◎ 第039夜 孤城の吸血鬼H
「ギャッ!!」
ラビの叫び声に振り向くと、ラビは花に足を噛まれている。槌を落としてしまってどうすることも出来ないようだ。
私は迫ってくる蕾を足で蹴り返し、アレンの方を見る。
アレンも蔓でぐるぐる巻きにされ、腕を使える状態ではない。
『………』
要するに2人共、成す術なく全く動けない状態。
「ちくしょーめ、これじゃクロちゃんが見えないさ!」
「向こうで何が起こってるんだ!?」
確かにここからでは花がうじゃうじゃすぎてクロウリーが見えないが、耳をすましてみると、先程から戦闘音が聞こえてくる。どうやら戦いは始まったようだ。決着が付いてしまう前にここを脱出しなければ。
「ウギャアアアアア」
『え…あ゛ぁ!ラビ!!』
再び聞こえたラビの叫びの方を見ると、ラビが蕾にバクンと食べられていた。これは食人花。見事にエサにされようとしているわけだ。
ラビは蕾の中でジタバタと暴れている。
「ラビ――!!落ち着いて僕の言う通りにしてください」
「アホか!落ち着いたら喰われる!!」
『でも落ち着かないと何ともなら無いって!――アレン、この花知ってるの?』
「はい。最初に花に襲われた時に思い出したんですけど!師匠といた頃、僕これと同種の花を世話していたことがあるんです」
「マジで!?じゃあこいつら止められるん?」
「はい」
こんな花を世話する機会など普通の人間にあるわけがない。一体どんな修行時代だったのかと疑問を持つが、今この場ではそんなことどうでもいい。今はとにかく脱出しなければならないのだから。
アレン曰く、この花は好意を持つ人間には噛みつかないそうだ。
「だから心を込めて花に愛情表現してください」
「分かった!I LOVE YOU――!!」
本当に叫ぶものか。
それにしても食人花が愛情表現でどうにかなるということは初耳だ。随分変わった花なことだ。
「さ、フィーナ。僕達も!」
『…嫌だ』
「え?」
『だってこんな気持ち悪い花嫌いだから』
きっぱり言い切る私が気に入らなかったのか、周りの花達は一斉にこちらへと襲ってくる。
私はあたふたとし、
『…って!さっきアレンが言ってたよ!』
慌てて訂正すると食人花の怒りの矛先が一斉にアレンへと向く。どれだけ単純な花なのだ。
「ちょっと何言ってるんです!僕が喰われちゃうじゃないですかっ」
『モヤシは元々食べられるものでしょ』
「それ言っちゃいますか…」
アレンが少し沈んだ様子になる。
それにフッと笑い、私は身体に絡まる蔓を避けて何とか双燐に手を掛ける。こんなことなら最初からこうすればよかったのだ。
『発動』
私は双燐を再び発動し、周りの蔓と花を豪快に切り裂く。悲鳴をあげるように苦しむ花を見るとわりといい気分になる。
私は身体の自由がある程度きくようになると残りの絡み付く蔓を全て剥ぎ取り、下へと降り立つ。
「そうか、その手があったさ!!」
「明らかにこっちの方が楽ですよね!」
アレンとラビは目をキラキラと輝かせ、私を見下ろしている。
「フィーナ、こっちも頼むさ!」
ラビが花の中から助けを求めてくるのに対し、私はニコリと笑って返す。
『ごめん。今クロウリーの方が気になるから私、そっち行ってる。2人は花とのんびり楽しんでてよ』
「ちょっ…フィーナ!?」
「フィーナ、待て!助けてくれさ!」
非道だとは思うが、2人の言葉を無視し、私は花を除けながら戦闘音のする方へと走る。
この分だと相当な勢いで戦り合っているはずだから無理にアレンとラビを引っ張っていかない方がいい。
私は地を蹴って向こう側へと飛ぶ。
――それに…
私は身を捻って邪魔なものを避け、着地する。
それに、私は1人で行かなければならない。戦いを見届けたいという思いもあるが、何よりも向こうへ行くのはエリアーデに聞きたいことがあるからだ。私の過去を知っているエリアーデとの会話を2人に聞かれてはまずい。
『だから客席は私1人分!』
私は立ち上がって周りの様子を見、目を見開く。
周囲の物のほとんどが融けたようにただれ、あれだけ立派だった食人花もこの辺りのものはしおれている。ただ普通に戦ってなるような状態でないことは言うまでもない。
しかもそこら中にエリアーデの能力であるあのボールも飛び交っている。もしかしたらこの惨状はあのボールのせいか。
「そうら、まだあるわよ!!」
『あ…』
エリアーデとクロウリー発見。
あのボールでエリアーデはクロウリーを攻撃している。
クロウリーは持ち前のスピードで避け何とかしのいではいたが、ボールのあまりの多さのせいでその一つが右腕に当たってしまった。
「ぐっ」
ボールに当たったクロウリーの腕はまるで紙のようになってしまう。珍しい負傷だ。
私は2人から注意を出来るだけそらさないようにしながらボールが当たった近くの壁を見る。
『これ…』
一見溶けているように見えていたが、本当に紙のようだ。しかも周りには水滴がポタポタと落ちている。
大体読めた。エリアーデのあのボールは色々な物の水分を吸収する力があるのだろう。だから水分を奪われた壁や柱は歪み、花が枯れた。クロウリーの腕も水分を失ってしまったのだから使い物にならないだろう。
それでもクロウリーの鋭い殺気は途絶えない。
私が見上げる先でクロウリーはエリアーデを睨むように見つめていた。
「エリアーデ、お祖父様の花を傷つけた罪は重いぞ」
「フン。発動してハイになってもみみっちい所は変わらないんだから。この引きこもり。こんな花ホントはどうでもいいんじゃないの!?」
エリアーデはクロウリーに遠慮なくあんまりな言葉を浴びせる。
自分が城を出て傷つくのが怖いから外の世界へ行けないのを全て祖父のせいにしている。馬鹿。臆病者。お前などこの城で朽ち果てるのがお似合いだ。
…と、耳障りな言葉を訂正して訳したらこんな感じだ。聞いているだけでイライラする言葉を吐くのはやめてほしいものだ。
私は数ある花の中の1つに隠れて2人の様子を窺う。
エリアーデには話を聞かなければならないから勝ってもらわなければ困るが、クロウリーに負けられたらそれはそれでエクソシストという立場上、困る気がする。どちらが勝っても負けても私に不利益があるのは変わらない。面倒な立場だ。
「跡形もなく消えろ」
「いやよ!」
クロウリーは壁を蹴り、エリアーデに突っ込む。
消えろと言われて消えるはずもなく、エリアーデはクロウリーに向かって大量にボールを放出する。
背中。左手。右足。放たれたボールはクロウリーの身体に命中し、徐々に水分を奪っていく。
それでも止まらず突っ込むクロウリーだっだが、
「うおぉおぉおぉおおおお」
あっという間にその身体はボールに包まれる。
数秒もしないうちに全身の水分を吸い取られたクロウリーの姿が現れ、その見る影もない姿で下へと落ちていった。
私は隠れていた花から出、息をつく。
――…呆気ない。
アクマを愛したエクソシストの、愛する者を壊そうとした者の末路はこんなものだったか。結局、クロウリーの最後は孤独な死だったではないか。
“クロウリーの選択は正しかったのか、そうでなかったのか”答えなど、出す必要すらない。そんなもの必要であるとは感じない。
私はクロウリーが落ちていった下の方を一度だけ見、床を蹴ってエリアーデの乗っている花の上へと移動する。
タンッと着地するのと同時にわずかに驚いたようなエリアーデの目が私を捉える。わりと距離は近いが、こちらが油断しなければ問題ない。
『やあ、アクマ。クロウリーを殺せた気分はどう?』
「…何。冷やかしに来たの?」
エリアーデはいつの間にか体を転換させて人間の姿に戻っている。本当にアクマの姿が嫌いなようだ。
私は鼻で笑いたくなるのを押さえ、ニコリと作り笑顔を向ける。
『それもあるけどまた別の用。話をするっていう約束は守ってもらいたくてね』
「ハッ…」
『あんた伯爵の話を立ち聞きしたって言ってたけどさ、何で伯爵は私の話をしてたの。エクソシストの過去なんかどうでもいいはずでしょ』
エクソシストは伯爵にとっての敵。戦いに無関係なその過去に関心を持つ理由が分からない。それが聞きたかったのだ。
エリアーデはフンッと鼻を鳴らす。
「あたしだってそんなに詳しく知らないわ。ただ伯爵様はあんたのことすごく気にしてる」
『…何でよ』
「分からない?」
チラッと私を見てエリアーデは軽く笑ってみせる。
「あんたはエクソシストの中で教団を恨んでいる唯一の人間だからよ…殺したいくらいに」
『………そう』
エリアーデの口を裂いてやりたいという衝動にかられるが、何とか止まる。まだ目的はあるのだ。切り裂くのは後でいい。
『最後にもう1つ教えてもらおうか。ノアは何人か。それぞれの能力は何か。次に動き出すのはいつか』
「1つじゃなかったの?」
『ああ、気が変わった』
「ずいぶん勝手なガキね」
『結構。わりと自由な性格なんで。あとガキは止めろ』
なめられるから子供扱いは一番嫌いだ。と言ってもまだ子供だが。
私は双燐を長剣にし、エリアーデの背に突き付ける。
『さ、答えてもらおうか』
「思い上がらないでくれる?今のはサービスよ。ノア様のことなんて教えるわけないじゃない」
随分強情な女なことだ。アクマなど皆、こんなものか。
吐かせるにしても時間がかかって面倒だろうし、何よりもアレン達に聞かれるわけにはいかない。
『あっそ。じゃあさよなら』
私は双燐を振り上げる。
それに対し、エリアーデが再び体を転換させようとするのが分かった。
ゾクッ…
『ッ!!』
「!?」
私は目を大きく見開き、振り下ろそうとしていた双燐を止める。
エリアーデも反射的に静止してしまったようで、私の反応を訝しげに見る。
一瞬の静止を経た私は発動を停めた。
『来る…』
「え…?」
私は舌打ちし、花を勢いよく蹴り上げて上へと飛んだ。
その数秒後にガブッと何かが何かに突き刺さったような音がした。何かというのは言うまでも無いだろう。
私は上昇を続けながら身体を反転させ、下を向く。
『……生きてたんだ』
そこにはエリアーデの首に噛みついたクロウリーの姿があった。
全身の水分を失っても気力だけで下から這い上がってきたようだ。
クロウリーはエリアーデの首筋に噛み付き、じゅるるるるるる…とあの気色の悪い音をたてて血を吸っている。
気持ち悪い。やはり苦手だ。
私は耐えかねて思わず目を背ける。
「あなたを、愛しタかったのにナ…」
――…え……?
下降を始めた私の耳にようやく届いたエリアーデの言葉。
その次に聞こえたものは何かが爆ぜる音。
バッとその方向へ視線を向けた時、既にエリアーデの姿はなかった。
エリアーデはクロウリーによって破壊されていた。
第39夜end…
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