長編 | ナノ

 第041夜 予覚



≪もうっ!勝手に汽車降りてその上そんな大怪我するなんて。骨折だったら放っておいていいわけないでしょ!?≫
『はい、すいません。ちなみにですね、リナリーさん。昨日説明した通り私が汽車を降りたのは勝手ではなくアレンを助けようとして…』
≪言い訳しない!≫
『すいませんッ!!』


私はゴーレムに深く頭を下げる。
現在私がいるのは停止している汽車の前。停留時間を利用して電話とゴーレムを繋いでリナリーと連絡を取っている。
ちなみにラビはコムイの方。昨日の出来事やクロウリーのことを報告しているのだ。


≪腕が使えないんじゃ満足に戦えないじゃない。それだけフィーナの身が危険になるってこと分かってるの?≫


だがその報告が終わるなり、リナリーのお説教が始まった。何とか話をそらそうと思ってもすぐに戻されてしまうのだ。お陰で先程からヘコヘコ頭を下げてばかりである。


≪聞いてるの、フィーナ!≫
『ちゃんと聞いてる!聞いてるよ!――…ねぇブックマン、助けて。ホント助けて!』
≪お前さんの自業自得というところもあろう。そんな大怪我で大事に至らなかっただけでもありがたいと思え≫
『それは本当に感謝してるけど、説教はもううんざりなんだって。アレンやラビからだってさっきまで散々…』
≪それは小僧達やリナ嬢に言うがいい。しっかり反省せい≫
『………』


ブックマンの言葉はあまりに冷たく非情なものだ。
思うのだが、初めて会った時からブックマンの私に対する態度が野郎共と同じなのはどうしてか。リナリーにはそれなりの配慮や遠慮があるのに対し、私には全くない気がする。これでも一応女なのだが。


≪とにかくブックマンに言われた通り包帯は毎日取り替えること!修行は無し。戦闘で無理はしない。分かった?≫
『分かったよ。色々ありがと。それじゃ次の駅で降りて待ってて』


私は通信を切り、それと同時にどおぉっとため息をつく。アレンやラビの説教も続いたが、リナリーのお説教が一番長かった。それにブックマンからの言葉も少し心にくる。何だか精神的に疲れた。
私は電話とゴーレムの接続部分を外し、汽車に向かう。
汽車は丁度発車するところだったため、アレンに急かされて急いで中に乗り込む。
コムイと連絡を取っていたラビもギリギリで入ってきた。


『コムイ何て言ってた?クロウリーのこと』
「ああ、戦力の分散はしたくないからオレらと行ってもらうとさ」
「じゃあ師匠を一緒に追うってことですね」


わざわざ送り届ける手間が省けて助かった。
クロウリーは晴れてクロス部隊の一員だということだ。追う人が追う人だけにクロウリーにとってはあまり喜ばしくもない事実だが。


『ていうか、ラビ。私ってブックマンに嫌われてんの?』
「は?何で?」
『だってリナリーへの態度と私への態度が全く違う。アレンやラビとまるっきり同じ扱いなんだよね…』
「あ、確かに。名前もよく呼び捨てだし…」
『でしょ?だから嫌われてんのかなぁって。考えてみたら私って結構生意気だし』
「あぁ何だ。自覚してるんさね」
『………ラビの気持ちがよく分かったよ。行こう、アレン』


私はアレンを連れて立ち去ろうとするが、ラビが謝りながら止めてくる。


「冗談さ、冗談。確かにジジイが女の子にそういう態度とるのは珍しいな。つか初めてだな」
『じゃあどんだけ嫌われ者なの、私』
「いや、それは誤解さ!むしろジジイの奴、フィーナのこと見込んでんさ」
『は…?』


ラビの言葉に私は思わず呆けた顔になる。


「初めてフィーナを見た時、ジジイ言ってたんさ。まだ15歳であんなに聡明な表情をしてる奴なかなかいねェって。あいつはまだまだ伸びるだろうってさ」
『………ホント?』
「ホントさ。厳しくしてんのはその方がフィーナが伸びるって知ってるからさ。何よりも甘えを嫌う奴だってこと分かって接してんだよ」
『…そっか。そうだよね。何か安心した』


私はホッと息をつく。
そうだった。ブックマンは何に対しても常に傍観者であり、中立な立場でなくてはならない。そんなブックマンが個人的な都合で明らさまに他者に嫌悪を向けることはあるはずないのだ。


『それじゃ期待にそえるように伸びないと!頑張ろう』
「おぉ、急に元気になりましたね」
「大分フィーナは分かりやすいさ。――で?向こうは何て?」
『あぁ、次の駅で降りて私達を待っててくれるってさ。到着は明日辺りになるだろうね』


今日は多目に移動しなくては。
私達はこれからのことを話しながらクロウリーの待つ車両に乗り込んだ。



☆★☆



『あーもう、いつまでもグジグジしてないの』


私は鬱陶しいくらい続いていた沈黙を破ってそう言った。
ラビとアレンはそんな私に何か言いかけたが、口をつぐんだ。一理ある、とでも言いたそうに。
目の前のクロウリーはうつむいた状態でかなり沈んでいる。
車両に乗り込んで一番始めに目に入ったクロウリーの姿がこれだ。村長を含む村人に村を追放されたことをまだ気にしているらしい。


「しょうがねェだろ。いくら説明しても信じてくれんかったんだから」
「だが…っ」


クロウリーはぐすっと鼻をすする。村から追放されたことが本当にショックだったようだ。


「まぁ気持ちはわかりますけどね。さすがに僕もムカッときましたよ」
『思い出しただけでイラつくね。言うならあの村長こそが化物でしょ。顔とか顔とか顔とか』
「それは言っちゃダメですよ…。でも結局お弁当盗んできちゃったじゃないですか」
『これは当然の報酬だよ。窃盗じゃない』


私は2つ目の弁当の封を切る。
3人にもよかったら、と先程配ったところだ。


『お菓子の約束も守ってもらいたかったんだけどね。ま、その分の制裁はしといたけど』
「え…」
『あの屋台、フフッ…村長、今頃嘆いてるだろうね』


あれを切り裂いた瞬間は少し気が晴れたというものだ。
私の爽快感を思わせる顔を見てか、3人はシーンと黙りこんだ。
だが呆れられようが引かれようがどうでもいい。結果的に私は満足できたわけだから。


「で、でも…そういうことはやっていけないのでは…」
『甘いよ、クロウリー。やるなら徹底的に叩きのめすのが外界では普通なんだから』
「いやいや、普通じゃないです。手加減もありです」
「変な定義クロちゃんに吹き込むなって本気にするから」


左右に手を振りながら2人に考えを否定される。
そんなものか、と思い、私は卵を口の中に入れて頬張る。
そこでラビがクロウリーに提案した。ちょっと気晴らしに初めて乗った汽車の中でも見てきたらどうかと。クロウリーは城から外に出たことがなく、初めてのことばかりで興味を引くものがたくさんあるはずだ。
いい気分転換になるだろうと私とアレンも賛成した。


「う、うむ…そうであるな。ちょっと行ってくるである」


クロウリーは席を立ち、汽車の中を探索に行った。発動時とのあのキャラの違いは一体何か。あまりの対局さに違和感を覚えずはいられない。だがどちらか一方だけだとそれはそれで困るのでまぁいいか。
私はわずかに苦笑いをし、窓辺に肘をつく。
満腹になったことだし、移動時間は暇だから寝ることにしよう。
私は瞼を閉じ、汽車の走る音を聞きながら眠りについた。



☆★☆



「フィーナ!フィーナ!起きてください!」
「起きるさ、フィーナ」


アレンとラビに揺すられて私は目を覚ます。
何事かと思ったら、あれから3時間経つのにクロウリーが帰ってこないのだという。
――3時間も経つまで放っておくなよ…。
丸々3時間寝ていた私も人のことは言えないが。
だがこんな小さな汽車の中を3時間かけて回るような奴がいるわけがない。
何かあったのかと思い、私は渋々眠気を飛ばして歩き出す。


『多分これ以上にないトラブルメーカーになるよ、クロウリー』
「まぁまぁ。どうにかなるって、きっと」
『だといいんだけど…』


私は苦笑いし、次の車両の扉に手を掛ける。記憶が確かならば、これが最後の車両だったはずだが。
私はガラッと扉を開ける。




『……………は?』




目の前にある光景に思わず間の抜けた声が出る。
そこにクロウリーはいた。パンツ一丁にされた見る影もない姿で。


「悪いね。ここは今青少年立ち入り禁止だよ」


クロウリーの前にはトランプを手に持った丸メガネのモジャ毛男。それと仲間らしい男2人と小さな男の子。
丸メガネはもう一勝負とクロウリーを誘っている。何だ、これは。


「何やってんですか、クロウリー」
「こ、この者達にポーカーという遊びに誘われて…そしたらみるみるこんなことに…」
『…なるほど』


要するにカモられてしまったわけだ。世間知らずは苦労する。
私ははぁ…とため息を漏らし、クロウリーを押しのける。


『いい大人がこんなとこで何やってんの。公共の場なんだから店広げてないでさっさと片付けなよ』
「お、威勢がいいねェ」


口笛を吹きながら丸メガネの男は言う。


『茶化さないでくれる?悪いけどこの人、世間知らずなんだ。剥いだ身ぐるみ返してくれないかな』
「おおっと、それはできねェな。なぁ旦那、男だったら最後までやっていきなよ」
「わ…私は…」


おずおずと下がるクロウリーを見て再びため息をつく。
ずっと城にこもっていただけのことはあり、人との関わりは苦手らしい。イカサマだらけのゲームを断る気すらないとは。いやイカサマされていることさえ認識していないだろう。
だがこのままなのも見苦しい。
私はストンッとその場に腰を下ろし、タバコ臭い丸メガネに言う。


『代わりに私がやってあげる。私が勝ったらクロウリーの身ぐるみ全部返して』
「お、おい!何言って…」
「ふぅん…悪くないね。だけどオレが勝ったら何してくれんの?」
『何でも1つ言うこと聞いてあげる。勝った時に決めなよ』
「ほぉう。何でも、ねぇ…」


丸メガネはじーっと私を見てくる。
言い過ぎたかと思ったが、今さら引けない。こうなったら意地でも勝ってやろう。もし負ければ力で倒すか逃げればいい。


「ちょっとストップ」


私が密かに意気込んでいるところにアレンが割って入ってきた。


「ここは僕がやりますよ」
「お、おいアレン!?」
『いや、いいよ!私がやるから』


私は心の底から遠慮するが、アレンは間髪入れる間も与えず自分の団服とクロウリーの身ぐるみを賭けて勝負しないかと言い出した。
アレンに任せることは命取りだ。とてつもないアンラッキーの持ち主であることはこの数ヵ月、ずっと感じてきたことなのだから。


「まぁ見ててくださいよ」


だがアレンは大丈夫だと言う。
その顔はどこか自信に満ち溢れている。まるで勝つことが確定しているかのような表情だ。


『…それじゃあ、アレンに任せようかな。――ってことでラビ、団服脱いで』
「えっ!?オレの賭けんの!?」
『んなわけないでしょ。ちょっとクロウリーに貸してやって』
「え?」
『………あのね、察して』
「……?何を?」
『…クロウリー素っ裸でしょ』
「うんうん…で?」


バキッ


「い゛って――!!!」
『もう、鈍い!見苦しいから隠してって言ってんの!私女だから!!』
「え…あぁ悪い!そうだったさ」


一言余計な言葉に私はもう一度ラビの頭をグーで殴る。


『アレン、負けて裸になったりしたら…斬るからね』
「わ、分かってますって!」


これ以上見苦しいものを見せてくれるな。
私は近くのガランガランの席に座り、丸メガネVSアレンの勝負の観戦を始めた。





第41夜end…



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