長編 | ナノ

 第044夜 同調率



『お金はここに請求しといて』


私は店の店主に教団から数十枚と拝借した紙を渡す。丸一日かけての大移動のために汽車の待ち時間を利用して菓子と飲み物を大量に買い込んだのだ。教団のシステムとは便利なものだと改めて実感する。
私は店主に礼を言い、急ぎ足でアレン達のいる駅の中へと入る。


『おまたせ』
「フィーナ、やっと来た」
「またたくさん買ったな、おい」
『もちろん』


ラビの苦笑いに私は満面の笑みを返す。
そこで向こうからクロウリーが駈けてきた。


「汽車が来たである!」


どうやら出発のようだ。
私は到着して停止した汽車の中に乗り込み、窓から顔を出す。


『じゃ。リナリー達に話しといてね』
「分かったさ。フィーナも気をつけろよ」
『うん……あっ』


私は双燐を取り出し、鞘ごとアレンに差し出す。


「え…何ですか?」
『お守り。きっと効果あるよ』
「何ですか、きっとって…」


アレンは何かと言いつつも双燐を受け取った。
とりあえず受け取ってくれたことに安堵する。


「でも2本武器がないとフィーナ、不便なんじゃないさ?」
『別に大丈夫だよ。どのみち両手は使えないし、いざって時は何本でも生み出せるから』


私はもう一本双燐を生み出して見せ、予備の鞘に入れて腰にさす。これで何ら変わりない。
そこで汽車が煙を上げた。出発だ。


『それじゃ、また』
「コムイさんによろしく言ってください」
『うん。そっちも気を付けて』


汽車が動き出す。
私は軽く手を振り、遠ざかる3人に見送られた。
見えなくなったあたりで私は手を引っ込め、買い込んだ菓子を広げる。丸一日暇になるが、ただ汽車に揺られるしかない。
私は肘をつき、菓子をつまんで夜までの時間を持て余した。



☆★☆



『……着いたぁ』


私は崖の上でポツリと呟く。
ちなみに上ったわけではなく、双燐を巨大化させてその上に乗ってきた。双燐の大きさの調節は数と違って限界がないため、持ってさえいなければ便利なものだ。
私は双燐を消し、地に開いた巨大な穴を気にするでもなく門番の前に出る。


『どうも。あんたとは初めましてだね』
「フィーナ・アルノルトだろ?話は聞いてんぞぉ」


初めてこの教団に来た時は意識を失っていたし、任務で出入りする時は必ず水路だったため、門番とは初対面になる。
あまりの大きさに感嘆していると、問番は目から光を出し、私を照らし始めた。アクマか人間か識別するためのシステムらしい。教団開設以来、ずっとこの門番はいるとか。


「OK〜こいつは人間だ」
『ふぅ…ありがと』
「開門〜〜〜〜」


問番はそういい、門を開ける。
重たそうに巨大な石の門がその口を開けた。結構大掛かりな仕掛けになっていることに驚いた。アクマ対策の教団のシステムはすごいものだ。
見ると中に私に手招きしているコムイの姿があった。
私は荷物を持ち、中に入る。


「やあ、お帰り」


コムイは笑って言う。
だが違和感を感じた。笑っているはずなのに今いち明るさが伝わってこない。何か、変だ。


『……何かあった?』
「え?どうしてだい?」
『疲れてるように見えるから、あんた』


私はコムイを指さしながら言う。
コムイからは明らかに疲労の色が窺える。事柄までは分かりかねるが、何かあったとしか思えない。
コムイは質問には答えず、背中を向けて歩き出す。


「ついてきなさい」


コムイはそれだけ言った。
私は目を細め、言われるがままにその後ろについていった。



☆★☆



――…何、これ……
私は呆然とその場に立ち尽くす。
コムイに連れてこられたのは大聖堂だった。本来なら来る者達が祈りを捧げるべき、神聖な場所だ。
だがそこには敷き詰められるように棺が並んでいた。大半が白。そして手前に6つの黒い棺。色の違いの理由など明らかだった。白は探索部隊。黒は…エクソシスト。
真夜中にも拘らず、何人もの人間がその棺にすがりつくように泣いていた。
私はバッとコムイに振り返り、やっと言葉を発する。


『ねぇ…これ、何なの?説明して』


私の問いにコムイはうつむき加減に答える。


「昨夜、多くのエクソシストと探索部隊の殉職者を出したんだ。今日一日かけて遺体は全てここへ帰ってきた。リナリー達にはさっき伝えてもらったよ」


ティエドール部隊、デイシャ・バリー。
ソカロ部隊、カザーナ・リド。チャーカー・ラボン。
クラウド部隊、ティナ・スパーク。グエン・フレール。ソル・ガレン。


「以上6名の死亡。探索部隊を含め、合計148名の死亡を確認した」
『148…っ』


あまりに多すぎる。エクソシストはこの世に30人にも満たないはずだ。それを一気に6人も失うなど、異常な事態。不吉の事態は、このことだったのか。
――だったらこれから起こる不吉もまた…?
困惑する私の肩にコムイは手を置く。


「もう夜遅い。せっかく帰ってきたんだ、ゆっくり休むといいよ」
『…嫌。早くシンクロ率を調べて』
「でも…」
『私はそのために戻ってきたの』


コムイは再び何か言おうとするが、私の目を見てフゥっと息を吐いた。


「そうだね。じゃあ行こうか」


歩き出すコムイの背を追って私は教団の廊下を歩く。
何故こんな事態になったのかは分からないが、私の今すべきことはここへ戻ってきた理由を果たすことだ。
私は双燐を握り締め、棺の広がる空間から出た。



☆★☆



「久しぶりだな、フィーナ」
『元気そうで何より、ヘブラスカ』


私は目の前のヘブラスカに笑いかける。
最初見た時はその大きさや変わった容姿にかなり驚いたものだが、ここ数カ月、任務から帰還する度見上げていたため、もう慣れてしまった。随分と仲も良くなり、最近はお喋りにも付き合ってくれる。
――…さて、と…
私は息を吐き、腰の双燐を抜く。


『早速だけど、お願いしていい?シンクロ率調べて』
「ああ、分かった」


ヘブラスカから触覚が伸びてくる。


『………』


初めての時よりもかなり身体が硬直する。これで69パーセントを下回っていれば私の発動は禁止され、同時に任務復帰は出来なくなる。
私は祈るように双燐を握り締めた。
同時にヘブラスカの触覚が私と双燐に触れる。


「……5%…13%…31…」


ヘブラスカが数値を言い出す。
私はギュッと目を瞑る。
――戦う手段だけは、奪わないで…
ヘブラスカは数値を言うスピードを徐々に早める。


「…45…60…79…88%!」


ヘブラスカの言葉が途切れた。
――………え?
しばしの沈黙が下りた。
ヘブラスカの触覚が身体から離れていく。
私はただ呆然と立ち尽くした。
そんな私にコムイは笑いかける。


「よかったね。やっぱりフィーナちゃんはすごい!」
『…88?』
「そうだよ。十分な数値だ」


コムイの満足そうな笑みを見、ようやく実感が持ててきた。シンクロ率が69パーセントを上回ったのだ。完全に戻っている。
――帰れるんだ…
私はどっと安堵のため息をついた。


『よかった…』


本当によかったと思う。もし超えていなかったら脱獄してでも戻ろうと思っていたところだ。未だに懲りていない自分自身に笑いたくなるが、その結果を免れたことにも安堵する。
だがここまであっさりだと逆に拍子抜けしてしまう。そこまで伸びていないことは覚悟していたつもりなのに、それとは逆に戻っているなど。
私は双燐を見つめながらコムイに尋ねる。


『88%って、一体どういうこと?』


確かに修行はした。それなりに努力したし、戦闘でも技の使用は控えてきた。
だがそんな目に見える努力でシンクロ率がここまで取り戻せるなど驚きだ。イノセンスとはもっと奥深いものだと思っていたため、逆にそれがとても衝撃的だった。
私の問いにコムイはニコッと笑い、手すりにもたれる。


「ボクの言ったこと、覚えてるかい?3か月前に言った、シンクロ率の低下の原因のこと」
『え…あぁ、覚えてるよ。長時間私の体を生かしていたためのイノセンスへのダメージ、それと武器が変化しているのかもしれない、ってこと…だよね?』
「その通りだよ。実際に前者の方は合っていたと思う。イノセンスにそれなりのダメージは受けていたはずだからね。だけど後者の方は間違いだったんじゃないかと思うんだ」
『…どういうこと?』
「うん。僕はね、こう思うんだ」


コムイは再び笑う。




「変わっていたのは、君だったんじゃないかってね」




コムイの言葉に私は目を見開く。
――私が、変わっていた…?
変わっていたのは分かっていた。だが…受け入れられなかった。弱く変わっていたと思っていたから。変わることがだんだん怖くなっていったから。
だがその変化にイノセンスは反応し、応えてくれた。自分では嫌悪していた変化をイノセンスはプラスとして捉えてくれていたらしい。それが今まで報われてこなかった自分を認めてくれるような気がして、何だか嬉しくなった。
私は思わず笑みをこぼし、ギュッと双燐を握る。


『なんか、嬉しい…』
「…いい顔するようになったね」
『え…?』
「何でもないよ。それじゃ、そろそろ休もうか。もう本当に夜遅いからね」


そう言ってコムイはエレベーターを上へと動かし始めた。
私は上機嫌で双燐を鞘に収める。


『シンクロ率戻っててホントよかった。明日からまた出発だ』
「え…えっと……」
『ん?』


コムイがあー…と何やら気まずそうな顔をする。
その顔を見て何か嫌な予感がした。
私はグイッとコムイの胸倉を掴む。


『ねぇ、シンクロ率は戦闘許諾範囲だったよ?伸びたよ?上がったよ?それで…戻してくれるんだよね、あ・し・た!』
「えっと、それは……まだ協議があって…」
『…で?』
「結果は明日の夜……だからそれまで…あは☆」


つまり、最低でも出発は明後日になりますよ、と。明日は協議があるので丸一日出られませんよ、と。
コムイの言葉にしばらく私は沈黙した。
そして強く胸倉を掴み上げ、叫ぶ。


『コムイィイイィイィッ!!』
「わ――ッ!ごめんね、ごめんねっフィーナちゃん!」


私はしばらくコムイの身体を揺すり続け、怒鳴りまくる。騒ぎに団員が駆けつけ、止められるまでその騒動は続いた。





第044夜end…



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