長編 | ナノ

 第045夜 休務



朝になった。
ヒョコッと私は顔を出す。そこにはドタバタとせわしなく動き回る白衣の奴らの姿。来たのは科学班フロアだ。
結局、昨日は何度コムイに言っても、今日すぐに向こうに戻ることは許されなかった。協議とやらは今日の夜あたり。少なくとも今日一日は教団にいなければならないのだ。
あんまりな事実にかなりムカついたが、ここにいる時間を活用しない手はない。昨夜はゆっくりと身体を休めたし、久々に栄養のあるものをジェリーに食べさせてもらった。
それに先程は鬼の顔をした婦長に追い回されながら腕の治療を受けた。全治数週間らしいが、そんなものを待つ気は全くない。あれだけ注意を受けてもらっておいて申し訳ないが、普通に腕を使って普通に戦うまでだ。
これで最低限必要なことはやり遂げたことになるが、昨日のこともあるし今の教団の状態を知っておきたい。誰かに話を聞くために、比較的知り合いが多い科学班に来たのだ。
私は再びフロアを見渡す。
先日の襲撃もあってか、かなり慌ただしく働いているようだ。機械のキーをひたすら叩いている者もいれば、折れるのではないかと思うくらい力強くペンを握りしめ、紙に走らせている者もいる。
私はそんな奴らの間を縫うように奥へと歩く。
人を含む色々な障害物を避けながら何とか奥に辿り着き、私はイスに座って何かを書いている目の前の人物に話しかける。


『やあ、リーバー。大変みたいだね』
「お、フィーナ。帰ってきてたんだったな」


おかえりとリーバーは言い、すぐに視線を机の方へと戻した。
本当に忙しいのだな、と思いながら私はリーバーのまん前の椅子に座る。
リーバーは相変わらずガリガリと何かを書いていてこちらを気にする様子はない。
私は眉をよせ、机に積み上げられている書類に手をつけてパラパラとめくる。


「お、おいっ」
『うわっこれはひどい…』


書類の全てがとにかくひどい。任務の報告書、団員の個人データ、金利の管理、さらに過去の無関係だった奇怪の実状や近況を知らせるものまでと様々だ。分類分けしていないところなど非効率的にも程があるというものだろう。


「おい、お前が見ても分かんねェだろ。せっかく帰ってきたんだからゆっくり休めよ!」
『昨日ベッドで寝たから疲れはとれた。帰ってきても全くやることない。それとね、リーバー』
「ん?」
『私ってなめられるの一番嫌いなの』


私はリーバーの手からペンを取り上げ、目の前の書類の化学式を解き始める。過去に何度か解いたようなものだ。問題ない。
私がペンを走らせる姿を見てリーバーは驚いた様子で声をあげる。


「早っ!フィーナ、お前頭良かったんだな」
『別に。ただやったことがあるものだから』


この教団の仕組みを深くは知らない私が先程目を通したような情報をどうにかすることは出来ないが、軽いデータ整理や数字をただ解くことぐらいなら出来る。割と好きな作業の一つだ。
私はリーバーに応答しつつ、パラッとページをめくる。
細かな化学式をいちいち解いて結果を記さなければならないよう。こんなことをやっていたら重要なデータの整理が出来ないだろう。
私は数秒間悩やんだ末に立ち上がった。
――…仕方ない。
私は大きく息を吸い、手をメガホンにして叫ぶ。


『もしもーし!物理学、言語学、科学、数学の分野で解いたり訳したりするだけのやつ、よかったら持ってきてー!全部消化するからー!』
「「「マジ!!?」」」


科学班の希望の光を見据えるような視線が全て私に向く。
何故こんなにも神々しい視線を浴びているのだろうと考えること数秒、白衣の男達は一斉にこちらへと押し寄せてきた。


「それじゃお願いするぜ」
「悪いな、頼むよ」
「ホントすまん、よろしくな」


科学班の奴らは行列を作り、私のいる机に次々と書類を置いていく。
あっという間に私の机はビルのように書類が積みあがった。これは大変だ。
私は椅子にトスンと座り、積み上げられた書類を低く分けていく。


「おい、いいのか?」
『だって暇なんだもん。あんま使わないと頭なまるしね』
「…そうか。悪いな」
『全然。さて、久々に大仕事か』


私はポケットから髪紐を出して自分の髪をきつく縛り、書類の消化に取りかかる。
ここまで頭をフル回転させる作業は久々だ。昔は勉学の一環として1日中やったものだが、そこまでもつか不安になる。だがこの書類の塊を消化するにはやるしかない。
私は血走るかと思うくらいに目を開き、ペンを走らせる。


『…ねぇ、リーバー』
「前から思ってたんだけど何で呼び捨て?あと室長のことも。神田みたいだな」
『「班長」や「室長」を付けるのは敬う意味もあるでしょ。私はあんたらを敬う気はない』
「ああそうか。敬ってもらいたいとも思わないから別にいいけどな。それで何だ?」


私はペンを止めずに無表情のまま口を開く。


『教団の死者だけど、あれって…ノアでしょ』
「………正解」
『“ノアに殺された”って言う事実。その根拠は?』
「根拠ってわけじゃないんだけどな。解剖の結果、殺された3人のエクソシストの遺体がノアに殺されたケビン・イエーガー元帥と全く同じ状態だったんだ」
『同じ状態…?どんな?』
「体を開いた傷がまったく無いのに、臓器の1つが丸ごと取り除かれていたんだ」
『…そりゃ随分な変死体だ。その力で殺されていた3人って、誰』
「ソカロ部隊のカザーナ・リド、チャーカー・ラボン。それとティエドール部隊のデイシャ・バリーだ」
『ティエドール部隊…?あぁ、そうだ。神田って死んだ?』
「…お前なんてこと聞くんだ。生きてるよ、ちゃんと。兄弟子のノイズ・マリっていうエクソシストと元帥を護衛してくれてる」
『ちっ…』
「お前いつか罰当たるぞ」
『フン…何考えてるか分かんないから私、あいつ嫌い。――まぁ大体は分かった。他に何か気になることは?』
「…何でお前がそんなこと聞くんだ?」
『他の部隊の諸事情も知っておきたいの。役に立つことがあるかもしないから』


私の言葉にリーバーはペンを書類に走らせる手を止め、複雑な表情になる。


「…一人だけ、エクソシストの中で行方が分からない奴がいる」
『行方不明者?誰』
「ソカロ部隊のスーマン・ダーク。アレンと同じ、寄生型の適合者だ」
『…行方不明ってことは既に殺されてるか向こう側に捕われてるかもしれないね。まぁ無事を祈ろうじゃん。――はい、まずは10枚消化!』
「早っ」


渡された書類に目を見開くリーバーを私は得意げに笑ってみせ、残りの書類の束に手を伸ばした。



☆★☆



『……リーバー、はんこ』
「ほいよ」


紙面一枚にポンッと印が押される。
それを確認し、私はグイッと伸びをした。


『消化―――っ』
「「「おお〜!!」」」


科学班からパチパチと拍手が起こる。
あれから約10時間。ビルのように積み上げられていた書類無くなり、私の机は真っさらになっていた。
消化した書類のリストをリーバーは手に取って見る。


「なんて奴だ…オレでも2日はかかるぞ」
『ははっ頑張ったよ。わりと大変だったけどね』


私は立ち上がろうとするが、足に力が入らずに留まる。


「ん?どうかしたのか?」
『おなか減った…』
「あ、そう言えば昼抜きだったな」
『晩御飯もね。あーだめ、エネルギー切れ…』


私は机の上に突っ伏す。


「よかったら食べるか?」
『え…?』


顔を上げると、そこにはホクホクとしたメロンパンが差し出されていた。
差し出しているのは先程書類を渡してきた者の一人だ。


『いいの…?』
「あぁ。ジェリーに焼いてもらったんだ。まだあるから」
『嬉しい。ありがと』


私は礼を言ってそれを受け取り、かぶりつく。
口の中に広がるほどよい甘さに思わず笑みが零れる。
本当においしい。


「いい顔して食うな…それじゃあオレも」
「んじゃあ俺も!」
『え…』


科学班の者達は次々とこちらへ押し寄せ、食べ物や飲み物を私の机の上に置いていく。それはあっという間に山積みになり、先程の書類のような状態になった。
呆気にとられて目を丸くしていると、気付いたら周りは白衣を着た男達に囲まれていた。


「お前すごいな、あんだけの書類消化するなんて」
「まだ15歳だろ?どんだけ頭いいんだよ」
「ホントすげぇや。なぁ、良かったら俺達のとこ転職しないか?」
「何言ってんだよ、お前っ!」


バシッと叩かれる男の姿を見て全員が笑いをあげる。
私は呆気にとられてそれを見ていたが、フッと笑いが溢れた。慣れない空気ではあるが、嫌いではない。
科学班の男達に話しかけられ、笑いながら私は会話する。
そこでトントンッと肩を軽く叩かれ、振り返るとリーバーがカップを差し出していた。


「ほら」
『うん、ありがと』


私は受け取り、中身を確認すると温かいココアだった。私がコーヒーを飲めないことを知ってのことだろう。多少ムカつくが、気を使ってくれたことにとりあえず感謝する。
リーバーは自分のコーヒーをすすり、椅子に座る。


「お前のおかげで助かったよ。何人かの奴らが仕事が減って仮眠がとれたんだ。ありがとな」
『別にいいよ。わりと楽しかったし。それにほら』


私は机の上に山積みにされる食べ物を指さす。


『こんなにもらっちゃったしね』


見ているだけで思わず笑ってしまう。
私はクルッとイスを回して皆の方に向き直る。


『私でよかったらいつでも手伝うから。また呼んで』
「ありがとな。何かお前っていい奴!」
「ホント。最初見た時は何だ、こいつとか思ったけど」
「まっさか逃げるなんて思わなかったもんなぁ」
「そうそう!探索部隊に化けてたんだっけ?」
『一体いつの話してんの』


私が仏頂面でふてくされると再び科学班から笑いが起きる。
こんな夜に笑い声をあげているため、他の部隊の奴らが何だ?何だ?と言っているのが分かる。はたから見たらおかしな光景だろう。
だが私も思わず表情が緩み、笑みが溢れた。


「…って、キミ達!何してるの、仕事しなさい!」
「「「あんたが言うか!!」」」


同時に叫ばれる声に感嘆しながら振り向くと書類を手にしたコムイが立っていた。
そこで突然、私の肩にリーバーの手が乗っけられる。


「フィーナが書類を全部消化してくれたんスよ。室長がほっぽり出してたやつもみんな」
「え、フィーナちゃんが…?」


コムイがひょっこり顔を出して私を見る。
それに私は鼻を鳴らしてリーバーの腕をどける。


『別に。暇だったからやっただけだよ』
「でもありがとう。助かったよ。それとね、フィーナちゃん。協議の結果が出た」
『ホント?』


コムイはニコッと笑って頷く。


「シンクロ率は正常で怪我の具合も良好。戦闘を許諾するには十分だ。だからフィーナちゃんは任務続行決定!」
『よし!』
「よかったな!」
「大変だろうけど、頑張れよ」


私は頷き、貰った食べ物を持って立ち上がる。


『それじゃ、私は準備があるからもう寝るよ。おつかれ』
「おつかれさん!」
「また来いよ!」


私は科学班の者達に手を振り、もらったものを抱えてフロアを出た。
――結構疲れたなぁ…
首を回して肩の痛みを感じながら私は思う。
だが心残りはない。貴重な休みを活用できたし、やりたいことは全部出来た。それに、
私は後ろを振り返る。そこにはこちらに手を振る科学班の者達。


『何か、気分いいし』


私は小さく呟き、歩き出す。
さて、明日に備えて早く寝よう。
私は大きく伸びをし、自室へと向かった。





第045夜end…



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