長編 | ナノ

 第???夜 交わり絡まる2つの心



私達は元来た森をくぐり、もうすぐ開けるであろう夜の道を歩く。


『ねぇこれからどうするの、アレン?』
「とりあえず村に戻ろう。クロウリーさんが吸血鬼ではなかったって報告するんです」
「そうだなぁ。実際、クロちゃんはアクマを破壊してただけで人を殺してた訳じゃねェんだから」
「すまないである…」
「謝ることないですよ」


アレンから向けられる笑みにクロウリーは安堵したような表情を見せる。


「……もしかしたらこれでよかったかもしれないである。こうやって外に出てみると何だか吹っ切れたような気分になる。エリアーデに甘え、ずっと城の中にいたらこんな気持ちにはならなかったはずである」


ピクッ


私は伏せていた視線を上げ、クロウリーに向ける。その表情は今まで見た中で一番穏やかだ。


「エリアーデを壊したのにはまだ理由が必要であるが、いつかそれを無しで背負えるようになりたいである。エクソシストとしてアクマを壊し続けることを、いつか…」





ドッ!!





「…ぐっ!」


私はクロウリーの胸ぐらを掴み、近くの木へと押し付けた。


「フィーナ!?」
「何するんさ!」


2人の声には反応せず、私は上にあるクロウリーの目を突き刺すように睨む。


『………ふざ、けるなっ』
「え…」
『ふざけるなと言ったんだッ』


私は森中に響き渡るくらいの大声で叫ぶ。
何かを言いかけたらしいアレンとラビが押し黙ったのが分かった。
ビクッと怯えたような表情を見せるクロウリーの目を私はそらすことなく奥まで見据える。


『理由無しで背負えるようになりたい…?何かを壊すのに理由が無いわけないでしょ。あんたはエクソシストであることを理由にするつもりだろうけど、そんなの所詮仮初めだよ。あんたは自分の意思で、エリアーデを壊したんだ』
「……っだが!」
『だが何?あんたは自分が言い訳できるとでも思ってる?愛する者を手に掛けること、あんたどれだけ甘く考えてんの』


クロウリーは自分の手で大切な存在を奪った。二度と戻らないことが分かっていたはずなのに、それでも失う方を選択した。
――何故、なの…?
実際、クロウリーがやらなくても私達3人の誰かがエリアーデを破壊していただろう。エリアーデの末路は結果的に変わらなかったはずだ。
だが私が言いたいのはエリアーデの生死のことではなく、クロウリーのその選択についてだ。
クロウリーは愛する者を手に掛けるという選択をした。自分から失うことを望み、壊すことを望んだのだ。愛していたはずなのに。壊すことなどあり得なかった存在のはずなのに。


『何故…何故壊したの?愛して一緒に生きることを望んだ存在を…あんたのそばにいてくれた、唯一の存在を!エリアーデの最後の言葉、お前も聞いたでしょ!』
「……っ」


あなたを、愛しタかったのにナ…


『あいつだってあいつなりにお前を愛そうとしてた。それなのに、お前は…!!』
「おい!もう止めろって!」


クロウリーの首を容赦なく締め上げる私をラビが止めてくる。
私はその身体を右足で蹴り付け、木へと叩き込む。


「がっ」
『…黙っててよ、ラビ』


ラビは痛みに顔をしかめ、鈍い声を漏らして座り込む。かはっと苦しそうに息を吐いているが、本気は出していないから問題ないだろう。
私は冷たい視線をクロウリーに戻す。


『愛した者の命を絶ったお陰であんたは救われた。だけどこれだけは覚えておきなよ。お前のしたことは決して許されない。いつかこの罪に潰される日がきっとくる』


私の言う全てを否定するような表情だったクロウリーの顔が恐怖に染まった。見えるはずのない未来が私の言葉によって描かれたのだろう。
私は憎悪に染まっているであろう自分の顔をグイッとクロウリーに近づける。


『その日まで罪深い自分に憎悪し、醜く使徒の道を歩めばいい!常にまとわりつく自分の罪に恐怖しながら生き続け、いつかその罪に潰されればいいんだッ!!』




パンッ




私の叫びが一瞬にして途絶え、代わりにひどく乾いた音が夜の森に響き渡った。
全てに沈黙が訪れ、吹き行く風に私は我を取り戻す。


『………』


私は自分の頬に手を持っていく。そこは明らかに熱をおび、ヒリヒリと痛んでいた。
同時に強く肩を掴まれる激しい痛みを感じ、私は視線を目の前の人物へと向ける。
――ア…レン…?
目の前には私を睨み、私の肩に腕を伸ばすアレンの姿があった。
そこで停滞していた私の思考がようやく再開される。
アレンは怒鳴っていた私をクロウリーから引き剥がすと、正面を向かせて頬を大きく引っ叩たいたのだ。
目の前にあるアレンの表情は過去に自分に向けたどんな表情よりも怒りを宿している。いや、アレンに怒りを向けられたことなど無い。私は初めてアレンの怒りを買ったのだ。


「…何がいけないんですか」


かなり低い声。今まで聞いたことの無いような声だ。


「愛する存在を壊して、それをエクソシストとして償うことの何がいけないんですか?」


淡々と連なる言葉。
突然のことで言葉を発することが出来ない私にアレンは言う。


「確かに背負う十字架は大きすぎるかもしれない。フィーナの言う通り、罪深い。だけどそれを咎めることが出来る人間が、この世界にいますか?2人をこんな運命にしたこの世界に、咎めることが出来る人間が本当にいるんですか?」


目をそらすことなく発せられたアレンの言葉に私は押し黙る。
――…いる、はずがない。
そんな存在、いるわけがない。この聖戦がなければこんなにクロウリーが傷つくこともなかった。愛する者を壊さずに済み、重い十字架を背負うこともなかった。
この世界でクロウリーの決断を咎められる者などいはしない。その罪深さを非難し、罪に潰される恐怖を煽る権利など誰にもありはしない。だが、


『私は、違う』
「え…」
『私は違うッ!!この世界の人間だなんて言うなッ!!』


私がこんなに汚らわしい世界の人間?私がこんなに罪深い世界の人間?
――笑わせるな。
今まで冷めていた私の怒りがまた沸々と沸き上がる。
クロウリーに向けていた怒りの矛先を今度はアレンに向ける。


『アレンは口出ししないで!エクソシストになることを逃げ道にしようとしてるこいつは卑怯者なんだ。自分の罪を自覚させるべきなんだよ!』
「逃げ道になんかしてないです!!それを生きる理由にして償おうとしてるんじゃないですか!何故それを認めてあげないんですか!?」
『償いきれると思ってる時点で甘いんだよ!これは一生背負うことすら許されない罪なんだ!!潰されればいい、こんな奴…っ!!』


認められるわけがないのだ。クロウリーを認めるということはその罪を受け入れ、許すことと同意義。受け入れて、許してたまるものか。
罪に潰され死に行く断末魔がこいつに残された運命なのだ。


『私には分かる。こいつは結局孤独に死んでいくんだ!それが愛を自ら切り捨てた者の運命だ!!それこそ相応しい死に様なんだよ!』


私の叫びにアレンはギリッと歯を鳴らし、視線がさらに鋭くなる。


「………何が、分かるって言うんですか…っ!愛する人を手に掛ける辛さを知らないフィーナに、何が分かるって言うんだッッ」
『…っ』


辛さや悲しみに震える叫び声。こんなに悲痛なアレンの叫びは初めてだった。
気づけばアレンの顔も言い様の無い悲しみに歪んでいた。
――……違う…。


『…アレン、違うの……そうじゃない…っ』
「…フィーナ……?」
『こんなこと言いたいわけじゃない。私はただ…許せないだけなの。奪った奴が許せないだけで…っ』
「奪った…?」
「どういうことさ、フィーナ」


ラビは脇を抱えながら立ち上がり、こちらに寄ってくる。
アレンも怪訝な表情を浮かべ、私の肩を掴んでいた手を緩める。
だが私は問いに答えない。沈黙し、しばらくして顔を両手で覆う。


『でもあいつの言ったことも本当なんだ…っ私のせいで皆は…!本当は偉そうなこと言える立場じゃないんだ…っ!!』


エリアーデが言った。全て私のせいだったと。それは本当で、何の言い訳も通じない事実なのだ。


『私なんて生きてる意味なんか無い…そんな資格なんて無いんだ…っ今すぐ、殺されるべき存在なんだ。でも…怖くて死ねない…。本当の卑怯者は私なんだ…っ!私が…私があの時死んでれば助かったかもしれないのにっ!!私さえ、あの時死んでいたらッ』
「落ち着いて、フィーナ!」


アレンは顔を覆って叫ぶ私の手を掴み、ゆっくり呼吸するように言う。
続けざまに言葉を並べていたせいで私の呼吸は喘息気味になっていた。


『おかしいって、思うよね…?こんな私、変だ。らしくない』
「…確かにいつものフィーナじゃないですね。でもおかしいなんて思いませんよ。教団に入ってから数ヵ月ずっと一緒にいたじゃないですか」


アレンはニコリと笑って言う。その表情に先程の怒りは欠片も残っていなかった。


「だって、僕達仲間でしょ?」


――ふふっ…だって、私達仲間でしょ…?――


『……っ』


また、重なった。過去の映像が、現在の映像と。
重なりそして、


『う゛…』


弾け、砕けた。


「フィーナ!?」


突然の頭痛で崩れる身体をアレンに支えられる。
私は頭を押さえ、激痛に耐える。


「どうしたんさ!?」


ラビが近くまで駆け寄って来たのが分かった。
前はすぐに落ち着いたはずの頭痛が止まない。キンキンと痛み、それがまるで甲高い叫び声のように頭の中に反響する。
私は肩で呼吸を繰り返し、掠れる視界を閉じまいと懸命に目を開ける。


『はぁ…っ仲間って…?あんた達に、何が分かるの……っ』
「フィーナ…?」
「フィーナ、今は喋らない方がいい」


おかしい。頭の痛みが和らぎ、代わりに意識がボヤけ始めた。身体の感覚もあまりなく、ただ呼吸が荒くなることだけが分かる。ただの頭痛にしては明らかにおかしい。例えそれが過去を無理に思い返したせいであったとしても。


「ラビ!フィーナ、何か変ですよ」
「…そう言えばフィーナ、さっきからフラフラしてたよな……?」


ラビはしばらく考えるような表情になり、一言断って私の左の袖を捲った。


「これ…!」
「腕が…っ」


2人の表情が蒼白になるのが辛うじて分かった。
どうやらすごいことになっているようだ。痛みが無いからといって放っておいたのが間違いだったか。


「大丈夫であるか!?まさかエリアーデに…?」


クロウリーが手を伸ばしてくる。
私はギリッと歯を鳴らし、その手を弾いた。


「あ…」
『さわ…るなっ』


既に視界もボヤけているためクロウリーの目は確認出来ないが、私は瞼を閉じることなく視線を鋭くする。


『お前は認めない…奪われる辛さを知らないお前が…自分から壊すことなんて認めない!知らないから…奪われる辛さを知らないから、だから…そんなこと…っ』
「フィーナ、それ以上喋らなくていいですから!」
「今ジジイに連絡するさ!」


ゴーレムで会話するラビとブックマンの会話を遠くに聞きながら私は瞼の重さに耐えかね、目を閉じる。
私の名を呼ぶアレンの声が何度も頭に響く。
――そ…っか…
そう言えばアレンもアクマである父親を破壊したのだ。クロウリーの気持ちを誰よりも分かっている。だから、あんなに怒っていたのか。


『…アレン』


本当に馬鹿だ、私は。


『ごめん、ね』
「え…?」


何とか言い切ると急速に眠気が襲ってくる。
抗うことが出来ず、私は意識を覆う闇にただ呑まれる。


「フィーナ!」


アレンの声を最後に私の耳には何も聞こえなくなり、やがて意識を失った。





第??夜end…



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