長編 | ナノ

 第022夜 人間



でかいアクマが後ろから追ってくる。
私は壁を勢いよく蹴り返しながら移動していく。
アレンの方はさすがに無理なようで、リナリーに引っ張ってもらっている。


「アイスファイア!!」
「わわっ!?」


アクマの技により、入り込んだ路地が一瞬にして氷に包まれる。地面も空も壁も皆ピカピカだ。まさに極寒の世界。寒すぎる。


「凍っちゃった」
「さ、寒っ!」
「アレン君、コートは?」
「バイト先に置いてきちゃった……」
『それでここはきついでしょ…』


今まで感じたこともない寒さだ。マイナスなど優に超えてるだろう。動きが鈍らなければいいが。


「…いくぞ、エクソシスト。マイナス100度のこの空間でどれだけもつかな?」


――……そんなに…?
長い間は持たない。早々に決着をつけなくては。
見るとあの時襲ってきた残りのアクマ2体も出てきた。
さらわれたミランダのことも気になっているというのに。色々な意味で急がなければ。


「死死死死死ッ!!!」


――…不吉だなあ、もう。
私は双燐を取り出す。


『イノセンス、発動!!』


これは少し無茶しなければならないかもしれない。
――…よし。
私はダッ!!と駆け出す。
途端にあのカマイタチのような風切鎌をアクマが放ってくる。
私は走りながら双燐を構え、弾き返そうとする。
だがそれはこちらには攻撃として届かなかった。リナリーが受け止めてくれたのだ。


「私と戦りましょう」


リナリーはあのアクマを相手に闘う。
スピード対スピード…確かにあのアクマならリナリーは相性がいい。


「十字架ノ墓!!」


――…!!
アレンは武器を転換させ、残りの2体に攻撃する。


「痛てーな、チクショウ!パングヴォイス!!」


例のノイズの攻撃だ。
こいつは2番目にスピードを重視されたアクマ。ということで…
――私が相手だ。
私は双燐を4本に増やし、それを両手で2本ずつ投げる。


「はは、バァカ!ノイズで押し返されるさ!」


アクマは笑って向かい来る双燐を眺めている。
私は着地し、ニヤッと笑う。


『私の武器は…その程度じゃ軌道を変えない』
「!!」


多少揺らいだものの、投げた4本の双燐は行く先を変えることなく、アクマへと突っ込んでいく。油断したこいつに避ける時間はない。
――このヴォイスアクマは仕留めた…。
そう思った時、ギィィン!!と低く大きい金属音が響いた。


『な…っ』


アクマに向かっていたはずの双燐は何かによって弾かれ、狙った的から軌道がそれてしてしまった。
技。それはまだまだ続く。
私は地を蹴って上へと逃げる。
――…アイツか。
見るとリナリーと戦っているアクマがこちらへと風切鎌で攻撃してきていた。こちらの様子を気にかけ、あっちのアクマがこちらを援護してきたのだ。
明らかに以前戦った時よりも連携した攻撃と防御を繰り出してきている。バラバラならいけるものを、協力されたプレイでは少し手強い。
そこでバキキキキキキ!!と音がした。下を見てみると、着地しようとしている場所の氷が崩れている。地割れだ。


『ちっ…』


着地中止。
私はとっさに双燐を巨大化させ、先を地にぶっ刺して足場を作る。その上をトンッと蹴り、再び飛び上がった。
力の消耗を押さえるためすぐに巨大化させた双燐は消す。
何とか地割れにはまるのを避けた。


「氷結!!」


――…!!
見るとアレンは地割れに捕われ、しかもアクマによって足を凍らされて動けなくなっていた。
まんまと相手の連携プレイにはまったのだ。


「アイスファイア!」


アクマの声と同時にゴッ!と炎がアレンを包む。


『アレン!』


アレンは全身を炎に包まれ、地へと倒れた。


「アレン君!!」


アレンは地面に倒れ伏したまま動かなくなった。気絶したようだから、戦闘不能といったところか。
連携されてただでさえやりづらいというのにアレンが欠けたらよけいにやりづらくなる。
とにかくまずはアレンの体を移動させなければ。


「よそ見してんじゃねェよ…アイスファイア!」


今度はこちらに向けてアクマが攻撃してくる。
いや…よそ見はしても戦闘中の注意は怠っていない。
私はグンッと一気に体をそらせ、宙返りで攻撃をかわした。
予想外だったらしく、アクマは少し驚いている。


「フィーナ、アレン君をお願い!」
『分かった!』


私は空中で身をひねり、アレンの元に着地する。リナリーがいてくれて助かった。
私はアレンの腕を回して体を支え、素早く飛んで路地の端へと寝かせた。


「風切鎌!!」


――…!
リナリーは3体のアクマと必死に応戦している。
リナリーは風切鎌を壁を蹴ることでギリギリかわした。
だが見る限りリナリーの息はかなりあがっている。このままだとすぐにやられる。加勢した方がいいだろう。


ザザッ!


――…!!
肩を揺らして辛そうにするリナリーの背後に音波のアクマが回り込んだ。


『リナリー!後ろ!!』
「え…?」


リナリーが反応する前にアクマがノイズでリナリーを攻撃した。


「…ゃ…ああぁぁあ!!」


私は頭への激痛に耳を押さえる。離れたここでも頭が潰れそうだというのに、あんなにまともくらってはどうなるか分からない。
リナリーは力無く落下する。
――…ヤバ……
私は双燐をしまい、駆ける。
全力で真下へと滑りこみ、バッと落ちてくるリナリーを受け止めた。


『ギリギリー…』


私はどっとため息をつく。
見るとリナリーの目は虚ろで死んではいないが、ボーッとしている感じだ。まともに音波の攻撃を受けたのだ、神経をやられたらしい。
ただの怪我ならばいいものをこんな状態の対処方法など分かるはずもない。例え分かったとしてもこんな状況では手の打ちようもない。


「さて、どうする?あとはお前だけだ」
『…っ!!』


3体のアクマが迫ってくるのを見、私はリナリーを抱えて後ろへと飛び退く。
表情を苦くしながら着地し、アレンと同じ場所にリナリーゆっくりと座らせた。
もう2人とも戦闘不能。負傷者が二人もいるこの状況で勝てるとは思えない。
だが諦めるなど冗談ではない。
――出し惜しみしてる場合じゃない、か…
私は双燐を取りだし、1本の長剣にする。出来れば避けたかったのだが、仕方がない。
私は大きく息を吐くとギッとアクマを睨む。


「何する気だ?」
『……とっても無茶なこと』


私はフッと笑い、双燐を上へとかざす。


『己の業を戒めよ…裁け、轟け……』


その先を言うのを少し憚られる。


「おい、どうしたよ」


アクマはニヤァと笑って挑発してくる。
私はぐっと双燐を握りしめる。
――…あれから3か月経った。
修行の量も増やし、アクマとも多く戦った。教団で誰よりも自分を鍛えてきたつもりだ。
だが今の身体でもつだろうか。無理かもしれない。変わらないかもしれない。
それでも…やるしかない。
――死ぬくらいなら…賭けてやる!!


『くらえ!懺悔の嵐…!!!』


ゴオオォォォ!!


「ギァアァ!」
「が…っ!!」


懺悔の嵐はその莫大な威力の竜巻でアクマを退かせる。その竜巻は徐々に大きくなって天井にまで及び、そこにかかる氷柱を落とす。
ガラスの破片のように降り注ぐ透明の破片。
――…あ……
それが見えたのと同時に気づく。
手が、また震えだした。前とまったく同じ。そしてそれは全身へと広がっていった。


『ダメ…か…』


私はフッと笑う。
いくら修行しても身体が技に持ちこたえる時間が延びただけ。まだ私の身体には武器の変化を、シンクロ率の低下の影響を補う力はない。
私の身体はドサッと崩れ落ちた。
手から落ちた双燐から巻き起こる巨大な竜巻は徐々に勢いをなくし、消えた。
それがやっとのことで認識出来た後、私は意識を失った。



☆★☆



「ロード様、こんなやつをきれいにしてどうされるのですか?」


――……誰?
誰かが話しているのがボーンとする耳で辛うじて聞き取れる。どうやらこの会話で目が覚めたようだ。
確かアレンとリナリーがやられた後に技を使って倒れたのだったか。ならば何故意識があるのだろう。あの時なら十分殺せたはずだというのに。
私はひどく重い瞼を開ける。
――……?
視界が霞む。技から受けた影響が今回はかなり強いようだ。
だが不明瞭だったそれもだんだんと鮮明に見え始めた。やっとまともに映った視界には腕を杭で打たれたアレン。手を時計に打ちつけられたミランダ。
そして、


「起きたぁ〜〜〜?」


アレンの団服を羽織った小さい女の子。
状況を理解するなりすぐさま飛び出そうとするが、私の体は太い紐のようなものでぐるぐるにされていた。
しかも双燐が鞘に収まっていない。
私が目を覚ましたことに気づいたアクマが寄ってきた。


「よぉ。何で倒れたかはしらねェけど、お前はちょっと手強いからな。縛らせてもらったぜえ。ちなみに武器はこぉこ」


ケケケと笑いながらアクマはチラチラと双燐を見せつけてくる。
――……あっそ。
アクマを無視して女の子の方へと目を向ける。


「シカトしてんじゃねェ!!」


完全無視。それよりも今はあの子供だ。感覚から来るものだろうか、あの子から物凄い威圧感を感じる。殺気ではない、何か強大な力が周りを取り巻いているような気がするのだ。
それによく見てみればあの子は確か劇場でチケットの売り場を聞いていた子だ。何故ここにいるのか。アクマならアレンの目が反応したはず。なら何者か。


「リナリー!!」


――あ…!
よく見れば女の子の隣に人形のような姿で座らされているのはリナリーだ。


「気安く呼ぶなよ、ロード様のお人形だぞ」
「リナリーって言うんだ。かわいい名前ぇ」


あの子がアクマの言う、ロードなのか。
アレンの目は反応しなかったから、ロードはアクマではない。ならば何故アクマと一緒にいるのか。


「僕は人間だよぉ」


ロードはおどけたように言う。
――人間……
見た目からそれは十分すぎるほど分かる。
だが人間がアクマと一緒にいるところなど見たことがない。
しかもこいつらの口ぶりからいってロードの方が明らかに目上だ。力量の差以外の理由でアクマは誰かの命令に従ったりしない。アクマ以上の力を持った人間…そんな存在がいるのか。
困惑する私とアレンの顔をロードはじっと見てくる。


「何、その顔?人間がアクマと仲良しじゃいけないぃ?」
「アクマは…人間を殺すために伯爵が造った兵器だ…人間を狙ってるんだよ……?」
「兵器は人間が人間を殺すためにあるものでしょ?千年公は僕の兄弟。僕たちは選ばれた人間なの」


――……!
ロードの顔色が変わり、額から何かが浮き上がってくる。
あれは聖痕。
じっと見つめるが、ロードは人間にしか見えない。それなのに千年伯爵の兄弟と言い、アクマを従えている。訳が分からない。


「何も知らないだね、エクソシストぉ。お前らは偽りの神に選ばれた人間なんだよ」


――偽りの神…?
何を言っているのか。私達エクソシストを生み出したのが偽りの神なら本物はそれならば誰だ。
聞き返そうとするが、目の前の嘲笑を含んだ、どこか誇らしげなロードの様子ですぐにそれは察した。


『ふぅん……つまり、お前が真の神に選ばれた奴らってわけだ?』
「そう、僕達こそ神に選ばれた本当の使徒なのさ。僕たちノアの一族がね…」





第22夜end…



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