長編 | ナノ

 第???夜 暗き誘発



『神田!』


私は向こうへと歩いていく神田を呼び止める。
次の任務へと行くらしく、ここで別れるのだ。
神田は立ち止まり、振り返る。


「初めて呼んだな」


神田の言葉に私はあぁ…と言葉を漏らす。そういえばそうだったか。
だが先程までは呼びたくても呼べなかったわけだし、私的には何度も口にしていたようなものだから別に新鮮な感じはしない。
初めて口に出して名を呼ばれる神田にとってはそうも感じるだろうが。


「で、何だ」


神田は相変わらず仏頂面だ。これから直る日など来ないのだろうな、と私は小さく苦笑する。
だが変なところで虚しくなっても仕方ない。言うこと言って早く任務に行ってもらおう。


『任務の時、ごめん』


「あ?何のことだ」


神田は身に覚えのないように言ってくる。分かっていないのか。


『2人を逃がしたこと』


ちなみに私は自分が間違ったことをしたなど思っていない。あれは当然のことをしたまでだ。
間違っているとしたら、それは神田の方。2人を何の躊躇いもなく犠牲に差し出すなどあんまりだ。最低だ、そんなことをする奴は。
私は少し高い位置にある神田の顔を見上げる。
こいつは…神田は、本当に最低な奴だ。
だがこんな奴でも仲間意識を持ってもらうためには喧嘩や争いは極力避けた方がいい。
今のうちに謝って機嫌をとっておく方がいいと思ったから、少し屈辱だが、こちらから謝罪することにした。
私の言葉に神田はフンッと鼻を鳴らす。


「お前…自分が悪いなんて思ってねェだろ」


ギクッ
図星をつかれた、いきなり。


『…どういうこと?』


だが悟られてはならない。
私は冷静さを保って聞き返す。


「そもそもお前、エクソシスト続けるつもりないんじゃねぇのか」
『……は?何言ってんの?』


こいつはこんなに頭のキレる奴だったか。
図星だらけ。ズバリだ。
――…でも何で?


「本性見せたらどうだ。お前、今ですら殺気立ってるぞ」


私はようやく納得する。
――そういうこと…
いつでも誰にでも殺気出してれば私が企んでいることなどバカでも想像はできるだろう。
どうも殺気を感じることは出来ても、押さえるのは苦手らしい。
私は双燐を抜き、手でくるくると回し始める。


『別に。殺気は好きで出してる訳じゃない。勝手に出るんだから仕方ないでしょ』
「敵味方関係無くか?」


ピタッと動きを止める。
――…味方?
やはりこいつ、勘違いしてる。しかもとてつもなく大きな。
私はクスッと笑う。


『私には味方なんて奴もいなければ、仲間なんて1人もいない。そして神田、あんたも私の仲間じゃない』


今の言葉に何一つ偽りはない。全部本当のことだ。
神田は鼻を鳴らした。


「それはお互い様だな」
『あぁやっぱり?』


私は思わずフフッと笑い、同時に疑問に思う。
神田にそもそも仲間なんているのだろうか、と。神田は人を嫌い、拒んでいるようにも見える。信頼し、助け合える仲間がこいつにはいるのだろうか。
ま、いてもいなくても関係なければ興味すらないことだが。


「…やっと本性見せたな」
『まぁあれだけ言われちゃね。殺気はこれから気を付けるよ』


私は少しおどけてみる。
おどけるといっても口だけだ。一切の警戒を緩めず、あからさまに敵意を向ける。
そんな私の様子を見て、神田はさらに目付きを悪くする。


「……お前、何を考えてる」


神田の顔から嘲笑うような笑みが消える。戯れ言を許さない、本気の問いだ。答えによっては斬られるかもしれない。
だからあえて答えない。どうせ斬られないような返答など出来ないから。
私の無言が気に入らなかったようで神田は刀に手をかける。


「都合が悪くなったらだんまりか?質問に答えろ」
『答えてやる義理なんかないね。それはこれからのお楽しみにしといてよ。楽しませてあげられることは保証するからさ』


私はわずかに笑いながら言う。神田の楽しみになるかは分からないが、こう言っておいた方が今は都合がいいだろう。
神田はさらに鋭い目つきで睨んでくる。


「………裏切る気か?」


――…何それ。
私はおかしくてたまらなくなる。
裏切るなど言われても元々私は誰の仲間にもなってない。
だからこれからすることは裏切りじゃない。
れっきとした“復讐”だ。


『裏切る訳じゃないよ。でも…』


「でも…なんだ」


私はクルッと背を向ける。
そして顔だけ振り返りながら言った。


『思い知らせてやろうかなぁ、とは思ってる』


口調はおどけているが本気なことだ。


思い知らせてやる、自分達の罪深さを。
そして償わせる、教団の者全員の死をもって。


そこでキンッという音が聞こえる。神田が刀をわずかに抜いたようだ。
気が短いったらない、こいつ。問答無用という訳か。


『……どうする?戦う…?』


それでも私は振り返らない。
戦うなら戦うで別にいい。一度は神田を殺せるところまでいった。アレンがいなければ殺せていた。戦力に不足はない。それに殺したところでアクマの仕業に見せかけられるだろうし。
今ここで殺っても何の不都合もなければ、復讐に支障をきたすわけでもない。やるなら徹底的に叩きのめすまでだ。


「はっ…」


――……何。
神田は笑ったかと思うと刀をしまった。何がおかしいのか。というか戦わないのだろうか。


「……やるならやってみろよ」
『………はい?』


私は思わず聞き返す。
歓迎する、ということか。
私は表情を怪訝さに染め、神田は口角をつり上げる。


「…だが、お前には無理だ」


――……へぇ…。
そう言われるとますますやってみたくなる。悪いが、こちらはかなりの負けず嫌いだ。必ず成し遂げてみせる。


『なんとでも言いなよ。――…んで、どうする?コムイに報告する?』


そこは気になるところだ。
コムイはふざけた感じではいるが、私が思いを巡らせていることは感づいているだろう。
成り行きでこんな感じになったが、今報告されては少々都合が悪い。今はできるだけ大人しくしていなくてはならないのだ。


「言う必要はねぇだろ。お前には不可能なんだからな」


幸いなことに神田に言う気は無さそうだ。腹のたつ理由付きだが。どこからそんな自信が出てくるのか。
私は神田に向き直る。


『…さっきから思ってたけど、その根拠は何?』


何を根拠にそこまで言い切るのか。
それともそれ以前にアクマに殺されるとでも言いたいのか。


「…嫌でも自分で分かるようになる」


神田は再び鼻を鳴らして言った。
どうやら神田は自分自身で口にする気はないらしい。自ずと知れてくるということか。
――はったりじゃないよね…?


『…ま、どうでもいいや。呼び止めて悪かったね』


ちなみにこれもウソ。悪かったとは思ってない。
神田は何も言わずに踵を返して歩き出した。
――神田には気づかれていた。
あれでは言い訳もできなかっただろう。
だが別に問題ない。当人は誰にも言わないと言った。
あの話し方からして自信があるのだろう。誰かに話すだけ無駄、ということか。


『…なめられたものだなぁ』


私は元来た道を歩きだす。神田と全く正反対の方向に。
言いたければ勝手に言っていればいい。無理だと思うなら見下し、嘲笑いえばいい。
復讐は必ず果たす。
教団を潰し、団員を1人残らず殺す。
――…だからこそ、失敗は許されない。
反逆すれば教団は躊躇することなく私を攻撃してくるだろう。
殺されるまではいかなくても、阻止されてしまったら終わりだ。
エクソシストが束になってかかってきても応戦できる戦力を身に付けておかなければならない。
そのためにも強くならなくては。もっと修行して戦っていかなくてはならない。


「フィーナー」


見るとアレンがこちらに走ってくる。遅いから迎えに来てくれたのだろう。
私はアレンに駆け寄る。


――…教団の奴らは、全員殺すと決めた。
時が来たらエクソシストであるアレンも殺すことになるだろう。


「遅かったですね。どうかしたんですか?」


優しいアレン。
ララとグゾルを救い、動けなくなった私も助けてくれた。
声を出せたことも共に喜んでくれた。


『別に。神田とちょっと喧嘩してただけ』


だが、殺すことに躊躇いはない。


「あはは、そうですか。さあ、帰りましょう」


私の全てを奪った奴らだから。
積み重なった憎悪は、復讐を果たさなければ消えないから。


『うん。帰ろう』


私はアレンと共に歩き出す。
殺すのはいつになるか分からない。
ただ今はまだその時じゃない。
もっと強くなってり、もっと信頼されなくては。
コムイも、リナリーも、神田も、アレンも…
――その時が来たら、必ず……
私は再び復讐を固く心に誓う。
そしてトマの待つ場所へと戻り、アレンと帰路につくのだった……。





第??夜end…



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