長編 | ナノ

 第037夜 孤城の吸血鬼F



私はトントンッとアレンの肩を人差し指で叩く。


『大丈夫?怪我は?』
「フィーナ…」


アレンは振り返るなり私の体を見る。先程よりも傷やアザが増えている事に気が付いたのだろう。この状況ではエリアーデにやられたということはすぐに分かる。


「すいません。休んでいてください、フィーナ」


アレンは目を伏せて言うが、私は首を振る。


『やられっぱなしは嫌い。私も戦う』


私は弾き飛ばされた双燐を手に取る。これでまた新たに生み出せるようになった。
手に1本も無くなれば生み出せなくなるというこの武器の欠点は本当に厄介なものだ。切り札であった最後の1本も結局は何の意味も無くなってしまった。
万が一武器を封じられた時のために役立つものはやはり体術しかない。アクマ相手では悪足掻きに過ぎない手段だろうが、これからは今まで以上に修行して体術を鍛えておかなければならない。
私は双燐を振って空気を払い、エリアーデへと向けた。


『…っ!?』


その瞬間、私は金縛りにでもあったかのように固まる。
アレンが怪訝そうに視線を向けてくるのが分かるが、言葉を発する余裕などない。
私の視線の先にある物、それは私の言葉を封じるに十分な物だった。
それはエリアーデではない。そこに根を張るようにして出ている物だ。見たことないはずの物なのに、それが何か分かってしまう。
――魂…な、の?
ダークマターに捕われた、愛する者に呼び出された死者の魂なのだろうか。アクマの材料にされた、千年伯爵に利用されてしまった哀れな魂。
――アレが…?あんなモノが…?


『う…ぐっ』
「フィーナ!?」


私はその場に膝を着く。
吐き戻したくなる衝動を必死に抑え、込み上げてくる胃液を飲み込む。
酸が喉を焼く痛みを感じながら、口を抑えて下を向く。


『…あんな……っ』
「え…?」


アレが、あんなモノが魂だというのか。
アクマという鎖に繋がれた魂は悲鳴をあげ、今なお苦しんでいる。ダークマターに蝕まれ続けるその姿は実に現実離れした光景であり、ひどく醜悪な物だった。
本当にあれが人の根元なのか。ウソだと思いたい。見ていられない。気持ち悪い。
あんなもの直視出来ない。まともに見ていたら気がおかしくなる。
私はうつむいたまま、懸命に見まいと視線をそらす。
叫び、苦しむ姿が昔の記憶と重なる。


「フィーナ、どうかしたんですか?」


アレンは膝を付き、心配そうに私の顔を覗き込む。
――…アレン……
私はぐっと身体に起こる全ての反応を無理矢理に抑え込む。
恐らくこれはアレンの左目の呪いが強くなって起こった事だろう。様子からして本人は恐らく自覚していない。
それなら今は戦闘を優先させるべきだ。アレンを混乱させないためにも場が落ち着くまでは言わない方がいい。
今は目の前にいる“敵”だけに注意を向けていればいいのだ。
私は左右に首を降り、息を吐いて立ち上がる。


『…何でもない。さっき殴られたから吐きそうになっただけ』
「えっ、大丈夫なんですか?」
『大丈夫。戦えるから』


私はアレンに笑みを向け、双燐をエリアーデへと構え直した。
当のエリアーデは服をパンパンと払っている。傷ついた体とボロボロになった服が気に入らないのだそうだ。


「体を転換しないんですか?」
「ブスになるから嫌なのよ。人間の姿の方が好き」


私はエリアーデの言葉に思わず笑いたくなる。
これは戦っていく中で分かったことだが、アクマの性格や特性は捕えた魂の影響を受けることが多い。
容姿は呼び出した人間のもの。内面はその者が愛した人間のもの。まさに悲劇の産物というには相応しい物だと思う。
確かにアクマの姿などブスだ。あのような醜い姿なら尚更のこと。美しくも何ともない。ただの醜い、悪性兵器だ。


「でもまぁ、この状況じゃそんなことも言ってらんないか…」
「そうですよ」
『……来る』


エリアーデは体を転換するとこちらへと向かってきた。
私は飛び上がり、体を反らせバック宙でエリアーデの攻撃を避ける。


『上から行く!』
「分かりました!」


アレンもエリアーデの攻撃を脇へかわすことで避けた。体が軋む様な悲鳴を上げるが、戦えない程ではない。アレンがいるからそれなりのリスクは減らせるだろう。
私は双燐を5本に分裂させる。
能力に注意しなければならない。まだ使ってきてはいないが、最初に戦った時にエリアーデはボールのような物で攻撃してきた。その能力の正体はまだ掴めていないから、繰り出してきた時のために警戒しなければ。
私は分裂させた双燐をエリアーデに向かって全て投げる。


「何度同じことをするの?」


エリアーデはウフフフと嘲るように笑いながら私の投げた双燐を身を翻すことで軽々とかわした。


『さて、同じことかな?』


私はニッと笑みを浮かべ、エリアーデの後ろへ回った。


「!?」


バカが。何度も同じ事をするはずが無いだろう。
先程は双燐の投射が攻撃の主だったが、それが効かないのなら陽動に当てるまでだ。
いくら怪我を負っているとはいえ、こちらのスピードをなめてもらっては困る。動けば動く程加速するのが私なのだから。
ザンッと私は長剣の双燐でエリアーデの体の後部を切り裂いた。


「うあ゛っ…クソッ!」


エリアーデは退こうとして体を後ろに反らすが、逃がすつもりはない。
私はトンッと壁を蹴って双燐を真横に構える。


『アレン、いくよ!』
「はい!」


アレンも私の意図を察したようだ。
私はエリアーデの驚愕の声が聞き終わらないうちに、


『だあぁぁぁ!!』


ドンッ!!とエリアーデの体を巨大化させた双燐で思い切り吹き飛ばした。
体が耐えられるギリギリの重さだったためほぼ遠心力を利用した攻撃だっが、エリアーデを吹っ飛ばすには十分だったようだ。
巨大化させた双燐は私の手から離れて壁へと突き刺さり、そしてエリアーデの体は狙い通りアレンの元へと飛んでいく。


ドドドドド!


そこでアレンが銃器で空中に身を放り出されたエリアーデに攻撃した。
エリアーデは苦悶の声をあげながら壁を破壊し、向こうへと吹き飛ばされる。
何だかとてもスカッとした。やはり連携プレイはそれなりに戦いやすい。誰かに頼るのは癪ではあったが、アレンがいてくれて助かった。


「追いますよ!」
『ラジャー』


私は巨大化させた双燐を消し、2人で壁をぶち破って飛ばされたエリアーデを追う。
幸いなのかそうでないのか、エリアーデはさほど飛ばされてはおらず、広間の空間のところで体勢を立て直していた。
私達はエリアーデの体の上に飛び乗る。


「ぐっ…おのれェ」
『…それにしても変わってるよね、あんた』


恨みのこもったエリアーデの声とは対照的に私はしれっとした態度で言う。


『伯爵からクロウリーを殺すように命令されて来たんでしょ?殺さずしかも助手になるって奇天烈もいいとこだよ』
「奇天烈…?何だって言えばいいわ。これはあたしにとって大きな意味があるんだから」
『…ずっと思ってたけどさ、あんたちょっと思い上がり過ぎじゃない?』
「何ですって?」


低く轟くようなエリアーデの言葉に私はフンッと鼻をならす。


『私には特に興味も無いし不利益があるわけでもないから咎めるつもりもないけど、メカがコントローラーに背くのはルール違反って言うんじゃない?ただの自我が何思い上がってんの?』
「……あんたには分からないわよ。あたしがやりたいことをするためにはね、本当の美しさを手に入れるためにはね、アレイスターが必要なのよ!」
『はぁ?』


――本当の、美しさ?
言っている事の意味が分からない。クロウリーといることで本当の美しさが手に入るというのか。全くもって関連性が見えないのだが。


「どう?あんたには理解できないでしょ!?その年で、そんな立場では決して分かることではないわッ!偉そうにペラペラ喋ってるけど、あんたには理解できないのよ。分かる?アハハハハハッ」


エリアーデはざまあみろとでも言うように笑う。私に分かる事ができない、この事実がエリアーデには堪らなく嬉しいらしい。
私はそんなエリアーデを表情を変えることなく見つめる。


『そう………で?』
「は?」
『で、何?分からないって事は否定しないけど、別に分かろうとは思わない。何で私が分からなきゃいけないの?伯爵に作られた駒の、兵器の、自我の、何を理解する必要があるの?私、かなりの知りたがりだけどね、全く興味がわかない」
「あんた…最高にムカつくわね」


こちらを睨むエリアーデはやはり醜い。容姿もそうだが、何よりもその性格が滲み出る醜さを引き立たせている。哀れとすら思えない。
何のためにそこまで美しさを求めるのかは知らない。何故敵であるクロウリーに近づいたのかは知らない。
だがそんなことは所詮どうでもいい事だ。数知れない位いるアクマの内のたった1体に何かを思うことに意味や価値など無い。
聖戦には必ず神が決めた役者がいるが、アクマであるこいつは千年伯爵が生み出した兵器でしかない。戦いにおいてただの手駒に過ぎないこいつの私情や内情を知って、どうとなる。勝敗を左右するわけでもなければ、それで誰かが救われるわけでもない。
そもそもエリアーデ自体の存在価値など欠片も無いのだ。それは小さな駒に宿った、単なる自我に過ぎないのだから。


「フィーナ、もうそれくらいに」


その声でふとアレンの存在を忘れていたことに気がつく。
場所が場所だし状況が状況だ。これ以上無駄話をする意味は無いだろう。


『とどめは私が刺す。――壊れろ、エリアーデ』


駒は駒らしく使われ、弾かれ、倒され、壊れろ。
私はエリアーデの体の上を滑るように走る。
エリアーデは軽く舌打ちし、体を軽く反らせる。
能力に備えて私は身構えようとするが、そこで突然、エリアーデの動きが止まった。
私も反射的に身体の動きを止め、その場に静止する。
――……何?
様子を見ていると、エリアーデは下のある一点を見つめているようだった。
何を見ているのかと下を向こうとしたその瞬間、フワッと身体が宙に浮く。


『へっ!?』


エリアーデが体を転換させて人間の姿に戻ったのだ。何故いきなり転換するのだ。私とアレンの足場が無くなったではないか。
――落ちる…!!
そう思って目をつぶるが、ガシッと何かに服を掴まれた。


「よう。アレン、フィーナ」
『「ラビ!!」』


顔を上げると、そこには鉄槌に乗ったラビがいた。今までずっとクロウリーと戦っていたため多少ボロボロではあったが、意外に元気そうでよかった。


「フィーナ、急にどっか行っちまうからビックリしたんだけど」
『ごめん。説明する時間も惜しかったもんだから』
「せめて何か言ってほしかったさ…ってあれ?アレン、左目治ったんか」


ラビはアレンの目を見て言う。
アレンの左目はつい先程、エリアーデと混戦中に開いた。やはり再生していたようで目には何の異常もなさそうだ。
――随分余計な進化も遂げたけど。


「おい、あの女……!?」


私がため息をつくのと同時にラビが驚きの声をあげた。クロウリーを抱き抱えるエリアーデを見て。否、そのエリアーデから浮き出ているものを見て。





第37夜end…



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