長編 | ナノ

 第040夜 孤城の吸血鬼I



エリアーデが破壊されたからか、能力のボールは次々と割れ、城の中に雨を降らせる。本来は触れれば水分を蒸発させる物だったのだろうが、その能力を使うアクマがいなくなったのだから恐らくこれはただの水だろう。
屋内に雨が降るというのは違和感おおありだが、そんなことを気にもしない食人花達は雨の水を浴びて元気になっていく。
目を瞑り、上を向いて私もその雨を浴びる。色々疲れている気がするが、こう全て終わってみると何が疲れたのかよく分からない。一夜にして色々ありすぎたのだ。だからその淀みを洗い流してくれるようなこの雨はとても気持ちがいい。エリアーデが作り出した物だということが唯一皮肉だが。
私は目を開け、前にいるクロウリーに視線を向ける。
クロウリーはずっと花の上で膝を付き、動かない。


『…いつまでそうしてるつもり?』
「………」


背後から声をかけるが、クロウリーは答えずただ呆然としている。何故そんな状態になる必要があるのか。


『あんたが選択したことでしょ。後悔する資格もなければそうやって黙って動かずにいる意味だってないんだよ』
「…私、は……」


クロウリーはそう言うが、遮ってもいないのにその言葉の続きが出てこない。
私はため息を付き、首を振る。


『愛してる存在を自分から壊しといて、その現実からあんたは逃げるんだ。壊したっていう事実から目を背けて、自分の弱さに甘えるんだ』


私はクロウリーの前に出、キンッと双燐を鞘に収める。


『…臆病者』
「…っ!!」


先程エリアーデが言っていた台詞を吐き捨て、私は振り返ることなく花から飛び降りる。
――…答えは、出なかった。
クロウリーの決断は、愛する者を壊すという選択は正しかったのか、そうでなかったのか。その答えはエリアーデの最後を見ても出ることはなかった。
正しかったのかなんて分からない。間違っていたのかどうかも分からない。
――でも…
私は着地し、目を伏せる。


『私は、認めない』


どんな理由があっても愛している者を自ら手に掛けるようなことするべきではない。


クロウリーの決断を、したことを、私は決して認めない。


私は着地の体勢から立ち上がり、目の前にある花をかき分けていく。


「愛してる愛してる愛してる…」
『…あ、いた』


ラビとアレンだ。未だに愛しているといい続けている。はたから見るとかなりイタい。


『アレン、ラビー!』
「お、フィーナ」
「何処行ってたんですか、僕らを置いて!」
『ごめんごめん。無事でよかったよ』


私は双燐を抜いて2人に絡まる蔓を全て切り裂いた。
2人は蔓から解放され、ストッと床に着地する。


「やっと自由さ――!」
「助かりましたね…」


2人はどっと大きなため息をつく。やはり置き去りにしたのはまずかったか。かなり疲れさせてしまったようだ。


『何かごめん。ほっといたりして』
「いえ…でも何で1人で?」


アレンの質問に私は答えに詰まる。
説明したら過去を引き合いに出さなければならなくなる。それだけは絶対にダメだ。


『えっと…何でだっけ?』
「ま、いいさ。オレらは無事だったんだし」


ラビは何か理由があると察してくれたのか、話を切り上げてくれた。申し訳なさを感じつつも感謝する。


「ところでさ、クロちゃん何処さ?」
『………………………………』
「ちょっ、ちょっと!何でサーッと表情消すんですか!?」
「無表情のフィーナ怖いさ!クロちゃんがどうかしたんさ!?」


2人の反応が極端に悪かったので私は無表情を取り払い、自分的にいつも通りの顔に戻す。
2人のどこか安堵するような表情を見ながら私はスッと真横を指差す。


『見えるでしょ。あの花の上に膝着いてる』
「あ…ホントですね」
「なんかスッゲー沈んでんじゃねェの?」


知るか、そんなこと。
2人がクロウリーの姿を捉えたことを確認すると私は手を下ろし、踵を返す。


「え…フィーナ、何処行くんですか?クロウリーさんのこと…」
『気になるならアレンとラビで元気付けてやれば。私はごめんだよ。そこ登った所にいるから』
「っておい、フィーナ!」
「待ってくださいよ!」


2人が呼び止めるのを聞き入れず、私は階段を登る。
何故私が元気付けなければならないのか。本人がそれを望むならずっとそこに居させてやればいいし、動かさないでやればいい。
大体あんなに沈んでいるのなら自殺でもしかねない。
――下手に行って巻き添えくらったらこっちが困…


「うわぁあああ!!」


アレンの悲鳴とっさに振り向くと、アレンとラビとクロウリーの3人が食人花に襲われていた。
わりと遠いので会話はもちろん聞き取れないが、クロウリーの自殺志願の叫びは辛うじて聞こえてきた。
――ほら見ろ。
私はフイッと顔をそらす。別に2人が武器を取れる状態なら心配する必要はない。
私は腕を組んでその場に座る。
しばらくするとアレンとラビはしょげているクロウリーを引き連れ、私の元へやって来た。
クロウリーの顔は相変わらず沈んでいたが、何故か先程より暗くは見えなかった。
私は何となくそれが気に入らなく、小さく舌打ちした。



☆★☆



「でさ、こんな人なんだけど…」


ラビはクロス元帥の似顔絵が描かれた紙をクロウリーに見せる。
クロス元帥のことをすっかり忘れていた。まさか吸血鬼事件にイノセンス+アクマが関わっているなど全く思わなかったのだから。気がつけば本来の目的が二の次になっていた。
クロウリー曰く、似顔絵の主は確かにこの城に来たという。


「何しに来たんです、この人?」
「御祖父様の訃報を聞いて来た友人とかで、預かっていたものを返しに来たと…」
「預かってたモノ…?」
「花である。食人花の赤ちゃん」
「食…」


クロウリーの言葉を聞いた瞬間、アレンはあらぬ方向を見ながらあれか…と呟いた。
食人花に見覚えがあるのはクロス元帥と共にいた頃に同種の花を世話していたからだと言っていたが、まさにその花がここに届けられたということだろう。


「?」
「気にせんで。辛い過去を思い出してるだけだから」


クロス元帥のことを話したり思い出したりしている時のアレンにはいまいち生気が感じられない。
私は腰かける手すりの上からポンとアレンの肩を叩き、同情の眼差しを向ける。
渋い顔をされた上に終いにはゆっくりと払われたが。ちょっと心にくるぞ、こら。


「でも、花を返しに来たって…そんだけ?」
「うむ。ただその花、ちょっとおかしくて…」


クロウリーの話によるとクロス元帥の持ってきた花はクロウリーに噛みつくなりみるみる枯れてしまったという。
その後のある日、クロウリーの歯は全て抜け落ち、吸血鬼のような鋭く尖った歯が生えてきたらしい。


「今思えば、あの花が君達の言うイノセンスだったのかもしれない。それ以来私はアクマを襲うようになり、エリアーデと……………」


またクロウリーは涙ぐんでいる。思い出したらいちいちこうなるわけか。
だが、これでようやく全てが繋がった。クロス元帥はイノセンスである花をクロウリーに届けにきたということだ。異変が起こることを事前に認識していたところを見ると、クロウリーが適合者だということが分かっていたのだろう。
要するにクロス元帥がここに立ち寄ったのは適合者のクロウリーにイノセンスを渡し、奇怪によって来たエクソシストに連れていかせるため。新しいエクソシストを増やすこともまた元帥の役目だから。
奇怪に導かれてやって来たのが私達だったのは偶然か、それとも必然か。クロス元帥を追う立場である以上、必然だった気がする。まさか足止めも兼ねているのではないだろうな。何にしても面倒をかけさせられた私達はいい迷惑だ。


「オレらは今、その男を探してんだ。クロちゃん、何か知らないさ?」
「そういえば東国へ行きたいから友人の孫のよしみで金を貸せと…」


――東国…?
クロウリーの言葉に思わず眉を寄せる。
そんなところまで元帥は一体何をしに行ったのか。追いかけるこちらの身にもなってほしいものだ。
私は片膝を抱えながら悪態をつく。


「先に…城の外で待っていてくれないか…?旅支度をしてくるである」


クロウリーは立ち上がるとそう言った。クロウリーが適合者と分かった今、これからは一緒に旅立つことになる。
私達は立ち上がり、先に城の外へと出た。



☆★☆



「あ――もーすぐ夜が明けるさ。何か散々な夜だったさぁ…」
『ダメ。眠い…』


だから寝不足は嫌なのだ。しかも今回はまるっきりの徹夜ではないか。
私はふらつく身体を懸命に支え、閉じかける瞼を無理矢理こじ開ける。


「大分ふらふらしてっけど寝ちゃダメだぞ、フィーナ」
『分かってるって。それにしても本当に嫌な夜だったよ。身体がグダグダ…』
「でも師匠の手掛かりがつかめました。あれだけの金額を借りているなら中国大陸まで行けますよ」


そうなのだ、クロス元帥がクロウリーに借り入れた金額はとてつもなく莫大だった。そんな多額の借金がよくできるものだと同時に感心した。いや、その前に返すつもりはあるのだろうか。アレンへの負担が少しでも少ないことを願うしかない。
私はチラッとアレンを見る。
――…?
心なしかアレンが辛そうな顔をしているように見えた。


『どうしたの、アレン』
「え…?」


アレンはキョトンとする。
ラビはそんなアレンを見て軽く笑う。


「そんな悪いことしたみたいな顔すんなって。確かにあんま前向きな方法じゃねェかもだけど、今のクロちゃんには「理由」が必要だったと思うぜ。いつか楽になれるさ」


どうやらアレンは先程クロウリーに何か言ったようだ。その内容が何かは分からないが、大体察しがつくから聞かないでおく。
私は鼻を鳴らし、地面を睨むように下を向く。


「…あの、フィーナ」
『ん?』
「何でさっきからそんな怖い顔してるんですか?何か変ですよ」
『…別に』


私はフイッとアレンから顔をそらす。
別に明らさまに出しているつもりはない。態度に出るのは生まれつきなのだ。
私は眠気を覚ますためにグイッと伸びをする。



ドン!!



いきなり爆音が背後で響いた。
振り返ると、先程まで暗く気味の悪かった城が赤く明るく染まっていた。


「城が…っ」
「まさか…」


城が爆発し、燃え上がっているのだ。こんな城で爆発など意図的としか思えない。クロウリーが自ら火を放ったのだろう。
ではクロウリーは死ぬつもりで城のなかに残ったというのか。
私達3人は動くことなく、ただ燃え上がる城を見つめる。
すると炎の中から人影が見えた。クロウリーが城の中から出てきたのだ。


「はは…何であるか、その顔は。死んだと思ったであるか?」


クロウリーは笑いながらそう言った。


『………』


私は何も言わず、踵を返す。


「大丈夫である」


背後で炎が唸る轟音に混じり、そんな声が聞こえた。





第40夜end…



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