長編 | ナノ

 第016夜 土翁と空夜のアリアG



――…終わった。
私はトスッと腰を落とす。
長かったような短かったような…いや、どう考えても長かった。この調子ではこれからのことが思いやられる。
視線をアレンと神田に向けると、2人ともダメージが大きすぎたのか、倒れている。気を失ってはいないだろうが、疲れ果てているようだ。
そこにトサッと何かが落ちてきた。
――これ…
それはアクマがララから奪ったイノセンス、ララの心臓だった。
私はアレンを揺する。


「フィーナ…?」


うっすら目を開けるアレンに私はそのイノセンスを見せる。


「………頼みます」


私は頷き、立ち上がった。
――…まだ、終わってはいけない。
2人が望む最後を…
ララとグゾルが永遠に共に在れるように…
私は倒れるララの元にしゃがむ。
そしてゆっくりとララにイノセンスを戻した。
しばらくするとララは動き出した。



☆★☆



さわさわと風が吹いている。
心地いい。本能というか、風を感じられる場所にいると落ち着く。
そこに木々の音と混ざり、子守唄が聞こえる。優しくて暖かくてホッとする。
だがどこか悲しく儚い。そう初めて聞いた時と全く同じ。
変わってなどいない、全く。
――ララ…
あの後、ララに心臓であるイノセンスを取り戻し、無事に甦った。
だがそれはグゾルに初めて会った人形。グゾルのことは覚えていなかった。
人形として、機械として、あれからララはグゾルのために歌い続けている。
――もう3日かぁ…
グゾルが死んで早3日。そろそろだと思うと何だか悲しくなる。
そこで誰かの来る気配を感じ、私は伏せていた顔を上げる。


「フィーナ」


――アレンか…
アレンは歩いてくるなり私の隣に腰かける。


「神田は全治5か月だそうです。でも命に別状はないって」


――そんな重症だったんだ…。
それだけ大怪我を負っていてあれだけ叫んで暴れていたのか。
どれだけ根性ある奴なのだと私は意味の分からないため息をついた。


「…ずっと歌ってますね」


アレンは多少うつむき加減に言った。
私はコクリと頷き、再びうつむく。
――グゾルとララは、幸せだっただろうか。
2人は静かな最後を望んでいた。だがそれは叶えられなかった。
それにグゾルが壊すことになるのは自分を知らないララだ。
ララと一緒に最後を迎えるのは既に命の灯が消えてしまったグゾルだ。
結局2人が一番望んだ最後ではなくなってしまった。


「辛いですね…」


アレンの言葉が突き刺さる。
2人を一番理解していたはず私にもっと出来ることはあったのではないか。今さら遅いとは思っても後悔しないではいられない。やれることはした、そうは思ってもやはりやるせない気持ちになる。
――…でも……
それでも今やるべきことは分かってる。
2人に何も出来なかったが、これがララとグゾルのためになる。
それはララが壊れるまで歌わせてあげること。ララが壊れるまで…2人の時間が永遠と止まるその時まで、ララを歌わせてあげること。
これが2人にしてあげられる唯一のことだ。
木々は互いの体を揺らして犇めき合い、その音がララの子守唄をさらに引き立てる。
ララは人によって造られたが、この歌はそうではない。グゾルとララが今まで過ごしてきた時間が生み出した歌。
ララは歌いながら祈った。“最後まで、グゾルと共に在りたい”と。
ただひたすら歌い、祈った。歌うことで、祈ったのだ。
――…祈り……。
祈ることと、歌うこと。
それで2人が救われるのなら…
それが2人の幸せに繋がるのなら…
――…ララ……


『ら゛…』
「え…?」


――…っ!!
私はバッと顔を上げる。
同様に腕に顔を沈めていたアレンも驚いて私を見た。
――………今…。
私は手を喉に当てる。
久しぶりの感覚。声帯を使い、喉に振動が伝わる感覚。
自分自身でも驚いた。
――声が、出た……?
どれくらいぶりだろう、声を出したのは。
私は自分を見つめるアレンを見る。


『ア…レン……』
「…!フィーナ、声!!」


――…やっぱり。ちゃんと出る。
声を出すことが…怖くない。
アレンは嬉しそうに立ち上がる。


「出たじゃないですか、声!!」


アレンはまるで自分のことのように喜ぶ。
普段ならこの態度を切って捨てる私だが、思わずつられて立ち上がる。


『話せる…声が出せる…話せるよ!アレン!』


私は笑うことで声を出し続ける。
ずっと声を出すことが怖かった。
だが話すこと…その事は今は恐怖ではなく、喜びしかない。


「よかったですね」


アレンはニコッと笑いかけてくる。


『………』


アレンの笑顔。
初めて見た時はこの裏にあるものは何かと疑っていた。
だがアレンの感情には何一つ偽りはない。アレンは心から喜んでくれている。
憎しみを捨てることは出来ない。怒りを消すことは出来ない。でも今は、今だけは喜びを感じていたい。
私はフッと笑った。


『ありがと、アレン』
「え…?何て?」
『…何でもないよ。うーん!よかった、声出せて』
「あはは、神田も驚きますね」


そうだ忘れていた。皆にも言わなければならない。
これでコミュニケーションは取りやすくなった。生活のなかで日常化していた不便はもうない。これからはなに不自由なく人と話すことができる。
――そして…
そして、色々な情報を聞き出すことも可能だ。
信頼を集めておく必要性は変わらない。
それでも話せることで復讐を阻む障害がひとつ減った。
私は目の前にいるアレンをじっと見つめる。


「ん?どうかしましたか?」


アレンはキョトンとする。


とても優しいアレン。
きっと、私を本当の仲間だと思ってるよね。
でもね、アレン。その優しさが結局は自分を苦しめることになるんだよ?
いつかは悔やむ日が来るよ…その優しさを。
そして憎む日が来るよ…私のこと。
だけどその日まで、あなたは私の大切な仲間だからね…


『何でもない』


私はアレンから視線をそらし、再び腰を落とす。
アレンも同じように腰を下ろした。


「ララとグゾルのお陰ですね」
『…うん』


ララとグゾル。この2人がいたから、この2人の愛を感じられたから、声を出すことが怖くなくなったのかもしれない。
2人が再び、思いやる優しさに触れさせてくれたから…。
――…だから、祈ろう。
2人の愛を。2人がずっと幸せでいられることを…
私は目を閉じる。


『Lacrimosa dies illa…』


「フィーナ…?」


私は目を閉じて歌い出す。
ララの子守唄。
ラテン語なら分かる。昔、各国を訪れていたから。
静かに歌う。今もなお聞こえる、ララの声に合わせて。


――それが…祈りに繋がるのなら…


『qua resurget ex favilla
 judicandus homo reus
 Huic ergo parce,Deus,
 pie Jesu,Domine!

 judicandus homo reus
 Dona eis, requiem! Amen!
 pie Jesu,Domine!』


――…涙の日、その日は
罪ある物が裁きを受けるために
灰の中からよみがえる日です
神よ、この者をお許しください
慈悲深き主、イエスよ

灰の中からよみがえる日です
神よ、この者をお許しください
慈悲深き主、イエスよ…――


祈ることしかできないけど…
歌うことしかできないけど…
2人の眠りに永久の幸福があるように…。


「…いい歌でした」


歌い終わってアレンからかけられた声に私は笑って振り向く。


『そ?ありがと』


これは許しの歌。
教団を、エクソシストを許せない私が歌える歌じゃないのかもしれない。
だがこんな私を許してくれる存在を少しでも信じたい。だから歌った。
ララはまだこの歌を歌い続けている。
だが、もうじき止まる。ララはあと少しで止まってしまう。声を出せたことに喜びを感じつつも、まだその事で胸は潰されそうだ。
それでもさっきとは違う。歌うことで…祈ることで…ちょっとだけ、胸の中の何かが軽くなった気がしたんだ。



☆★☆



「何寝てんだ、しっかり見張ってろ」


――…神田か。
私は重々しく伏せていた顔をあげる。
あれから2人揃って顔を伏せ、ララの歌を聞いていた。
未だにアレンは伏せたままだが。


「あれ…?全治5か月の人がなんでこんなところにいるんですか?」
「治った」


ドサッと座りながら神田は言う。
理屈のぶっ飛んだことを言ってのけてると思う。信じろと言う方が無理な話だ。


「うそでしょ…」
『嘘だな』
「うるせ……って、おい…」


神田はいきなり歯切れを悪くしたかと思うと私に呼び掛ける。
そうだ、神田には教えてなかった。


「あ、そうでした。フィーナ、喋れるようになったんです。ついさっきのことですよ」


アレンは話す。
ララとグゾルのことで再び落ち込んでしまったのだろうか、声のトーンが低くなった。


「いきなりだな…」


神田はちょっと驚いたようだ。
まぁ今まで一言も喋らなかった奴がいきなりまともな言葉を発したら、そりゃ驚くか。
私は軽く笑って言う。


『まぁそういうことだからよろしく』


それに対して神田は無言。相変わらず愛想悪い。
ムカついていると、事務的に神田は話す。


「コムイからの伝言だ。俺はこのまま次の任務へ行く。お前らは本部にイノセンスを届けろ」


――可哀想、任務か…
私はもうガタガタでもちそうにない。
大人しく帰った方がいいということだろう。


『…OK〜』
「…………分かりました」


アレンは未だにうつむいている。
よほど辛いのだろう。


「………辛いなら人形を止めてこい。あれはもう「ララ」じゃないんだろ」


神田はそんなアレンから視線をそらして言う。
そう、あれはもうグゾルと一緒にいたララではない。歌わせているだけ無駄なのかもしれない。
だが、


「ふたりの約束なんですよ。人形を壊すのはグゾルさんしかだめなんです」
『そうだよ。ふたりの時間は一緒に止めてあげないと』


ララはグゾルに最後の瞬間に壊されることを望んだ。
グゾルが死んだ今、グゾルのそばに寄り添って動かなくなるのを待つしかないのだ。


「甘いな、お前たちは。俺達は破壊者だ。救済者じゃないんだぜ」
「…………わかってますよ」
『…そんなこと分かってる』


元々教団という存在を破壊するために私はエクソシストになったのだ。救う目的で入団した訳じゃない。
だが2人は私と同じ存在になろうとしていた。
私のように破壊される前に、救ってやりたい。
だから、これからも救い続けるつもりだ。この聖戦の犠牲になる存在がいたらその時だけ、私は破壊者から救済者になる。都合がいいのはわかってるが、そうせずにはいられない。見捨てるよりよほどましなのだから。


「でも僕は…」


ヒュオッ


――…風が……
風が、吹いた。
吹き抜け、そして…


「歌が、止まった」


グゾルが死んでから今日で3日目。人形は…ララは、止まった。
私とアレンはララとグゾルの元へ行く。
ララは本当に動かなくなっていた。
――ララ…
私とアレンはしゃがむ。


ありがとう…


――…え?


壊れるまで歌わせてくれて。これで約束が守れたわ…


ガシャッとララは崩れてきた。
――…ララ……。
何もしてやれていないかと思っていた。全て壊してしまったと思っていた。
でも違った。お礼を言ってくれた。
――2人は…救われたんだ…
アレンを見ると、泣いていた。
もしかしたらアレンにも聞こえたのではないだろうか、今の声が。


「おい、どうした」


神田の声。
泣いているアレンが涙をぬぐいながら言う。


「神田…それでも僕は誰かを救える破壊者になりたいです」


アレンは言った。
私は黙って空を見上げる。その夜のマテールの夜空は一際輝いていた。
私は目を閉じ、しばらくその光を感じていた。





第16夜end…



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