長編 | ナノ

 第???夜 解かれ連なる2つの心



「フィ…ナ…」


誰かが私を呼んでいる。私の意識がボヤけているせいなのか、その声はとても聞こえづらいものだった。
瞼を開けると私の身体が何処かのベッドに寝かされているのが分かった。
幸い今は頭痛も引き、わりと意識ははっきりしている。
大きく息を吐いて安堵すると私はゆっくりと身体を起こす。


『あ…』


ふと横を見ると私の寝ていたベッドに顔を伏せて寝息をたてているアレンがいた。先程聞こえた声はどうやら寝言だったようだ。
思いきり爆睡する姿を見て私はわずかに笑い、毛布をかけようと手を伸ばす。


『痛…っ!!』


思わず声が漏れる。動かした左腕がかなり痛いのだ。
見てみると腕には添え木が付けられ包帯でぐるぐる巻きにされていた。 何だこれ。
私は枕元に置いてあった双燐を右手に包帯を引き裂こうとする。
だがそこでガシッとその腕が掴まれた。


「…何して…るんですか、フィーナ…?ふぁあぁああ…」


アレンは大口を開けて欠伸をする。どうやら起こしてしまったようだ。
つられて欠伸が出そうになるのを抑え、私は右手で自分の左腕を指差す。


『アレンか、私の腕をこんな大根にしたのは』
「違いますよ。ラビがブックマンに連絡を取って応急処置をしたんです。急いで村に運んだんですから」


アレンは伏せていた身体を起こし、伸びをする。


「意識を失ったのは骨折から来る高熱によるものだそうですよ。フィーナの眠気は貧血で意識が飛びそうになってたから。よく今までもったものだってブックマンが感心してました」
『私の根性見たか』
「いや誉めてないですから」


アレンの毒づきに私は小さく舌打ちする。
そこでアレンがあっ!と声をあげる。少し驚いた。


「フィーナ、えっと…すいません」
『…あの、何が?』
「さっきのことですよ。フィーナの気持ち知らなくて…コムイさんから聞きました。“フィーナは昔、大切な人を奪われたことがある”………って」
『……そう。でもちょっとやり過ぎたよ。乱暴しちゃったし』
「いいんですよ。それに謝るのは僕です。望まずに奪われた人がいるのに、自分から愛する存在を壊すなんて傲慢ですよね。例えどんな理由があったとしても…」
『あ、いや…アレンのことは怒ってないよ?アレンがマナを壊したのは自分の意思じゃなかったんだもん。“左腕”が勝手にしたことなんだから』


アレンは先程のことを悔やむのと同時に自分を責めている。アレンは悪くないと言うのに。アレンはむしろ奪われた立場だというのに。


「でもクロウリーのことは責めないであげてください。あれは仕方なかったんです。ああすることしか、出来なかったんです」


ああすることしか出来なかった…?
アレンの言葉を反芻し、私は鼻を鳴らす。


『私なら大切な存在を殺すくらいなら大人しく殺されるけどね。もしくは逃げる。絶対に戦わない』
「僕が言えることでもないですけど、そういう立場になってでしか分からないこともあります。実際に愛する人の手に掛かって殺されそうになる時、何を思うかは決して想像出来ないものですよ」
『………』


実体験しているアレンの言葉に反論することも出来ず、私は黙りこむ。
アレンの言っていることは最もだ。その世界を知らない私が偉そうに弁ずることは出来ない。


『それでも…私には分からない』
「フィーナ…」
『ごめん。大好きな人を奪われた経験しか私にはないの』


自分自身の大切な存在を自らの手で奪う、その気持ちがどうしても理解できない。どうしても分からない。こんな私がクロウリーの気持ちを理解する日がいつか来るのだろうか。
――……来るわけ、ないよね。
私は目を伏せて薄く笑う。
私にはもう愛する人がいないのだから。愛せる人が、いないのだから。
こんなに辛いことが他にあるだろうか。辛すぎてたまに壊れそうになる。未来を見通すことは、こんなに悲しいのだ。


「フィーナ」


アレンの呼びかけに私は顔を上げる。


「フィーナが抱えているものは僕には分からない。けど辛い時は言って下さいね」


アレンはいつも通り笑みを浮かべ、言う。


「フィーナは一人じゃないんですから」
『………うん』


本当に、アレンは優しい。自分の辛さはみんな一人で抱え込むくせに、他人のことは一緒に背負いたがる。アレンはやはり他の奴とは違うのだ。
私は握っていた拳を解き、右手をアレンに差し出す。


「…え?何?」


小首を傾げるアレンに私はニコッと笑う。


『仲直りの仕方、ラビに教えてもらった。手を握るとね、自然とお互いを許せちゃうものなの。仲直りしない?』


理由はどうであれ私がアレンを傷つけ、怒らせてしまったことは事実。心の痛みに耐える私をアレンが引っ叩き、よけいに辛くなったのもまた事実。互いに悲しく、互いにひどく辛いことだった。一方が謝ったところで一度できた溝は簡単には埋まらない。
だからそれを互いに許し合えばいいのだ。互いに許し、埋め合えばいいのだ。
アレンはしばらくキョトンとしていたが、フッと笑って私の手を取る。


「フィーナ、色々すいませんでした。叩いたところ痛かったですよね」
『腕の方に比べたら全然マシ。私の方こそごめん。これからも一緒に戦っていこ』


私とアレンは互いの手を握り、笑った。
まさかアレンと本気で喧嘩するなんて思わなかったし、こうやって仲直りをする日が来るとも思わなかった。
でも少しだけアレンのことが分かった気がする。アレンも少しだけ私のことを分かってくれた。だからこういうこともたまには悪くないと思う。
私達の笑う声が部屋に響き続ける。
その時、ガチャッとドアが開く音がした。
私とアレンが視線を向けると、そこにはラビとクロウリーが立っていた。


「あれ?わりィ、お邪魔だったさ?」


私とアレンが手を握り合っている姿を見てラビがニヤニヤ顔で言う。
そこでアレンは私からパッと手を離し、そんなんじゃないと言う。


「え〜?でも何かいい雰囲気だったさ〜」
『もう、本当にそんなんじゃないって。馬鹿ウサギ』
「さりげなく非道な台詞吐かないでくれさ!」


だが本当にラビの思っているようないい雰囲気ではない。ただ仲直りしていただけではないか。ラビの神出鬼没はこれだから困るものだ。
私はふぅと息を吐き、ふとラビの隣りにいるクロウリーに視線を向ける。
クロウリーは私と目が合うなり気まずそうにそらした。
私はそれに苦笑いし、ベッドから降りる。


「ちょっと、無理すんな。まだ寝てろって」
『心配しなくていいよ。それよりラビ、さっき蹴ったとこ痛かったでしょ』
「全然っ!気にすんな」
『ありがと。治療も結構効いた』
「おうよ」


ラビが鼻を高くしているのを笑って見、その隣りのクロウリーの前まで移動する。


「あ…いや、私はその…」
『さっきはごめん』
「え…」
『感情に流されて言い過ぎた。乱暴したりして悪かったね』


私は今度はクロウリーに手を差し出す。


『私はフィーナ・アルノルト。仲直りついでにこれからよろしく』
「え、あの…」
「クロウリー、こういう時は素直に手を取るんですよ」
「そうさ。ほら!」


クロウリーは半ば強引に私の手を握らされる。
私は笑い、軽く上下に手を振った。


『よろしくね、クロウリー』
「……よろしく…である」


クロウリーはペコッと頭を下げてそう言った。
アレンとラビは私達を満足げに見つめていた。
――…私は、クロウリーを認めることは出来ない。
クロウリーのやったことが理解できないから、認めることは決して出来ない。これからもそれは変わらないだろう。
だが無駄な感情は戦闘の大きな支障になる。そこに付け入る奴もいる。だから淀んだものは全て取り払い、形だけでもスッキリさせておきたいのだ。
私は部屋にかけてあった団服を羽織り、双燐を鞘に収める。


『さて、じゃあ行くか。村人にはまだ話してないんでしょ?』
「ええ。フィーナの怪我でそれどころじゃありませんでしたから」
「ってことで村人に報告さ!」


私達は借りていた家を出て外に出た。



☆★☆



「く、黒の修道士さま!これはどういうことですか?何故クロウリー男爵がこの村にいるのです!退治してくださったのではなかったのですか!?」


家の外に出るとそこは村長を中心に村人達に取り囲まれていた。病み上がりの私には心臓に悪すぎる。
軽く動悸を覚えたが、前に出て村長に言う。


『クロウリーは誰一人村人を殺してない。クロウリーが襲っていたのは“アクマ”だったんだよ』
「あ、アクマ?」
「死んだ人の皮をかぶって人を殺す、悪性兵器の呼称です。クロウリーが襲った村人の全てがそのアクマだったんです」
「よーするに、クロちゃんはただアクマを退治していただけさ。あえて言うならあんたらを守っていたようなもんなんさ」


私達の話に村人はざわざわと騒ぎ出す。一般人は普通、アクマを知らないため動揺するのも無理はないだろう。
広がる混乱の波を粛清したのは村長のゲオルグだった。


「アクマを退治していただと!?そんなバカな話信じられるものか」
『だったらクロウリー城の墓場見てきなよ。グロい皮かぶった兵器が棺ごと掘り返されてることだよ』
「あんな場所に行くなんてごめんだ!どうせ私達を引きずり込むつもりだろう!」


呆れたものだ。信じられないのではなく、信じようとしないのではないか。どれだけ自分達の信念を曲げない奴らなのか。


「どっちにしろワシらにとっちゃ化物だ。出て行け!二度とここへは帰ってくるな!」


村長のその言葉に続き、村人達は叫びだした。化物!!去れ、と。
村人の非道な言葉はクロウリーに容赦なく浴びせられる。


「去れ!化物共!!」


そして、私達にも。丸一夜を戦って過ごし、この吸血鬼事件を命懸けで解決した私達にも。


ヒュン…


「え、フィーナ…?」
『………』







ドドドドドドドッ!!!







「「「…………」」」


シンッと一気に村は静寂に包まれた。先程までの村人の叫びがまるで嘘のように。聞こえるものと言えばカタカタと震える村人の歯の音だけだ。
私の投げた双燐は前方に出ていた村人の武器を1つ残らず弾き飛ばし、最後の1本は村長の帽子のど真ん中を思いきり貫いていた。
私は双燐を右の指に幾本か挟み、うつむきながら言う。


『見送りは結構だよ。お前らの声はひどく耳障りだ』


村人揃って一歩引く。信じられないというような眼差しを私に向けて。


『…失せろ』


低い私の一声に村人達はわあぁあぁああ!!と叫び声を上げ、それぞれの家に入っていった。
バタン、バタンッと戸を閉める音が響く。しばらくという間もかからず、やがてその音も聞こえなくなった。
私は小さく息を吐き、投げた双燐を全て消す。
――私もまだまだか…。
心の中で自分を笑い、クルッと3人に向き直る。


『さ、行こうか。リナリーに連絡とらなきゃ』


涼やかな笑顔で歩き出す私をクロウリーは蒼白な顔で、アレンとラビは苦笑いで見つめていた。
そういえばお礼もらっていない。村人が納得いかなかったとはいえ、事件は解決したわけだから報酬はもらいたいものだ。弁当は置きっぱなしになっている屋台から拝借すればいいが、菓子は諦めるしかないようだ。
私はため息をつきたくなるのを何とか抑え、


『…夜明けだね』


そう一言呟いた。
山間から零れる朝日が目に染みる。
気付けば街灯の明かりは既に消えていた。





第??夜end…



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