長編 | ナノ

 第043夜 帰還の通告



ドンドンドンドンッ


朝から騒々しいったらありはしない。
私はドアを急ぎ気味にノックする音で目覚める。
リナリーやブックマンとの連絡もあって、寝たのは夜遅くだから目覚めが最悪なことは分かりきっていたことだが、やはり早寝早起きが定着したこの体には結構堪える。
自分の幼児体質を恨みながら重々しい体を起こし、団服を羽織って出ると、そこにいたのはラビだった。


『……お…は…』
「語尾が消えてる。フィーナが寝ぼうなんて珍しいな」
『寝不足なんだから仕方無いでしょ…ふぁあぁぁ』


私は目をこすって伸びをする。


『待ってて。もう起きるから』
「あぁ、それもあんだけど…なんか連絡があってさ」
『連絡…?誰から?』
「コムイからさ。フィーナに緊急って。ついてこい」


何だ一体。
私は顔をしかめ、ラビの背についていく。
踏む度に軋むくらい古く、急な階段を下りるとゴーレムに繋がれている電話が目に入る。


「じゃ、オレは先に朝メシくってるさ♪」
『ラビ、後でしばくよ』


ラビは笑いながら食堂の方へ入って行った。私が空腹だということを知ってて言ったのだろう。
私は数秒間食堂の入口を睨み、ゴーレムにむっきらぼうに声をかける。


『こんな朝早くに何の用?』
≪おや。おはよう、フィーナちゃん。ご機嫌ななめのようだね≫
『朝ご飯まだなの。用件なら早く言ってもらえる?』
≪分かったよ。じゃあ単刀直入に言うね≫


私はゴーレムを背に大きく欠伸をする。緊急に用といっても頭がボケたこの状態では緊張感など欠片も無い。
妙な間の空きの後、コムイの声がゴーレムから響く。




≪フィーナちゃんにはこれから早急に、教団の方へ帰還してもらいたい≫




私は目をこすっていた手を静止させる。完全にボケた頭では言われたことを飲み込むには時間を要するものだ。
数秒間の沈黙のち、私はやっとのことでコムイの言うことを理解し、振り向く。


『はぁッ!!?』


我ながら素っ頓狂な声だったと思うが、それは仕方ないことだろう。何せ、何の前触れも無しに教団へ帰れというのだから。
コムイは私の反応は想定済みだったようで、ゴーレム越しで落ち着いていることが分かる。


「聞こえなかったのかい?キミには一度、教団の方へ帰還してもらいたいんだ」
『どういうこと?何で私が帰らないといけないの』
「実はキミのシンクロ率を調べたくてね。前に調べたキミのシンクロ率は以前と比べてとかなり落ちていただろう?それ以上落としたら戦闘は難しくなるし、任務の支障になる。だからもう一度調べておきたいんだ」


――シンクロ率…。
私が教団に入団した時、コムイは言っていた。私のシンクロ率は80パーセントを超えていたはずなのに69%とかなり落ち込んでしまった、と。
その原因はコムイの推測によればイノセンスのダメージ、またイノセンスの変化。両方の対処策を伝えられ、それをこなしてきたつもりだが、実際にその推測は憶測にすぎないため、実際にシンクロ率がそれによって戻っているという保証はない。逆にまた低下しているかもしれない。
発動はしていてもシンクロ率の高低を示す技を使っていない今の状態では、私の口からは何とも言えないのだ。だから一度帰還させて、再びヘブラスカに調べてもらうという。


「それにクロス部隊はこれから中国に向かうんだろう?現在アジアにアクマが大量発生しているという情報が入ったんだ。これからは頻繁にアクマと戦うことになる。だからここで一度調べておいたほうがいいんだ」


中国に入ってしまったら、いつになるか分からないから。
コムイは緊迫気味の声でそう言う。
だがそこで「はい、分かりました」と承諾するわけにもいかない。


『じゃあ聞くよ。もしシンクロ率がさらに低下していたとしたら私、どうなるわけ?』


私は右肘を付き、低く問う。
コムイはわずかに間をあけ、しかし淡々と言う。



「……前段階の最高値を下回っていた時点で戦闘許諾数値を下回る値とみなされるんだ。協議の末、恐らくこの任務からは外される」
『…っ』


コムイから発せられた言葉が頭の中で幾度も反芻する。
教団へ戻ってシンクロ率を調べた結果が69パーセントを下回っていた場合、私がイノセンスを使用することを禁止される。アクマと唯一の戦闘手段であるイノセンスが満足に使えない適合者など任務でいても価値などない。完全に外されるということだ。
私はしばらくの沈黙の末、


『………じゃ…ない』
「え…?」
『冗談じゃない』


ゴッと私は壁を殴る。痛みに拳が痺れるが、そんなことどうでもいい。
私は目の前にパタパタと飛ぶゴーレムを睨みつける。


『アクマが大量発生してるなら尚更私が抜けたらダメじゃん。それに中国も目の前なのに、ここで引き返すなんて冗談じゃない。笑わせないで』
「フィーナちゃん…」
『私は今まで通りクロス元帥を追う。絶対に抜けない。教団には帰らないから』


私はゴーレムと電話の接続部分を見る。これを抜けば通信が切れる。
私はそこに躊躇いなく手をかけ、ひっこ抜こうとする。


「…キミは、自ら足手まといになるつもりかい?」


ピタッ


私はコムイの言葉に手を止め、ゴーレムを見上げる。


『足手まとい…?私が?』
「ああ、そうだよ」


あっさりと肯定されたことに私は言葉が出なくなる。


「ラビから報告を受けたけど、キミは左腕を怪我しているんだろう?そんな状態だったら今まで通りうまく戦えないはずだよね。戦闘では嫌でも足を引っ張ることになる」
『………』
「シンクロ率だってどうなっているか分からない、不安定な状態なんだ。もし低下していたらどうなると思う?発動が危険になることは前にも教えたよね?」


コムイの言葉に私は言い返せない。全部本当のことだから。
足手まといになっている…そのことは考えないようにしていた。自分の存在が何かの弊害になっているということなど認めたくなかったから。今までは何かに、誰かに必要とされてきたから。だが、
――…私は、弱い…。
エリアーデの言っていた言葉だ。
私は弱い。弱くなっている。精神的にも身体的にも弱くなりつつある。
そんな私がいたら当然足手まといになるに決まっている。
分かり切っていたことなのに、認めたくなかった。自分が不必要な存在だということは認めたくなかった。
私は再び壁を叩き、ギリッと歯を鳴らす。


『どうしろって言うの…』
「言っただろう?一度教団へ帰還するんだ。シンクロ率が正常だと判断されればまた任務へ戻れる。自分のイノセンスを信じているなら言う通りにするんだ」
『信じてる…でも…』
「これは命令だよ。早急に教団に戻りなさい」


私は押し黙る。何を言っても無駄。言い訳にしかならないから。今の私には否定や足掻きの言葉しか出てこないから。
今までこんなことなかった。あるはずがなかった。
だが、弱くなってしまったから。全ては弱くなってしまったせいだから。
私はしばらく沈黙していたが、わずかに息を吐く。


『分かった。教団に帰還する。それですぐに帰ってくる』
「…うん。分かったよ」
『それとさ、コムイ』
「ん…?」


私はゴーレムを見つめたまま、にっこりとほほ笑む。


「いくら室長でも私に命令しないでねー」



ドッ!!



私は双燐を発動し、短剣のまま電話へと突き刺した。
電話は見事に破壊され、妙な電気音を発しながらバラバラに地に落ちる。
通信手段を失ったゴーレムからは何も聞こえない。
私は鼻を鳴らし、双燐をしまう。
壊れた電話の修理代は間違いなく教団だろう。ざまあみろ。
私は心の中で吐き捨て、踵を返して歩き出す。
ここからかなり離れている教団へ帰還するのだ、すぐに出発しなければならない。
私は多少うつむき気味にため息をつく。
準備しなくてはならないという事実を憂鬱に思い、朝食を食べるために食堂へと向かった。



☆★☆



「あ、フィーナ」


アレンは私に向かって、こっちこっちと手を振っている。クロウリーとラビも、アレンと一緒に朝食をとっていた。
3人が囲んでいるテーブルには誰も手を付けていないココアが一つ置いてある。これが好きだと知っているアレンが頼んでおいてくれたのだろう。
私はあいている椅子に腰掛け、仏頂面で肘をつく。


「どうかしたんですか?コムイさんに説教でもされました?」


アレンは朝食を頬張りながら冗談っぽく笑って言う。強ち笑い事でもなかったりするのだが。


『…私ね、一回教団へ帰還することになった』
「ふぐっ!!」
「はっ!?何で!?」


私の言葉にアレンはパンを喉につまらせ、ラビはテーブルに手をついて立ち上がる。思った以上の反応だ。
私はアレンに水を渡し、ラビを座らせ、仕切り直す。


『私、入団した時からシンクロ率が不安定でね。また一度調べるから戻らなきゃいけないの。命令だってさ』


水を流し込んで喉に詰まった物をようやく飲み込んだらしいアレンは涙目で私を見る。


「そう、なんですか…じゃあ、いつ戻ってくるんですか?まさかこの任務の間はずっと…」
『そんなわけないでしょ』


私はアレンの額をピンッと弾く。


『シンクロ率が戦闘許諾数値だって判断されれば戻ってこられる。必ず合流するから』


許諾数値でなかったら、とは言わない。何があろうと必ず戻ってくる気でいるから。
私はパンを右手で頬張りながら、左手で4本の指を立てる。


『往復で丸2日。滞在期間は1〜3日。まぁ少なくとも4、5日程度で戻れるよ』
「4、5日だけ…であるか?」
「何だ。だったらすぐですね」
『そ。だから大丈夫』


3人の安堵した表情に私も笑う。
私が戻る頃には既にアレン達はリナリーと合流し、中国に入っていることだろう。しばらく抜けるのは申し訳ないが、その間のクロス元帥の捜索は任せるしかない。


『合流する時には連絡する。悪いけど先に中国に入って任務続けてくれる?』
「分かりました」


朝食を食べ終え次第、私はすぐに出発になる。
ここから教団までの移動時間は片道丸1日。ずっと汽車に揺られていなければならない。しかも一人で。暇を持て余すのに何をしよう。やはり食うしかないか。


「あ、そうだ…フィーナ」
『何?』
「不吉なこと…何も起こりませんでしたね。僕ちょっと心配だったんですよ」
「ああ、実はオレもさ。フィーナ、マジな顔して言うから…」


アレンとラビは揃ってあははと笑う。
確かに昨日寝室に入る他3人の顔は不安の色が明らかに見えていた。
それ故無事にこうしていられる安堵が大きいのだろうが、生憎それはぬか喜びに終わることだろう。


『…残念ながら起きたんだよ』
「「え…?」」


今日、私が生きている限り。


『“私達”に直に起こらなかっただけ。 何処かで 必ず 不吉は 起きた 』
「だ、だが…だったらそれは何処で…」
『さあね。どのみちすぐに知れるよ。私の近くで起こったことは間違いないんだから』


これは私に向けられている不吉だけを知らせるものではない。他者の、近親者の不吉を知らせるものでもあるのだ。
これが外れたことは今までない。昨日、必ずどこかで不吉は起きた。それは誤魔化しようのない真実であり、昨日実際に起きた事実だ。
それが何なのかは今言ったようにすぐに知れることだろう。


『でもまぁ、終わったからって安心しない方がいいかもね』


私は最後のパンの一切れを口へ放り込み、ココアのカップを手に取る。


『南向きの風は、まだ吹き終わっていないから』


私は視線を落としながらココアをすする。既に覚めたココアは喉を不快な感触で通り抜けていった。





第43夜end…



prevnext

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -