長編 | ナノ

 第019夜 巻き戻しの街



丁度日が暮れてくる時間だった。
どこにでもある街。夕暮れ時も近づいてきたせいか、その街の人通りはまばらだった。
だから誰も気づかなかったのかもしれない。
そこの一角にある建物。その裏でアクマを発見した。


「こんばんはAKUMA」


そう言ってアレンが攻撃を入れた。レベル2一体なら苦もなく倒せるだろう。


『アレンファイトー』


だから私はしゃがんで応援。どうせすぐに破壊してしまうのだから別に手を貸す必要などない。


チュドーン!


――…ほらね。


『アレン、お疲れ』


こちらに戻ってくるアレンに私は言う。
それにアレンは苦い顔だ。


「出来れば手伝ってほしかったです…」
『大丈夫だよ。アレン強いから』
「何かあんまり嬉しくないです」


私は立ち上がり、アレンと共に建物の裏を出る。


『晩御飯の時間だね』


ぽつりと私は言う。今日は何を食べようか。


「あれ?フィーナ、時計持ってました?」


アレンの問いかけに私は首を振る。


『私の腹がそう告げてるの』


私はキリッと目を輝かせた。


「あ…そうですか……って、フィーナ!あの人は!?」
『………あ』


長く沈黙が続く。
私の何処か抜けた声に続く言葉はなかなか出てこなかった。



☆★☆



「へっくしょい」
『アレンどうかした?』
「いえ、何でも…」


誰かに噂されてるのではないか。そう言おうとした時、リナリーから少し厳しい声が飛んでくる。


「これは何?アレン君!フィーナ!」


今日、アレンと私はリナリーと合流した。
アレンが迷子の名人と聞いたリナリーは共に行動するよう計らってくれた。私も1人で行動するのは少し不安だったため了承した。


『「…すみません」』


…その結果がこれだ。


「すみませんじゃない。どうして見失っちゃったの」


――…面目ない。
元々アクマは女の人を襲おうとしていた。割って入って何とか助けたはいいが、その女を見失ってしまった。


「すごく逃げ足が早くて…この人」
『どうかするとリナリーよりも早かった…』
「フィーナ!」
『はい、すいません…』


元々逃げられたのはぼんやりしていた私のせいだ。しっかり見張っておけばよかった。


「でも、ホラ似顔絵!こんな顔でしたよ」
「似顔絵…?」
『ごめん、見せなくていいって言ったんだけど…』


私も頭を抱え、ため息をつきながら言う。
アレンの絵は言いようのないくらい下手だった。無理すればあの人に見えなくもないが、さすがに…とにかくひどい。


「でもこんなことなら二手に分かれずに一緒に調査すればよかったね。昨夜退治したアクマ…確かにその人に「イノセンス」って言ったの?」


リナリーが聞いたのと同時に料理が運ばれてきた。待ちに待った朝食に私とアレンは同時に手をつけ始める。


『うん。その人を押さえつけてイノセンスのありか聞いてた』
「道に迷って路地に入り込んだら偶然見つけて…運がよかったです。たぶん今回の核心の人物だと思いますよ」


私達は2人そろって目の前の食べ物を口に入れる。
それをリナリーは少し呆れて見ていた。


「2人共、今度から絶対一緒に調査しよう。それにフィーナ。アレン君が迷わないようにあなたを一緒にしたのに…」


――う…。
私は朝食を食べる手を休める。
そもそもアレンと一緒に行動したのは迷子を防ぐため。その役割を怠ってしまった私が明らかに悪かった。
だけど…!!


『…ねぇリナリー。覚えておいてほしいんだけど私、ご飯前になると充電切れちゃんだ』


現に道に迷ったのはあの夕方あたりだけだ。それまではあり得ないほど違う方向へと行こうとするアレンを誘導していた。だが時間が経つにつれて頭が回らなくなり、最後にはアレンに引っ張ってもらっていた。
リナリーは少し苦い顔をする。


「……フィーナってたまに自由な時があるね」
『あはは。束縛は何よりも嫌いなの』


こういうのは束縛とは言わないが。
私は再び朝食に手をつける。
そこでリナリーの調査についてアレンが聞いた。
私とアレンが調査する一方でリナリーも単独で行動していた。こちらは核心の人物に出会ったわけだが、リナリーの方は何か収穫はあったのか。


「ん――…コムイ兄さんの推測はアタリみたい。2人とこの街に入った後、すぐに城門に引き返して街の外に出ようとしたんだけど…どういうわけか気づくと街の中に戻ってしまうの」


私は満腹になって朝食を食べ終えた。これで頭も体もフル回転だ。
リナリーの言うには、城門を壊して外に出てもいつの間にか街の中へと戻ってきてしまったらしい。
――…完全隔離か。
リナリーが試して駄目だったということは当然、アレンや私がやったところで無駄。これがこの街で起きている奇怪現象。


「あ。それじゃやっぱり…」
「私たちこの街に閉じ込められて出られないみたい。イノセンスの奇怪を解かない限りね」


――…教団に入団してから3カ月余り。
地味に任務をこなし、徐々にここにも慣れ始めた。この任務が与えられたのはそんな比較的落ち着いた時期。
私達3人は揃って司令室へと呼びだされ、聞かされた。


“巻き戻っている街がある”と。


この街は外の空間から一切の干渉を受けず、10月9日を永遠に繰り返しているらしい。
聞く限り、探索部隊はそこへ入れなかったようだ。
そこで結果的に出したコムイの推測はこう。


@ もしこれがイノセンスの奇怪なら同じイノセンスを持つエクソシストなら中に入れるかもしれない。
A ただし、街が本当に10月9日を保持し続けているとしたら、中に入れたとしても出てこられないかもしれない。


……と。
私達エクソシストだけがこの街の中に入れたということは、やはりこの奇怪の原因はイノセンス。コムイの推測が立証された今、手早く調査してイノセンスを回収しなければならない。


「なんかコムイさん、元気なかったですよね」
『あ、アレンもそう思う?』


任務を通告していたコムイのテンションは下がりっぱなしだった。任務に関してはコムイはあんな感じではないはずなのだが。


「…なんか兄さん…いろいろ心配して手働き詰めみたい」
「心配?リナリーの?」
「伯爵の!」


リナリーはアレンの頭を新聞でポコッ!と叩く。


「最近伯爵の動向が全くつかめなくなったらしいの。「なんだか嵐の前の静けさみたいで気持ち悪い」ってピリピリしてるのよ」


――…千年伯爵。
まだ会ったことはないが、そいつがこの教団の敵であり、世界を終焉へと導こうとする張本人。
その伯爵が動きを見せないということは…


『これから伯爵は何か起こすってことだね。世界を終わらせるための何かでかいことを』
「伯爵が…」


私はテーブルへと肘を付き、窓の外を見る。
何をしてくるかは定かではないが、面倒なことになりそうだ。どんな策を巡らせていることやら。
憂鬱に思いながら私はカップを手にとってココアをすする。リナリーはコーヒー飲んでるようだがさすがに飲めません。まだまだお子様ですので。
そこで、



ガチャーン!



――びっくりした…。
いきなり聞こえた音に振り返ると、アレンが今まで止めようとしなかった手からフォークが落ちていた。何だ、一体。
見るとアレンの視線がリナリーのそのまた向こうへと向いている。
怪訝に思い、アレンの視線を辿ってみる。


『アレン?どうかし…』



ガチャーン!



今度は私がカップを落とす。たった今飲み終えたばかりで中身が入っていないのは幸いだった。


「もう、2人共どうしたの?」


どうしたも何も。私とアレンの目線の先にはじぃーとこちらを見る女が1人。
しかもその女…


『「あああ!!」』


その女は昨日アクマに襲われていた女。要するに今回の奇怪の最重要人物。


「この人です、リナリー!!」


あっさり見つかった。
覗き見していたようだが、もしかして追いかけてきたのか。
だがそこで女は何故か脱出を試みようとする。また逃げられたりしたらたまらない。
アレンと私は懸命に腕を伸ばして阻止した。


「エクソ…シスト…?」
「はい…てか、なんで逃げるんですか」
『窓は反則でしょ…』
「ごめんなさい。なんか条件反射で…」


女の方は挙動不審というか、何というか。かなり独特の雰囲気を放つ女だった。



☆★☆



「わ、私はミランダ・ロットー。嬉しいわ。この街の異常に気付いた人に会えて…」


ミランダと名乗るこの女。
聞く限り、この街の異常に気付いた人間は私達を除いては誰もいなかったようだ。


「誰に話してもバカにされるだけでホントもう自殺したいくらい辛かったの。あ、でもウ●コはよけられるようになったんだけどね」


ウフフフとミランダは笑う。
――…何、この女。
ちょっとキてるのか。
だがまぁ普通の者に話したところで信じてくれるわけがない。街の住人達はミランダを除いて誰一人として、異常を認識出来ないのだから。


「ミス・ミランダ、あなたは街が異常になり始めてからの記憶があるの?」
「ええ。町のみんなは昨日の10月9日は忘れてしまうみたいだけれど」
『あ―それってきついね…』


奇怪を最初から今まで見届けてきた…やはりミランダがこの奇怪のカギを握っている。
――この女が…?
見たところ普通の…いや、どことなく普通じゃない気もする。だが特別にイノセンスの奇怪を認識できる要素を持ち合わせている者とは思えない。
一体お前は何をした。…聞いたところで困惑するだけだろうから、今は聞かないが。


「私だけなの…」


ミランダはそう言うと私とアレンの手を掴み、ずわっと引き寄せてきた。


「ねぇ、助けて!助けてよぉ!私このままじゃノイローゼになっちゃうぅ〜あなた達、昨日私を変なのから助けてくれたでしょ。助けたならもっと助けてよ―っ!!」
「うわわっ怖い!」
『助けたのはアレンだよっ!』
「そんな、フィーナ!」


厳密にいえば私は傍観していただけだから。知りません、知りません。


「落ち着いてミス・ミランダ!助けるからみんなで原因を探しましょう」
「原因つったって気づいたら10月9日になってたんだもの〜」
『そんなこと言ってもそもそもあなたが……ん?』


私はピタッと動きを止める。そしてミランダの手を離し、五感だけを働かせて全ての集中を周りへと向けた。


『………』


数秒後、私はため息をついて立ち上がる。
――…殺気だ。
何故気づかなかったか。ミランダの話や本人の剣幕に気をとられていたせいか。
ある意味で大した女だということは分かった。
私は双燐を抜き、アレンも立ち上がった。


「リナリー、ミランダさんを連れて一瞬で店を出て。君の黒い靴ならアクマを撒いて彼女の家まで行けますね?」


そうだ、アレンには見えるのだ。アクマの魂が…――
きっと殺気がなくても素早く気づけるのだろう。少し羨ましい。


「どうやら彼らも街の人とは違うミランダさんの様子に目をつけ始めたようです」


店の中の客たちが一斉に立ち上がった。まさかこんなにいたとは。いくら気が逸れていたとはいえ気づかなかったのが不思議なくらいだ。


『リナリー急いで』


私もアレンに続いて前に出る。
さて、乱闘開始。


「なぜミランダさんが他の人たちと違い奇怪の影響を受けないのか…それはきっとミランダさんが原因のイノセンスに接触している人物だからだ!」


次の瞬間、客の姿をしたアクマたちは皮を剥いで本性を表した。





第19夜end…



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