◎ 第023夜 悪魔
――…ノア……。
ロードと名乗ったこいつはそう言った。
千年公の兄弟。千年伯爵の味方。
どういう事かさっぱり分からないが、まぁつまりこいつもエクソシストの敵ということ。見た目は全く人間と変わらないことがひっかかるが。
「シ―――――!!」
何か飛んできた。見るとそれはさっきロードが持っていた傘。知らない奴らに余計な事を喋るな、とロードに説教している。傘が喋っているという光景に状況を忘れて私は少し見入ってしまった。
傘が必死に説教する一方で、ロードはケロッとしている。
「物語を面白くするためのちょっとした脚色だよぉ。こんなくらいで千年公のシナリオは変わんないってぇ」
シナリオという言葉に疑問を持ち、聞こうとするが、突然ドンッ!!とでかい音がした。
『…アレン?』
アレンは腕に打たれた杭を吹き飛ばしていた。
見ると武器は明らかに損傷している。人体とイノセンスが直接繋がった寄生型には大きなダメージのはずだ。
それに、何よりも今のアレンは状況を忘れている。感情に身を任せた戦いがこいつには通じないことは先程から感じている威圧感から容易に分かる。
この場は私がやらなくては。
私は縄をほどこうともがく。
「あーだめだめ。絶対ほどけないよ」
アクマがニヤニヤと笑って言う。ムカつく。
「なんで怒ってんのぉ?僕が人間なのが信じらんない?」
ロードはそう言うとアレンを抱きしめた。
「あったかいでしょぉ?人間と人間が触れ合う感触でしょぉ?」
――…今だ、アレン。
ロードが何を考えているか分からないが、チャンスだ。ロードの背中は、がら空きなのだから。
アレンは腕を振り上げてロードの背後へと持っていく。
だがそこでアレンの動きは止まってしまった。…どうして止まるのか。アレンはその状態からまったく動かない。
『何やってんの、アレン!!』
私は焦れて叫ぶ。
ロードが直接危害を加えてきていないとはいえ、アクマを従えている時点で千年伯爵と同じような存在だ。危険でしかないのだ。こんな時まで優しくある必要などない。命がかかっているのに甘いにも程がある。
『アレン殺りなよ!そいつは普通の人間じゃないっ!』
私の叫びにロードはクルッとこちらを向く。
「その通り、僕は君達と同じじゃないよぉ…」
そういった瞬間、ロードは自らアレンの腕を降り下ろした。
――…は!!?
自滅?そう思ったが、すぐにそれは否定される。
致命傷のはず。即死のはず。だが、死んでいない。
ロードはその、もはや人間離れしたその顔をアレンに引き寄せた。
「僕らはさぁ、人類最古の使徒、ノアの遺伝子を受け継ぐ「超人」なんだよねェ。お前らヘボとは違うんだよぉ」
ロードはそう言うと、自分が操る杭をアレンの左目へと突き刺した。
「ぐああぁあああぁ」
『アレン!』
「キャハハハハ!キャハハハハ!」
アレンは目を押さえて叫び、ロードはおかしそうに笑う。さすがにまずい。
私は左手の手首を動かし、縄を抑える。
「だからダメだって…え?」
私は右手を使い、縄を双燐で切る。
クラクラするが、すぐにバランスを立て直してアレンへと走る。
「何で武器が…っ」
アクマの声を気に止めず双燐を2本にし、通常形態に戻す。
確かに双燐は1本も身に付けていなければ新たに生み出すことは出来ない。だが逆に言えば1本でも身に付けていれば限界まで生み出せる。
マテールでの失敗を活かさないわけがない。あれからいつもコートにかくして足のベルトに双燐を忍ばせてある。双燐の弱点を補う、たったひとつの切り札だ。
私はすぐさまアレンの前に移動し、目の前に佇むロードを睨む。
生きている人間の目に物を突き刺すなど正気の沙汰ではない。常識的にものを見れなくなったやつは危険でしかないのだ。
私は後ろにいるアレンを左腕で庇い、ロードに双燐を向けた。
「へぇ…速いねぇ、キミ。やっぱり戦闘能力は長けてる」
『やっぱり…?』
ロードは何も言わず、意味ありげな笑みを浮かべるだけだった。どうせはったりだろう。
私は後ろのアレンに声をかける。
『アレン、大丈夫?』
「…はい」
背後ではアレンの荒くて不規則な呼吸音が聞こえる。
これ以上戦況を不利にするのはまずい。やはり切り札を使うしかないタイミングだったということだろうが、これからどう形勢逆転すればいいものか。
「神だってこの世界の終焉を望んでる。だから千年公と僕らに兵器を与えてくれたんだしぃ」
「そんなの神じゃない…本当の悪魔だ!!」
ロードの言葉にアレンが背後で立ち上がる気配がした。
戦えるだろうか、この怪我で。
「どっちでもいいよぉ、んなモン」
今アレンを動かしているのはロードの言葉への反抗心だけ。体力的にもそろそろ限界だ。
『……いけるの、アレン』
「下がってて…下さい…」
アレンは私の横を駆け抜け、ロードに向かっていく。
だがロードの前にはあの3体のアクマが立ちふさがり、アレンは攻撃を受ける。
全然大丈夫ではないではないか。この状況で動けるのは私だけだ。
私は駆け出し、双燐を1本にする。
いくら連携した攻撃でも追い付けなければ意味がない。リナリーのように速くはないが、私は向かってくる攻撃を的確にかわす。
攻撃に転じようとしたその時、向こうでミランダの悲鳴が聞こえた。
見ればミランダはロウソクで攻撃されていた。間一髪のところでアレンが自分の腕を盾にミランダをかばったようだが。最悪な状況が回避出来たことに私は胸を撫で下ろす。
「お前さぁ、あっち気にしてる場あ…」
『あーもう!うるさい!!』
ミランダの生死は現在の私達の状況に大きく関わるのだ。気にしない方がおかしいだろう。
向こうに行けない歯痒さを押し殺し、私はアクマの攻撃を交わし続ける。3体いるせいか、それとも体力的にも限界に近づいているせいか、一方的でなかなかこっちに攻撃のスキが回ってこない。
そこでグラッ…と視界がぶれる。
――ヤバッ…
目が回る。揺らぐ視界。突然の頭痛。
アクマの音波攻撃が今さら効いてきたようだ。意思に反して身体の動きが鈍くなる。
「遅くなってんぞぉ!」
『…!』
横にはあの音波のアクマが回り込んでいた。完全に追い付かれていた。
私はとっさに飛び退こうとする。
「う・し・ろ!」
『え…?』
振り向こうとした途端、後ろでザンッと音がした。
何かが何かを切り裂く音。
ぐらつく世界。崩れる体。見えるものは…血。
『ぐ…っ』
ノイズのアクマに気をとられていた。
後ろへと迫ったアクマに風切鎌を受けたのだろう。
私はそのまま床へと倒れこむ。
「フィ…ナ…」
アレンの声。だがもはや声という声になっていない。
見るとアレンの身体も血塗れだ。
「あ〜なんかつまんねぇ。一人多いからオレあっちいくわ!」
「ああ、ずるいぞっ!オレも!」
『…待…て……!』
3体のアクマは我先にとアレンとミランダの方へと向かっていく。アクマ達の標的が2人へと完全に向いてしまった。
まずい。あそこにはイノセンスもあるのだ。
私は必死に身体を起こそうとするが、脇の痛みがひどくて動けない。アレンの方はもっと重症だというのに。
何ができると言う訳ではないが、こうなったら身体を這ってでも止めにいくしかない。
「なんだ、メス?」
見るとミランダはアレンを庇うようにして座っていた。ミランダは自分がしている行動とは対照的にカタカタ震えている。
ミランダには何も出来ない。一番本人が分かっているはず。
『ミランダ…!』
体を引きずりながら声を振り絞る。
逃げ場所などないが、震えるほど怖いなら足掻いて終わりまで逃げればいい。取り巻くものなど見捨てればいい。
初めて会った時だって自分は何も出来ないと言っていた。自分の無力を悟ってたのではないのか。
なのに何故今、アレンを庇うのか。
「人間に何ができんだよ〜」
人間は…ただ無力なだけなのに…
「でも……」
突然ボウッ…と何かが光った。
それはまるで2人を守るようにミランダとアレンを包み込んだ。
第23夜end…
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