◎ 第020夜 役立たず
――うわ、大変そう…。
恐らく全てレベル2だ。
私はアレンの方をちらっと見る。
『今度も応援してちゃ…』
「ダメですよ」
きっぱりと言われた。
『…分かったよ』
私は発動し、2本の双燐を構える。
バン!!と店が真一文字に破壊されたのと同時に、リナリーがミランダを連れて外へ出た。リナリーならミランダを無事に送り届けられるだろう。
――…さて、
私は飛んでアクマに攻撃を仕掛ける。
「パングヴォイス!」
目の前に迫ったアクマから異常な音波が出され、頭の中へと流れ込む。このアクマの能力だろう。それは空間を通じてどんどん広がっていく。
――頭…痛っ…
私はバランスを崩し、そのまま下へと降り立った。
激痛に顔をしかめて耐える。
「風切鎌!!」
別のアクマからは鋭く光る鎌のような攻撃出され、頭を押さえながら私は双燐で全て弾く。戦闘で劣るつもりはないが、それぞれ異なる能力を持つレベル2は本当に面倒なことだ。
――…む?
そこで足元を揺らす振動に気づく。
私は反射的に高く飛び、天井近くの柱へと移動した。
「うわ!」
どうやらアレンはくらってしまったらしい。あの図体のでかいアクマのアイスファイヤを。
次々と休みなく繰り出される攻撃はきつい。
――…でも、大したことはない。
3体個々の能力は厄介だが、繰り出すタイミングがバラバラだ。的の私が思うのも何だが、互いが好き勝手やりすぎなのだ。
連携して同時攻撃すればいいものを、とわずかに呆れながら私はアレンの元へと着地する。
『大丈夫?アレン』
「はい」
アレンは足の一部に食らった程度だから動けないことはないだろう。
再び双燐を構えるが、見ると3体のアクマは私達を誰が殺すか争い、しまいに3体のアクマはじゃんけんを始めた。
『……アレン』
「分かってます」
私は双燐を3本飛ばし、アレンは腕の銃でアクマを攻撃する。
「ギャ――!」
残念ながらどれも外してしまったが。
意外に俊敏であることに少々驚きながら、私は外した双燐を消す。
「何すんだテメェら!!ジャンケンのスキに攻撃するなんてヒキョーだぞ!!」
「そんなもん待つわけないでしょ」
『なめるにも程があるよ』
アホだ、こいつら。
私達の言い様にキレたのか怒りを露にしたアクマが向かってくる。
「エクソシスト、ブッ殺す!!」
――やれるもんならやってみろ。
私は双燐を長剣にし、足を開いて構える。
そこで、アクマ達がピタッと動きを止めた。
目を見開く私とアレンの視線を浴びながらアクマ達はしばらくシーンとしていたが、次の瞬間、そいつらは私達を残して飛び立っていってしまった。
――…行っちゃったよ。
一体どうしたのか。血がのぼったアクマが戦闘を離脱するなどらしくない。
「………何なんだ…?」
『…さあね。仕方ない、戻ろうか』
行ってしまったものはどうしようもない。
私は発動を解き、鞘へと双燐を戻した。
☆★☆
「どっちでしたっけ、ミランダさんの家」
『右!右!』
これで何度目だろうか、曲がり角を間違えそうになるのは。
「っていうかフィーナ、今ご飯前ですよね?」
現在は日が傾き始めている時間。アレンが言うようにご飯時だ。
『だから?』
「いや、昨日みたいにグラグラにならないのかなぁって」
『あぁ…コレがあるから』
私は団服のポケットから袋を取り出す。
「お菓子?いつの間に…」
『私をなめちゃダメだよ、アレン。二度と同じドジは踏まない』
「…さすがフィーナ」
台詞とは対照的にアレンの表情はいまいち。もしかしたら呆れられてるのかもしれない。
『まぁあくまでご飯前だからそんなに食べちゃダメなんだけどね。よかったら一緒に食べる?』
「いただきます」
――あれ…
あっさり食いついたアレン。やはり寄生型はすごい。
『ところでさ、アレン。1つ聞いていい?』
「何ですか?」
『何でアクマの魂が見えるのようになったの?』
少し唐突すぎたか、アレンが言葉に詰まっている。
だが好奇心としてどうしても知りたい。そんな便利な能力をどうやって手にいれたのか。
見るとアレンはちょっと考え込んでいる。真面目に答えてくれるらしい。
「えっとですね、見えるようになったのは父をアクマにした時です」
『え?』
――アレンも千年伯爵を呼び出した…?
アクマの材料は悲劇。残された者が死んだ者を恋しんであの世から魂を呼び出し、甦った者の魂がダークマターへと繋がれる。それが呼び戻した者の皮を被ることでアクマが完成するのだ。
『でも、アレンは生きてるよね?アクマになんかなってない』
「はい。でもそれは僕がアクマになった父を破壊したからです」
『…?それって……』
「僕は生まれながらにしてイノセンスが左腕に寄生していたんですけどその時、全く動かなかったはずの左腕が勝手に動いてアクマになった父を破壊したんです」
『武器が生まれながらに。そしてそれはある時武器へと変化した…かぁ。不思議な運命だね』
「はい…。そして、これがその時受けた呪いです」
アレンは前髪を少し上げて額についたペンタグルを見せる。なるほど。それは傷であるのと同時に呪いなのか。
そこでまだ1つ疑問が浮かんだため聞いてみる。
『実の父親、壊したの?』
別に責めてはいない。ただの好奇心で聞いている。
だがアレンは何一つ表情を変えない。
「…実の父親ではないんです。この腕のせいで捨てられた僕を拾い育ててくれた大事な人です」
『…ふうん』
アレンは捨て子だったわけだ。実の親でもおかしな腕を持った子を気味悪がるのは無理もない。
親に見放され、育て親を亡くし、さらにはエクソシストとなった…アレンの悲しい運命にはただ同情するしかない。
「でも父は僕を愛してると言ってくれました。そして、最後には壊されることを望んだ…」
アレンはさっきまでの微笑を寂しいものへと変えた。少し悪いこと聞いてしまったか。
私は袋からのビスケット取りだし、視線は向けず黙ってアレンに差し出した。
アレンはキョトン、としたがフッと笑って受け取った。
「ありがとうございます。あ…フィーナ、ここですよね」
『ふぇ…?』
アレンは立ち止まって建物を見上げる。わりと綺麗な住宅だ。
「さ、入りましょうか」
アレンは階段を上ろうと歩き始める。
『アレン!』
私は止まったままアレンに呼びかける。
アレンは振り向いた。
「どうかしました?」
たくさん話してもらったが、まだ1つ聞きたいことがあった。
私はアレンに追い付いて聞く。
『…お父さんの名前、何て言うの?』
アレンは少しポカンとしていた。
だがすぐに笑って言った。
「…マナ……マナ・ウォーカーです」
アレンは少しも暗い表情を見せなかった。
「…行こう。リナリーが待ってます」
日はもう沈んでいた。
私は頷き、ミランダの部屋へと続く階段を上って行った。
☆★☆
「アクマが退いた?」
「ええ」
アレンはリナリーに傷の手当てをしてもらっている。アイスファイアーを受けた傷口は大したことはなかったが、かなり痛そうだった。
もうすっかり夜。日付ももうすぐ変わる頃。
――あぁ…ここは巻き戻る街だから明日は来ないか。
だがミランダの時間はどうやって奇怪の影響を免れているのか見ることが出来る。
私はチラッと窓から外を覗く。異変や違和感はない。
『街に異常はなかったよ。今も見張られている気配はしない』
私はカーテンを閉め、2人の元へと戻る。とりあえず今は安心だ。
「でもよかった。レベル2をあんなに相手にするのはアレン君にはまだ危険だもの」
私は椅子へと座り、ぶらぶらと足を揺らす。
リナリーの言う通り、アレンの新しい銃刀器型の武器は体に負担がかかるため、まだあまり長い時間使えない。体力作りに励んでいるアレンの悩みだ。
『ま、こつこつ修行してけば大丈夫でしょ。ファイト』
「フィーナも!兄さんからあまり無理な戦いはしないようにって言われたんでしょ?」
『う゛…』
これまたリナリーの言う通り、人のことは言えないということだが、技は極力使わないようにしているから大丈夫だ。
――それよりも…
私はチラッと向こうを見る。
「で、何してんですかミランダさん」
先程からミランダは時計の前でガタガタ震えている。エクソシストやアクマの話を聞いて動かなくなってしまったそうだ。
時計を拭きながらミランダは何やらぶつぶつ独り言を言っている。
「私が何したってのよぉぉ〜〜もう嫌。もう何もかもイヤぁぁ〜」
今にも魂が出そうな顔をして独り言を繰り返している。顔色も悪いし、何よりも…
「く、暗い…」
『だね。典型的なネガティブ思考』
何故ミランダはこう後ろ向きか。
「ミ、ミランダさん…」
「私…は何もできないの!あなた達すごい力をもった人達なんでしょ!?だったらあなた達が早くこの町を助けてよ」
アレンがなだめようと近づくが、ミランダは突然叫んだ。まぁ実際にその通りなのだが。ミランダには力が無いから何もできない。
だが、自分の無力を理由に他人に何かを押し付けるのはただ見苦しい。力が自分にあるなしは関係なく、素直にそう思った。
そんな私とは裏腹に、アレンはミランダの前にしゃがみ、助ける代わりに自分も助けてくれと言う。
「明日に戻りましょう」
またアレンは誰だろうと手を差しのべるようだ。ここ3ヶ月の任務もほとんどがアレンと一緒だったが、毎回こんな感じだ。仮にも私達の任務はイノセンスの回収で、人助けではないのだが。人助けを優先させてしまうアレンに今までも何度か頭を悩まされた。
そこでミランダがスクッと立ち上がった。
何だと思ったら、ミランダはベッドに入ってしまった。
「寝るんですか!?」
ミランダはベッドに入ってすぐに寝てしまった。何か様子がおかしい。
――……?
ふと眠気を感じて私は目をこする。よく考えたらもうこんな時間だ。
『ふぁ〜…ま、いいんじゃない?私達も早く寝ようよ』
私は座り込み、壁にもたれかかると目を閉じる。よく考えれば寝不足は本当に駄目なのだ。
「ダメよ、フィーナ!」
「ちょっとフィーナ!起きてください!」
2人にぐらぐらと揺すられる。まるでゆりかごに乗ってる様。頭はもう夢の中。
ゴーン…ゴーン…
――…時計……?
ミランダの時計の音か。何故今…
――……!!
周囲に今までにない違和感を感じた。
私はカッと目を開けると、素早くその場から飛び退き、ミランダのテーブルの上に着地する。
見るとあちこちに時計の模様が浮かんでいる。
それはやがて部屋に置いてある時計の中へと吸い込まれていく。部屋の中は時計模様の濁流だ。
――何。
私は吸われていく模様の一つ一つを確認する。
『これ…』
リナリーと合流した時、ミランダと出会った時、アクマと戦った時…今日過ごしたすべての時間がその模様の中にはあった。
『なるほど。この時計が時間を吸ってるわけか』
これでミランダに奇怪が及ばない理由が分かった。ミランダはこの時計の所有者であり、24時になると自動で眠らされてしまう。
つまりこの時計が…
そして、もしかするとミランダは…――
そこでパァァッと窓から光が差し込んだ。ということは…
「朝ぁ〜!!?」
――ああ、とうとう眠ることはできなかった。
第20夜end…
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