず、代わりにそこには不気味な残骸と毒の海が広がっていたそうだ。
――…間違いない。
十中八九、それはアクマかノアの仕業だろう。
伯爵側は今、元帥を狙っている。居場所を割り出された元帥は逃げ場のない海上で襲撃にあったのだ。
クロス元帥の姿はおろか、船までないという状況から導き出される結論は一つ。元帥は沈められた。だから、その命は既に…――






「師匠はどこへ向かったんですか」


あまりに凄惨な話の後の沈黙をアレンが破った。


「沈んだ船の行き先はどこだったんですか?僕の師匠はそんなことで沈みませんよ」


アレンは深く信じるような目でアニタを見つめている。
私はそれを見て少し呆れ気味に笑う。
――…ま、いつものことか。
どんな絶対的な事実を突き付けられてもアレンは絶対に折れようとはしない。信じて、救済しようとする。今回のことも同じこと。毎度のことだ。
アニタはアレンの言葉に涙を流し、意を決したように立ち上がった。


「私は母の代より教団の協力者として陰ながらお力添えしてまいりました。クロス様を追われるのなら我らがご案内しましょう。行き先は日本――江戸でございます」
『…江戸……』


日本国。幕府の布教の恐れにより、現在は大規模な鎖国下にある国。ごくわずかな国としか交流がなく、他と完全に格別仕切った、“閉ざされた国”だ。江戸はそこの中枢…日本の中心部。
そんなところに元帥は何をしに行こうとしたのだろうか。教団からの逃走のためにそんなリスクのある場所を選ぶとは思えない。何か理由があって向かおうとしたのだろう。
だがどんな訳があろうと関係ない。私達は地の果てまで追いかけるまでだ。…実際に地の果てまで行きたいとは思わないが。


「明日、出発いたしましょう。どうぞ今夜はわが店でゆっくりとお休みください」





第046夜end…



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