長編 | ナノ

 第038夜 孤城の吸血鬼G



ラビがこの場にいるのは私達がエリアーデをここへ吹っ飛ばすのとほぼ同時に同じようにクロウリーをここへ叩き込んだからだと言う。イノセンスの適合者にそこまで容赦しないものかと少し疑問に思ったが、クロウリーが相手なら話は別だ。あいつはとにかく強いから。
ラビによって私とアレンは床に下ろされる。


『それにしてもラビ、派手にやったね。城がボロボロ…』
「おいおい、それならフィーナとアレンも一緒だろ?」
「まぁお互い手加減できるような相手でもなかったですしね」


私達のいる広間はエリアーデとクロウリーが私達の手でブチ込まれたせいで瓦礫がそこら中に散乱した状態になっていた。街で戦った時に建物を破壊したりラビが伸で何処かへ突っ込んだりということがあってか、こういう光景は早くも見慣れたものである。
やはり弁償は教団だろうか。ここがこんな惨事になったのは元々クロウリー達が最初に襲撃してきたせいだから、過失は明らかに向こうにあるわけだが。言うならこちらは正当防衛だ。


「エエ…エリアーデ、何であるかそれは…」


どうでもいい事を考えているところにクロウリーのどこか震えたような声が聞こえてきた。
私達はクロウリーとその身体を抱き起こすエリアーデに視線を向ける。


「おお、お前のその…体から出ているものは…………何なのだ…!?」


クロウリーの視線はエリアーデの背後に注がれ、それを見てクロウリーは動揺しているようだ。その様子は先程の私の姿と全く同じだった。
どうやらクロウリーにもアクマの魂が見えているようだ。
今まで一緒にいたエリアーデからおかしな物が出ているのだ、クロウリーは見て分かる程に動揺している。
クロウリーも見えるという事は…
私は横にいる赤毛の少年を見る。


「冥界から呼び戻され、兵器のエネルギー源として拘束された“アクマの魂”…か?」


ラビは今までに無いくらい掠れた声で言った。やはりラビにも見えている。
私達にもアクマの魂が見えるようになった。いや、違う。


「お前のその左目のせいか?」


アレンの左目が、他者にアクマの魂を見せられるようになったのだ。
私は今まで目をそらしていた魂に視線を向けるが、長いこと見ているのは到底無理だ。アレを前に普通でいられるのは今までアクマをその左目で見てきたアレンだけだろう。いや、アレンもアクマを見ている限りは普通でいられないのかもしれない。
こんな世界を、アレンは今までずっと…――
父を壊したその時からずっと、ずっと…――


「フィーナにも見えるか?」
『え…あぁ…一応さっきから見えてた。戦闘の支障になるから黙ってたけど』
「だからさっき、様子がおかしかったんですね」
『まぁね。黙っててごめん。だけど今はそれよりも…』


それよりも、今はこの状況。アクマの魂が見える見えないで議論するよりもそのアクマを倒す方が今は先決だ。
ラビもそれに気づいたようでクロウリーにエリアーデが敵であることを叫ぶ。エリアーデはアクマだと。
クロウリーは混乱しているようで硬直して動かない。
その姿を見て私は躊躇いなく口を開く。


『さっきも言ったよね、クロウリー。エリアーデはあんたを殺すことを命じれた伯爵の手先なの。私達が壊すべき物なんだよ』


と言っても恐らくクロウリーがエリアーデを殺すことは出来ないだろう。一生の孤独を癒してくれる者の存在の大きさは計り知れない。例え裏切られたとしてもそれは決して変わることはないだろう。殺してまで生きたいと思うはずが無い。私達がやらなければならないことは言うまでもない事だ。
私の言葉が追い討ちをかけたかのようにクロウリーの表情は余計に困惑に染まっていく。


「エリアーデ…?お前は何か、知っているのか…?私は…私は…?」


私はお前の何なのか、とでも言いたそうだ。
詳しいことまでは分かりかねるが、エリアーデにとってのクロウリーは、クロウリー自身の望んだ存在でなかったということだけは言える。


エリアーデはクロウリーがイノセンスに寄生された人間だということは認識していた。それでも殺さなかったのはエリアーデに目的があったから。その理由が何であるかは結局私には分からなかったが、何にしろ結果的にクロウリーは利用されたのだ。


「あーあ…ブチ壊しよ、もう」



ドンッ



エリアーデがアクマへと姿を変え、容赦無くクロウリーをすっ飛ばした。
私は頭を押さえてあちゃーとなる。すぐに行動に移すべきだったか。


「うまく飼い慣らして利用してやるつもりだったが、もういいわ!!お前をエクソシストにさせるワケにはいかないんだ。殺してやる!!」


どうやらエリアーデはファイトモード。
アクマの姿になったエリアーデをクロウリーは呆気にとられたように見つめている。相当ショックを受けているはずだ。
これは勘だが、クロウリーはエリアーデに思いを寄せていたのだろう。だからエリアーデの血を吸って殺すことを今まで躊躇い生かしてきたのだ。
1つの城の中で一生1人で生き続けることはひどく孤独だ。クロウリーにとってそれを癒してくれる唯一の存在がエリアーデだったのだ。
だがその存在が今、この場で壊された。
クロウリーの前でアクマの姿を見せたということはもうエリアーデに猿芝居を続ける気は無いようだ。クロウリーにとっての唯一の希望が絶たれたということだろう。


『…それでも、倒さなきゃいけないのは変わらない』


私は双燐を発動する。
クロウリーにとって大切な存在でも、それがアクマであるなら私達は壊さなければならない。
クロウリーに恨まれようが蔑まれようが本人に殺れないのなら私達がやるしかない。私達は何よりもエクソシストで在らなければならないのだから。


「はっ!!ヤベェさ!クロちゃん、さっきオレとバトってヘロヘロだった!!」
『さっきから思ってたんだけど、そのクロちゃんって何?』
「あだ名さ!そんなことよりも助けねェと………っ」


あだ名という言葉にガキっぽさを感じて呆れているとドッ!!といきなり床が割れた。


『は?』


見ると床を食人花が突き破ってきていた。
私達3人はあっという間に蔓に捕われる。


「花が床をブチ破って来なさった!?」
「まだあったんか――!!!」


2人はギャーギャーと叫び、暴れている。
私も何とか腕を引き抜こうとするが、蔓はどんどん絡み付いてくる。
わじゃわじゃと溢れるように…というか既に溢れかえっている食人花を見ているといつか読んだ何かの童謡の茨の森を思い出す。いや、無かったか。あったような気がしたのだが。


「どんどん出てくる!!」
「チクショー何なんだ、お前ら!!クロちゃんのとこに行けねェェ!!」


今頃、向こうはどうなってるのか。
正体が完全にばれたエリアーデはクロウリーを殺すつもりだ。クロウリーはエリアーデを殺すことは出来はしないし、ラビとの戦いでかなり弱っているから私達も早く脱出して加わらなければ少々まずい。


「いたたたたたた!!」
「クロちゃーん!!」
「ぐぇえくるしい!!」
「はなせアホー!!」


――…だけど、こっちはこっちで大いにまずい。


『2人共、少し落ち着きなよ』
「落ち着けるわけ無いだろっ!フィーナは何でそんな平気なんさ!?」
『この必死で脱出を試みてる姿の何処が平気そうに見えるの?』
「でも全然苦しそうに見えませんよ」
『あぁ、いや…さっきまで腕痛かったんだけど…』
「「けど?」」
『だんだん痛みが取れて今では何とも。圧迫感はさすがに感じるけど』


私は向かってくる蕾を身体をひねって避け、笑いながら言う。
先程までは物凄く腕が痛かったのだが、今では動きはしないがとても軽い。どうしてか痛みが全くこないのだ。不思議ではあるが、都合がいいので別にどうでもいい。
だが2人はそうでもないような顔をしている。


「………それって何気にまずくないさ?」
「そうですよ!痛覚マヒしてるってことですよね?」
『うーん…あまりの眠さで感覚ボケてるだけじゃない?』
「んなワケあるかっ!とにかく早く処置し…どわぁあっ!!?」
「ラビ!うわっ!!」


ドンパチドンパチ


ふと見渡すと、また辺り一面花に囲まれている。
私も思考はいたってまだ冷静でいられるが、先程から暴れに暴れて向かってくる蔓に抵抗している。
エリアーデよりも大きさと数の多さで半端でないこの食人花の方が厄介な敵と言えるのではないだろうか。
確かエリアーデはクロウリーの大事な花だとか言っていたか。大事に育てるなよ、こんな花。




ゾクッ…




『ん゛?』


かなり強い殺気を感じ取る。この感じは…クロウリーか。
鋭く異様な程冷たいこの殺気は間違いなく先程まで全く感じられなかったクロウリーのものだ。
だが私はそれが私達に向けられているものではないことに気づく。
私達に向いているものではないということは、その矛先は恐らくエリアーデ。何故クロウリーがエリアーデに殺気を放っているのか。しかもここまで凍てつき、鋭いものを何故…。


『……っまさか…』


普通ならすぐに出るであろう結論がいつもと違った状況のせいで遅れて出た。
まさか、クロウリーはエリアーデを殺そうとしているのか。
クロウリーはエリアーデを思い、今まで殺さなかった。
それなのに今はその愛すらも感じられないような鋭い殺気がエリアーデに向かって放たれている。本当にクロウリーは愛する者を自ら手に掛け殺そうとしているのというか。


『………』


私はスッと食人花に対して抵抗を止め、静止する。信じられなかった。
クロウリーはエリアーデを壊すという決意をし、殺意を浮かべている。愛する者を殺すという選択をする者がいるなんて信じられなかった。
例え裏切られ、殺されようとしている状況に陥っているとしても、愛する者を自分の手で殺すなど…――
だが長い間戦場の場にいた私には分かる、この殺意が本物であるということが。クロウリーは本気でエリアーデを殺そうとしているのだ。
私はギリッと歯をならす。
――私には、分からない…


「フィーナ!?ちょっと、どうしたんです!」
「抵抗しねェと食われちまうぞ!」


2人の声が遠耳に聞こえる。
すぐ向こうでは互いが相手を殺さんとすぐに戦いを始めることだろう。
クロウリーは愛する者を壊す戦い。エリアーデは利用し損ねた男を殺す戦い。2つの殺意がもうすぐぶつかり合うことだろう。
交わるはずだった2つの運命が複雑に絡み合い、入り乱れる戦いはひどく残酷だ。にも関わらず2人は互いにそれを望んでいる。
――だったら…
私はゆっくり顔をあげる。


『だったら見届けてやろうじゃん』


愛する者を手に掛けようとしているエクソシストと、手に掛かろうとしているアクマの戦い。その末路を見届けてやる。見届け、答えを出す。
クロウリーの選択は正しかったのかそうでなかったのか、自分なりの答えが出したい。納得のいく答えが出したい。
これは私が見届けなくてはならない戦いであるような気がしてならないから。私が見つけなくてはならないものを秘めている戦いであるような気がしてならないから…





第38夜end…



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