長編 | ナノ

 第???夜 落差の発覚



コンコンッ


「はーい、どうぞー」


目の前のドアをノックすると何とも能天気な声が聞こえてきた。
私はガチャリとドアを開ける。


「おや、フィーナちゃん」


コムイはケロッとした顔で出向かえる。見る限り先程の騒動の事など、全く反省の色がなしだ。この様子では次に起こる騒動も面倒なことになりそうだ。
憂鬱に思ってため息をついていると、コムイがニコッと笑いかけてくる。


「聞いたよ。喋れるようになったんだってね」


コムイの言葉に私はピタッと動きを止め、


『……それが?』


仏頂面で聞き返す。


「うん、おめでとう!よかったね」


――………。
やはりコムイは最初見た時と全く変わらない。愚直なまで素直に感情を感じさせる言葉と表情。心から喜んでいるのがその偽りない態度で分かる。
だが、


『……黙ってよ』
「………」


私の言葉にコムイは笑顔を消し、任務前に見たような真剣な顔になる。
そんなコムイを私は冷えた目で見下ろす。


『元々喋れなくなったのはお前らのせいなんだけど?よくそんなことが言えるね』
「…フィーナちゃん…」
『それなのに、ここの奴らは無神経すぎる。軽々しく「よかったね」って。そんな言葉、私を蔑んでるようにしか聞こえない。嘲笑っているようにしか聞こえない』


怒りも憎しみもない。ただあるのはひどく錆び付いた心。凍てついた醜い感情。
だが表に出すことに抵抗は覚えない。こいつらが望んで作り出したものなのだから。


『エクソシストには仕方ないからなったんだよ。任務もしっかりこなすし、アクマも壊す』
「…うん」
『そのかわり、二度と私を祝福しないで』


拒絶。軽蔑。
一生、教団を受け入れることはないと言う遠回しな意思表示。
私の幸せを奪っておいて今さら祝福するなど冗談じゃない。憎しみが増すだけ。重荷にしかならない。だからそんなものいらない。
私の刺すような目を見、コムイは手を組んでうつむいた。


「…分かったよ。悪かったね」


――…フン…
コムイの様子を見ていたらわかる。自分達の犯した罪を悔いていると。悔いているが、懺悔しても償いきれることでないと分かっていると。分かっているから…策を巡らすこの私に何も言ってこないのだ。
だが悔いているからといって見逃すつもりはない。罪を自覚しているなら尚更消すべきだ。
己の罪深さを思い知らせて惨く殺す…それが私の望む復讐。それが一番の報い。
言葉で償いきれない罪なら、誰かが手を下さなければならないのだ。裁きを下すのは私なのだ。
――…さて、
こんなことを問題にしにきたのではなかった。本題に入るとしよう。


『…用があってきた』
「用…?何かな?」


コムイは眼鏡を直して聞く。
コムイに頼るのも癪だが、聞きたいことがあった。


『見たでしょ、昨日。私の体が変になったの』
「…うん。見てたよ」


コムリンを破壊するために技を使っている最中に起きた痙攣。今まであんなものは起きたことがなかった。まるでイノセンスが私を拒絶したかのようだった。


『何でこうなったか分かる?今までは全くなかったんだけど』


コムイなら何か知ってることがあるかもしれない、そう思ったから聞きに来たのだ。


「詳しいことは分からないけど多分、シンクロ率が低下しているんだろうね」
『シンクロ率…?』
「前に話したよね?シンクロ率が低いほど発動は困難になるって。ヘブラスカに調べてもらった君のシンクロ率は69%だった」


そう、入団したあの日起こした騒動の後に、私はヘブラスカにシンクロ率を調べてもらった。触手のようなもので双燐に触れ、ヘブラスカは私のイノセンスとのシンクロ率は69%と言った。シンクロ率という言葉や意味を知ってはいても初めて聞いた数値に価値観が分からなかったため、その69%が高いか低いか私には見当がつかなかった。今のコムイの話を聞く限り、あまりいい数値ではなさそうだ。


「君を追っていた鴉達の報告を聞く限り、君のイノセンスとのシンクロ率は80%を越えていたはずなんだ。結構な高数値だったんだよ。だけど…それは大幅に低下してしまった」
『…どういうこと?』
「恐らく原因は次の2つのうちのどちらか。または両方」


やはりコムイは何か知っているようだ。室長の座についているのだ、多くのイノセンスを見てきたその目は信頼していいだろう。


「1つ目はイノセンスのダメージ」
『ダメージ?……別に、そこまで双燐に無理をさせる戦いはしてないはずだけど』
「外傷的なものじゃない。キミは2ヶ月間、洞窟に閉じ込められていた。キミが目を冷ました時にも言ったけど、キミを生き延びさせていたのはキミのイノセンスなんだ。キミの体をギリギリの状態に保つだけでもイノセンスは多くの力を使ってしまったのかもしれない」


コムイが言うには、私はイノセンスの力を借りて洞窟の中を生き延びたらしい。閉じ込められてから助けられるまでずっと、イノセンスは私のために力を削っていたということだ。


『…ってことは、私のせい?』
「いや、決してそういう訳じゃない」


私の見解をコムイは素早く訂正する。


「イノセンスはキミを死なせたくなかったから自分の力を使ってまでキミを助けたんだ。だからキミのせいじゃない…イノセンスの思いだよ。これはあくまで予想だけどね」


――…思い、か。
ということはイノセンスにも私の気持ちが伝わっているのか。復讐を固める心や怒りや憎しみに歪み、揺らぐ心。そういうものをイノセンスは全部感じ取っているのか。


『…だけど、もしそうだったらどうやって回復すればいいの?』
「そうだね…できるだけイノセンスを傷める戦いをしないこと。乱暴に扱ったりしちゃダメだよ。あとはまた地道に経験を積んでいくしかない。戦っていけばフィーナちゃんならすぐ元に戻ると思うよ」


乱暴に扱わないというのはもちろんだが、地道にとは…。
また再スタートということか。振り出しからのスタートなど憂鬱でしかない。


『そう…で?もう1つの可能性は?』
「2つ目は…これはかなり憶測の考えなんだけど、イノセンスと君のスタイルに“ズレ”が出てるかもしれないこと」
『ずれ…?』
「可能性はかなり低いんだけど、イノセンス自体がスタイルを変えているのかもしれない」


何だそれ、と私は思う。


『イノセンスが進化してるってこと?』


いくら意思があるとはいえ、寄生型でないイノセンスが武器を勝手に造り変えることなどあるのか。適合者はイノセンスの適合権を与えられると同時に、戦う手段として自由にそれを操ることも可能になる。適合者の意思に反する変化というのはある意味イノセンスの暴走とも取れるのではないだろうか。


「分からない。進化かもしれないし、退化かもしれない。でももしそうなら今は様子を見るしかない。キミがイノセンスのスタイルに合わせていくしか方法はないと思う」
『また地道論か…』


結果的にどちらであってもするべきことはあまり変わらない気がする。要するにこれからは今まで以上に努力しろ、と。


「アレン君と一緒だよ。イノセンスの変化に身体がついていけないんだ。だから本人の意思に関係なく拒否反応が出てしまう」
『……なるほどね』


まぁとにかくイノセンスについていける身体になれるように自分自身も強くなれ、ということだろう。
装備型の適合者はイノセンスなしではただの人間だ。強くなるためにはイノセンスに見合う身体能力が必要だ。


『修行の量でも増やすかな』
「あまり無理しちゃダメだよ」
『何となく分かってる。じゃあ』


私は踵を返し、指令室を出た。
――これからもまた修行か…
何故シンクロ率が低下したかは結果的にはまだ分からない。コムイも考察は示してくれたが、2つ共確かめようのない事柄だ。
だが理由が何にしろ下がった分のシンクロ率を早く取り戻さなければならない。
私はまたため息をつき、自室へと続く階段を降りるのだった。





第??夜end…



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