長編 | ナノ

 第021夜 接触



「…スゴイ」
『うん…ほんとスゴイ』


私はまじまじとアレンの今の姿を見る。いやこれは本当スゴイ。思わず感嘆してしまう。


「リナリー、リナリー!見てくださいよ、コレ!」


アレンの呼び掛けに話していたリナリーとミランダは振り向いた。


「時計人間!」
「「キャ――!!」」


悲鳴を上げるほど驚愕するものか。おぉ…!と感嘆する私とは対照的だ。


「この時計、触れないんですよ」


アレンは時計の中から出てくる。
そう、この時計は触れられなかった。


「今ちょっと試しに触ろうとしたら、ほら」
「わっ、すり抜けた……!?」


アレンの腕は見事にすり抜けてまるで空気の様に時計の中に入った。先程アレンを見ていて私も気がついたわけだが、かなり面白い。


『そうなんだよね。でね、こうやって試しに斬ろうとしても…』


私は双燐を抜いて時計へと振り上げる。


「キャ――ッ!!フィーナちゃん、やめてぇぇ!!」


ミランダは必死に止めてくる。どれだけこの時計、大切なんだか。


『冗談だよ』


私は双燐を鞘に戻す。まぁこの街はイノセンス同士の干渉だけは許しているようだから、斬れば本当に壊れてしまうのだが。
この時計はどうやらミランダにしか触れられないよう。となればこの時計が奇怪の原因確定だ。
大元のイノセンスが分かったわけだから早いところ奇怪を止めなければ。


「ま、まさか壊すとか…?私の友を……」
『「「落ち着いて」」』


どこからか包丁を取り出してきたミランダに3人揃って言う。本当に大事な物のようだ。


『でも対アクマ武器にするならいずれはバラバラに…フゴッ!』


あくまで笑顔を保ったままのリナリーに私の口は塞がれる。
――…そうだった。
よく考えれば、今そんなことを言えばミランダが何するか分からない。


「……?」


どうやらミランダはうまく聞き取れなかったようで、幸いだった。


「でも、ミランダ。あなた本当に心当たりないの?時計がこうなったのは何か原因があるハズだわ。思い出してみて。本当の10月9日だった日のこと」


リナリーは私の口から手を放してミランダに言う。確かに奇怪が始まった日が10月9日なのには何か意味があるはずだ。所有者であるミランダの行動がきっかけになった可能性はかなり高い。


「………あの日は………私100回目の失業した日で…」


――わざわざカウントしてたけだ…
ミランダは酒を飲みながら時計に愚痴をこぼしていた。人生に失望して時計の前に座り込んでいたそうな。
そしてミランダ言ったとさ。


「明日なんか来なくていい」


……と。


「………それじゃないの?」
『間違いなくそれ』
「え…?」


やはり根本的な原因はミランダにあったようだ。


「イノセンスがミランダさんの願望をかなえちゃったんですよ」
「そ、そんな…私はただ愚痴ってただけで…大体なんで時計がそんなことするの!?」


その答えなら簡単に出る。イノセンスの目的は知らないが、時間を止めてまでミランダに執着する理由は1つ。


「ミランダ、あなたまさか……この時計の適合者…?」


とうのミランダ自身はちんぷんかんぷんのようだが、恐らくリナリーな言う通り、ミランダはイノセンスの適合者だ。ミランダの願望を叶えたということは、シンクロしているということだろう。


「ミランダ、時計に奇怪をやめるように言ってみて!」


シンクロしてるということはそれを利用して奇怪を止めればいい。
ミランダは言われたように言葉を唱える。


「時計よ、時計よ…今すぐ時間を元に戻して〜」


その瞬間、ダダッ!!とアレンとリナリーは外へと出て新聞を確認しに行った。うまくいけば、日付は外の空間と一緒になってるはずだ。


『どー?』


私は2人に聞いてみる。


「10月…9日」


向こうからは沈んだ声が返ってきた。
――…そっか。
ちょっと単純に考えすぎたか。シンクロしてるからと言ってそんなにうまくいかないものか。


「もう一度はじめから考え直してみよっか…」



☆★☆



――…それから3日後…
何故か私達は現在、劇場でバイトをしている。
あれから散々考えた結果、私達はミランダの強い絶望感にイノセンスが反応していたと推測をたてた。再就職してミランダの気持ちが前向きになれば、もしかしたら奇怪が止まるかもしれない…と。


『はぁ…だけど、どうしてこうなるの…』


いくら推測を立ててそれを確かめようという理屈のある話でも、実際は疲れる。ここ3日でいくつクビになったことか。どれもミランダが何かしらのトラブルを起こしたことが原因だった。
気にしすぎだろうか、そろそろミランダが何かやらかす頃だ。私達がいくら気を配っていてもミランダは思いもよらないところで失敗する。こればかりは事前に阻止出来ないのだ。
何事もないのをただ祈るばかりである。


「フィーナ!」
『ん?何?』


アレンはカボチャ頭になっている。初日は見る度吹き出していたこの姿にも、もう飽きた。


「休憩していいそうです。少し休みましょう」
『やっと休み…!!』


私は伸びをし、魔女の姿をした上着を脱ぎ捨てる。着慣れていないせいの違和感からようやく解放された。
団服を羽織っていると、リナリーが呼んできたため私達は裏へとまわり、腰かける。
――ああ…疲れた。
アレンによると、うまくいけば正社員にしてくれるそうだ。これもアレンが大道芸で客引きしたお陰だ。


『でもいつまでもこんなことしてられないよ。この空間の時間は確かに無限だけど、外から無理矢理干渉してる私達やアクマ共は例外なんだから』
「そうですね。アクマもあれから音沙汰ないし…今のうちに決めたいですね」


リナリー曰く、ここ3日でクビになったバイトは5つ。3日で5件…こんな調子だったらいつまでたっても就職は無理だ。
アクマはぱったりとあの襲撃以来姿を見せてはいないが、いい加減落ち着かないと再び襲われる前に奇怪を止められない。もうクビにならないようにしなければならない。


「それにしてもアレン君って大道芸上手だね」


アレンが逆さまになって玉乗りしているのを見てリナリーが言う。確かにアレンは結構身軽だ。アレンは元ピエロで小さい頃から色んな芸を叩き込まれたとか。


「じゃあいろんな国で生活してたんだ。いいなあ」
「聞こえはいいけどじり貧生活でしたよ〜リナリーはいつから教団に入ったんですか?」


リナリーはわずかにうつむいて言う。


「私は物心ついたころにはもう教団にいたの」


リナリーは幼い頃に無理矢理教団に連れてこられたという。コムイと引き離され、リナリーに課せられたのは監禁の日々。だが3年後、コムイはリナリーのために科学班室長の地位について教団に入ってきてくれたらしい。
――……いつからシスコンだったんだろ…
今の話を聞いて感動よりも最初にその疑問は出た。あんなコムイがそんなまともな妹思いの行動をするものか。教団に突撃して奪還しに来そうなものだが。


「だから私は兄さんのために闘うの」
「兄妹かあ…いいなあ」


アレンは羨ましそうに言う。といっても顔は見えないが。


「あっ!ね―そこのカボチャァ――」


突然聞こえた幼い声に振り向くと、子供が飴をくわえて立っていた。


「カボチャと魔女のチケットどこで買えばいーのー?」
「いらっしゃいませー♪チケットはこちらでーす♪」


アレンは女の子を押して行ってしまった。何だかとっても生き生きしていた気がする。リナリーの話を聞いて元気が出たのだろうか。
私はふぅ…とため息を吐き、リナリーを見る。
――リナリーすごいな…
無理矢理教団に連れてこられたのに、今では教団のために戦ってるのだから。教団に自分の全てを差し出してるのだから。


『ねえ、リナリー』
「何?」


少しストレートに聞いてみよう。


『教団のこと恨んでないの?』
「え…?」
『無理やり教団に連れてこられて、何年もひどい目に遭って…それでも今、教団のこと恨んでないの?』


リナリーは教団のせいで兄のコムイとも3年間離れ離れになり、やっと再会出来ても死ぬまでアクマと戦っていかなければいけなくなった。
それでもリナリーは教団を恨んでいないのか。ちゃんと許せたのか。
見つめる私を少し驚いた顔で見ていたが、リナリーはすぐに笑顔になった。


「私ね、ここに来る前の記憶があまりないの。気づいたらここにいて、気づいたら皆が大切になってた。今はすごく大切な私の居場所。恨んではいないわ」
『………そう』


――そりゃそうだよね…
もしかしたら心を開けるかもしれないと思った。理解し合える仲になれるのではないか、と。
だがよく考えればそれは不可能だ。ここにいる者は結果的に教団に属すことを望んでいる。殺してしまおう、などと考えるような奴がいるはずがない。それは3ヶ月過ごして痛いほど感じてきたことだ。
それなのに、もしかしたら…と、淡い期待を持ってしまった。何と愚かなことか。復讐を誓っても孤独に怯える自分がいる。
強くならなければ。仲間など望んではならない。望むだけ無駄。甘えが増える。甘えが増えれば隙ができ、復讐が果たせない。それだけは、絶対に避けなくては。


もう二度と誰にも心を許そうとしては…


「何だと!!!」


――…何?
向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。あの声は…デブ腹の雇い主か。何だか嫌な予感がする。
私はリナリーと共に表に出る。


「売上金をすりに取られただと!?」


そこには雇い主に怒鳴られているミランダの姿。
――うそー…
金をすられるなど自爆行為。ここのバイトももう終わりか。


「茶色い上着の長髪の男…あっちへ逃げたわ」


駆け寄ったアレンにミランダが言う。


「リナリー!フィーナ!」


アレンが叫んでくる。
そこでパシッ!と私の腕が取られる。


『うえっ!?』


そしてリナリーは高速で建物の上へと飛び乗った。


「上からいくわ。行くよ、フィーナ」
『…ダメ元で聞くけどさ、ここでゆっくり休んでたりしちゃ…』
「また仕事探しする?」
『絶対嫌。早く追いかけよう』


ゆっくり休みたかったが、仕方ない。
私はリナリーに続いて走り出す。これだけやってクビなんて冗談じゃない。何とか謝ってそれで許してもらうしかない。
――茶色い上着を着た長髪男……


『…見つけた』


足の速さなどエクソシストに比べたら大したことない。それにリナリー相手に逃げきるなど確実に無理だ。
行き止まりになり、後ろから追っていたアレンが追い付いたところで私とリナリーは下に降りる。
――さて、金返してもらおうか…。
ここまで無駄な労力を使わせた礼はしなくては。どんな制裁を下そうか。
じりじりと近づこうとしたその時、そいつは本当の姿を現した。


『…アクマ?』


人の皮を剥ぎ、兵器で身を包んでいるアクマの姿が露になった。こいつは3日前に襲ってきた奴だ。
こっちにはエクソシストがそろって3名。向こうにはミランダ1人。どうやらまんまとおびき寄せられたよう。完全に仕組まれた罠だった。


「あのメスいただいた。お前たちが守ってたメスいただいた」


アクマは舌を出して言う。
――さらわれたか…。
不用意にミランダのそばを離れるべきじゃなかった。


「ロード様がいただいた」


――…ロード……?
ロードという奴がミランダをさらったというのか。ロードとは誰だ。聞き覚えの無い名前だ。
面倒に思い、私は小さく舌打ちした。





第21夜end…



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